第122話 大暴走
第122話 大暴走
俺はしみじみとその威容を見つめた。立派である。
それは俺の馬車だった。
かなり大きめの馬車だが引いているのがやはりかなり大きい玄麒麟なのでバランスがいい。
今日はいよいよラーン男爵領への出発の日だ。
メンバーは俺とネムとラウニーとシアさんとマーヤさん。
「・・・・・・ちょっと女子率高くね?」
「黒曜がいるじゃないですか」
いや、あれってたぶん性別ないよ。
話を聞いた限りだとドラゴンというのは生き物というより精霊に近い生き物らしいのだ。
大自然と世界をめぐる力、龍脈とでもいうのだろうか、そう言うのが混ざって凝って幼生体が『発生』するらしい。
なので性別というのはない。
ただ男性的な性質、女性的な性質というのはあるようだ。それによって行動とか形とかが変わる。
ティファリーゼなんかも女なんじゃなくて女性型の精霊ということなんだな。
なので黒曜は男の子っぽいやつなのだ。
『俺はやるぜ! 俺はやるぜ! 俺はやるぜ!』
その黒曜は気合入りまくりだった。
ほんと暢気な頭をしている。
あの後町に帰ってきたがあっさり竜馬という形で町に入ることができてしまった。
俺の従魔という扱いだ。
竜馬というのは個体差が大きいために一率で危険生物に指定されるようなことはないということだった。
つまり街中で問題など起こすと俺の責任になるわけね。
いやー、ちゃんとお話ししたよ。
その中で一番効果的だったのがネムだった。
いやね、黒曜といろいろ試しているうちに無断外泊になっちゃってさー、帰ったらそんなの連れているだろ。思いっきりしばかれました。ちょっとかわいい感じで。
でも俺が一方的にしばかれているのが衝撃的だったようで、黒曜はネムのことを『逆らっちゃダメな相手』と認識したらしい。
『逆らっちゃだめだ。逆らっちゃだめだ。逆らっちゃだめだ』
みたいな。
後一応うちのメンバーの認識を確認したらラウニーはなんか妹分らしい。
すごく気を使っている。
他にもメイド見習いの子供達とか気を使っている。
どんな動物も子供のころは保護欲を掻き立てるようにかわいいのだと聞いたことがあるが、小さい物はかわいいものであるようだ。
小さいといえば忘れていたがスライムズも半分ほどが一緒に行くことになっている。生理現象的に必要ということもあるのだかこいつらはラウニーのペット枠になっているからだ。
そのせいか黒曜にとってもスライムはペット枠らしい。
よく寝そべりながら突っついてなごんでいる。
じゃあ人間の大人はというと…これはなんだろ…下僕?
いや、乱暴とかはしないんだよ。でもね、鱗を磨いてもらったり、餌をもらうときに、例えば俺なら『あにきあざーすっ』という感じで、ネムも『姉さん恐縮っす』という感じなのだ。
チビたちなら『おーいいこだねー』みたいな良いおにいちゃんポジで、温かい目で見ている。
でもセバスとか大人のメイドさんとか、あとシアさんとかマーヤさんとかが相手だと『うむ、大儀である』『よきに計らえ』みたいな?
すっごく上から目線。
「なんかむかつく」byマーヤ。
「えー、そうかなあ。かわいいよね」byシア(意思の疎通が全くできてない)
そんな感じで家に家族が増えました。
めでたしめでたし。
■ ■ ■
「西に行くんだって?」
「ええそうなんです。間引きの手伝いでね」
「うん、いいことだよ。それやらないと魔物がどんどん増えるから」
「それにしてもこのあいだの馬だろ、こうしてみると立派だなあ…」
門番の人がしみじみ言う。
何回かこちらを通ったことがあるので覚えていたようだ。
こちらというのは南門のことだ。
北門は魔境方面なのでよその地区に行こうとするとこちら側の方から出ることが多いのだ。
テストで何回か走ってみて分かったのだが誰も黒曜のことを不思議に思わない。
竜馬の一種として完全に受け入れられている。
向けられるのは割と羨望の視線だったりする。
そのせいが黒曜も機嫌がいいんだよねこれが。
「じゃあ、これで」
「ああ気を付けて…」
門番とそんな挨拶をして別れようとしたら…
「何ですかあなたは。無礼ですよ!」
これはネムの声だ。
振り向くとネムたちに一人の若い男が絡んでいた。
「いいじゃないかよ、ちょっと付き合うぐらい、いい思いさせてやっからさ」
黒い髪をつんつん立たせて目つきのいやらしいガラの悪い男だ。
全く、うちの嫁にナンパとか。馬鹿か?
