第87話 パーティー始動。シアさんのお家事情

 第87話 パーティー始動。シアさんのお家事情


 やってきました大魔境。


 なんていうとすごいもののように聞こえるが、実際すごいのだ。


 このコウ王国では『北部大魔境』と呼ばれる巨大な人跡未踏の地なのである。

 今までの話でこのベクトンの北に広がっているものと勘違いしがちだが、実際はキルシュ公爵領にとどまらずコウ王国の北側に広がるフィールド型の巨大迷宮である。


 その正体は幅数千kmにも及ぶ山と森と大自然。


 そびえる山は高いもので一〇〇〇〇mを超え、うねるように広がる山間に広大であったりなかったりする盆地や平地が広がり、草原や森がそのすべてを埋め尽くし、数多の魔物の天国と化している。


 魔境の魔境たる所以は?


 と考えたときにその答えは『魔力』というものにあると思う。


 この魔境は奥に行くほど魔力の濃度が濃くなるのだ。


 で、魔力の濃度が濃くなるとどうなるのかというと魔物が強くなる。


 これは比喩でも冗談でもなく、魔力にさらされ続けた生き物は身体的に強化されたり、巨大になったりと変質をする。

 これが一般に言う魔物だそうだ。


 体内に魔石を持ち、この魔石は吸収した魔力が結晶化したものである。と考えられているらしい。

 つまり多くの魔力を吸収し、強くなった魔物ほど良い魔石を持っている。


 うん、わかりやすい。


 そしてこの魔力、強化変質するのは何も生き物ばかりではない。

 木とか石とかも変質する。


 よい存在ものを上げると石の木とかもそうだ。あれは極めて丈夫で軽く、魔物除けにもなる。というか壊せないから魔物が無視するんだよね。


 ほかにも金属なんかが影響を受けて魔鋼とか緑銀ミスリルとかになったりする。


 悪い方向では木が魔物化して徘徊したり、打ち捨てられた鎧がひとりでにさまよったりとかもする。


 しかもかなりでっかいから自然環境も場所によってかなり違うし、奥に行けば行くほど強力な魔物が出てくる。


 そしてどういうわけか魔物の繁殖というか増殖スピードはなかなかに速く、人間はこの魔境から出てくる魔物を狩り続けないと人類の生存権を維持することができなかったりするのだ。


 これゆえにベクトンは防人の町、などと呼ばれる。


 のだが、何も魔境は危ないばかりの場所ではない。

 そんな場所だったら冒険者なんて職業が成り立つはずがないのだ。

 そんな場所だったら魔物と戦うのは軍人の仕事だろう。


 だが現状はそうではない。

 ならばそこにはメリットが存在する。


 まあ獲物があるということだ。


 ゴブリンや狼などからも魔石は取れる。そして魔石は売れる。

 一角ラビやハムハムネズミはお肉として売れるし、もっと奥に行けば高く売れる魔物なんかもいるのだ。


 それに前述の変質した金属。


 ミスリルの鉱脈なんかを見つければ一攫千金、貴族の仲間入り、一生ウハウハ。みたいなことになるし、奥地にはどんな怪我も病気も直すという『霊薬』などというものがあるとうわさもあったりなかったりする。


 いや、実際見つけて持ち帰ったやつもいるらしいよ。


 だから冒険者は夢を求めて魔境に挑む。


 というやつもいる。


「俺なんかはそのタイプかな?」


「そうですね、一攫千金は必要ないと思いますけど、迷宮は挑むべきものです」


 獣族の人は戦いを求めています。


「私たちはむしろ義務でしょうか」


 そう言ったのはトリンシアさんだ。


 そう、今回の探索にはシアさんとマーヤさんが同行している。

 まあ、約束だったしね。それに。


「私もいつかは領地に戻って領地を守るために戦わなくてはいけません。経験は今のうちに積んでおかないと…」


 という具合に彼女たちには明確な目的があった。


 話を聞くと彼女はラーン男爵家の一人娘で、母一人子一人の…まあいい方は悪いが弱小貴族である。

 貴族というのはその親分、つまりこの場合はキルシュ公爵から爵位と領地をもらい、その領地を守ることを義務づけられている。


 シアさんも将来は男爵位を継いで、領民とその領地を守っていかないといけないのだ。


「といっても魔物が大群で襲ってきたりはしない」


 基本的な生活としては農業となにがしかの産業で、定期的に北の森、つまり魔境に入って魔物の数を減らす。そういう生活をするらしい。


 いや、まじめにやれば王様ほど割に合わない商売はないというけど、貴族もたいがいだな。一部変なのもいるみたいだけど。


「この女の家も大変。母一人子一人」


 ん? どういうことでしょう?


「うっ、うちは女系なんですよ。でもずっと領地を守ってきたんです。私もたくさん経験を積んで立派な騎士にならないといけません。

 マリオンさんはよその国の人だって聞きましたけど、このキルシュでは貴族はみんな騎士で、みんな戦うんですよ」


 そう言ってこぶしを握るシアさん。微妙に足が内またでプルプルしてたりとか…

 でも、シアさんは意識高い人みたいだね。


「そうそう、いろいろな経験は若いうちにした方がいいってマルグレーテさまが言ってた」


 マルグレーテというのはシアさんのお母さんだそうだ。

 んでもってなぜかマーヤさんの笑顔が含みのある笑顔なんだよね。

 何を考えているのやら。


 さて、シアさんたちがいることですでに分かると思うが彼女たちの実習が始まったわけだ。


 実習内容は冒険者としての活動。


 彼らの学園は貴族の子女を教育するための学園で、この国の貴族はすべて魔物との戦いを義務付けられている。


「私たちの多くは騎士になる。できればキルシュ様の所で騎士をやりたいとみんな思っている」


「そうなんですよ。でも騎士の戦い方というのは集団戦で、でも魔物の生態は理解していた方がいいですから」


「騎士たちの中には非番の日に冒険者として魔境に挑むものも少なくない。生活のために」


「はい、それで功績をあげればそれは実績にもなりますし」


 特に貴族の次男三男などは功績をあげて正式に貴族に列せられれば自分で家を持つことができるわけだ。

 上げた功績によっては子爵や伯爵だって望めるかもしれない。

 この世界において貴族として出世するのは一つのサクセスストーリーだ。


 そんな現状があるから彼女たちの学園は冒険者としての実習をカリキュラムに組み込んでいる。


 もちろん騎士団と一緒に軍事行動などの実習もある。


「ただあまり力を入れてはいないんですよね」


「とりあえず自分たちで冒険者の活動を経験してみなさい。みたいなもの」


 まあ、あくまでも経験のためということらしい。


「でもそれなら俺たちに付き合うのは大変じゃないか?」


 必要ないだろう。それに俺たちはあまりまともな冒険者ではない。非常識である。


「いえ、いいんです。うちは小さな家ですから」


「シアの家は西にある男爵家。

 小さな家で騎士だって数人しかいない。

 戦い方は騎士というより冒険者」


「いずれはその後を継いで領地に帰ったとき、冒険者の戦い方ができないと領地を守れません。それが小なりとはいえ、領地貴族の義務ですから」


 つまり貴族は自分の領地を魔物から守らないといけない。それは魔物をキルシュ公爵領に入れないということなのだ。

 そのために彼女たちはできるだけ冒険者として経験を積みたがっている。


 それってなおさら俺たちとくんじゃまずいような気がしないか?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る