「おい、お前、うちの嫁になれなれしくすんな」
といっても手とかつかもうとして掠ることもできずに躱されているけど。
「うるせえよ、俺の邪魔をすんじゃねえよ、弱っちいやつは引っ込んでろ、このシュバルツ…ぶぎゃっ」
あっ、つい手が出ちゃった。
すごいよたった感じでメンチ切ってるからさ、思いきり顔面殴っちった。そしたら吹っ飛んで行って伸びちゃったよ。
「よっわいなー」
「ぷっ」
「くはは」
「ぶくくっ」
門番とか並んでいた人とかが笑っている。
「なにこれ?」
「春ですからねえ…」
ああ、そういう。
っていうか今春だったのか。ここら辺は一年中陽気がいいからわからんかったわ。ていうかネムとあったのって秋だったよね。冬に気が付かなかった。
門番の人が伸びた男を隅っこによけて転がして業務再開。
俺たちも何事もなく出発した。
南は穀倉地帯だ。
町そのものを盾として南を守り、南には広大な農地が広がっている。
かなり大きな道がいくつかあり、そこをマストドン(象に似た輓獣)が巨大な荷台を引いて行きかっていく。
そんな荷車とすれ違い、あるいは追い越すよう黒曜の引く馬車が進んでいく。
「まあ、乗り心地はね」
「こんなもんですよ」
「いえ、この馬車はかなり乗り心地がいいですよ」
「でも前回には負ける」
「きゃうあーーーっ」
この馬車はかなり作りがいいのでサスペンションとかもしっかり効いている。
シャシー自体にしっかりしたリーフスプリングが付いているのだ。
なので普通の馬車に比べるとかなり乗り心地がいい。らしい。
その馬車をネムは『こんなもんでしょ』と言い、シアさんは『かなりいい』という。面白いね。ラウは何も考えてない。お出かけがうれしいらしい。
三時間ほど西に進む。
穀倉地帯も抜けて普通の街道になっていく。
ラーン男爵領があるあたりは結構山の中という感じの場所らしい。
人影も少なくなってくる。
「よし、そろそろスピードを上げようか」
ちなみにこの馬車、御者はいません。
黒曜が引っ張ってて、俺が外を透かし見ながら指示を出す感じで動いている。
言ってみれば黒曜が輓獣兼御者でもあるといえる。
それなりに早いスピードで移動しているがこのままでは少しかかってしまう。なのでスピードアップを指示した。
してしまった…
「うきゃー」
「きゃうあ~~~っ」
「だだだだだだっ」
「とととととととっ」
『俺はやるぜ、俺はやるぜ、俺はやるぜ!』
ストップストップ。黒曜とまーれ。
『俺はやるぜ、俺はやるぜ、もっとやるぜ!』
のわーっ、オフロードを馬車で時速80キロとかやるもんじゃねーーーーーっ!
ぎょわーーーーーっ
俺は慌てて馬車を重力場でつかんで少し持ち上げた。
そのおかげで馬車の揺れが止まる。地面から少しだけ浮いて滑走状態になったからだ。
まじで死…にはしないが空中分解するとこだったぜ。
黒曜はノリノリで人の話も聞かず走り続けた。二時間ほど走りっぱなしだった。
やっと休憩だ。
『おれはやったぜーーーっ』
何をじゃ!
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