第66話 ドワーフとゴルディオン
第66話 ドワーフとゴルディオン
翌日、俺は一人で約束通り日の出前にカンゴームさんの工房に出向いた。
フレデリカさんは昔みたから興味がないということでパス。ロッテン師は仕事があるそうだ。
ネムはフレデリカさんにつかまってしまってまあなにやらやっている。
「おはようございます」
「おう、よく来たな。早速だが禊だ。裏の井戸で水を浴びろ」
水垢離というやつか?
カンゴームさんに連れられて裏に行き、ふんどし一丁で冷たい井戸水を浴びる。
まあ冷たかったのは一瞬だけだ。
その後はなぜか熱くもなく寒くもなく適温でなんかさっぱりした。
でも後ろでカンゴームさんが『うむうむ』とやっているので問題ないのだろう。
その後鍛冶場に向かって神棚(そんな感じの何か)に頭を下げてなぜか柏手を打って作業開始。
すでにある程度の準備はできているようだ。
さて、このゴルディオンだがどういうものかというと『魔鋼』と呼ばれる魔性変異した鉄に『ミスリル』『金』『オリハルコン』『チタン』『ニッケル』などを少しずつ混ぜて作った合金であるらしい。
「一番多く混ぜるのはミスリルだな。古代の文献では『オリハルコン』が混じっていたらしいが、今はオリハルコン自体が全く手に入らないからの、代わりに純金を使う。これは少量だがミスリルと合わせると極めて高い耐腐食性能を持つんじゃ。あとチタンとかクロムとかも大事じゃな。この配合は各鍛冶師の秘伝でどこに行っても教えてくれたりはせん。
わしも当然教えるつもりはない。
大体基礎になる部分は終わっとる。
お前さんをここに呼んだのはゴルディオン鍛冶がいかに大変か、見てもらうためだ」
そういうとカンゴームさんは変な歌を歌いながら火をおこし始めた。
【ほれ、歌えや、踊れ、火の神や、今日は祭りだ、火祭りだ。どんなに踊ても大歓迎、熱い宴を開こじゃないか…
ほれ、歌えや、踊れ、風の神、今日は遊び日、祭りの日。どんな踊りも大歓迎、どんな歌でも大歓迎。儂らと一緒に騒ごじゃないか…】
彼の歌に合わせて魔力が動くのが観測できた。
どうやら風と炎の複合魔法…のようなものらしい。炉の中で球体になった炎の塊が差し入れられた金属塊を加熱する。
風を巻く炎が渦を巻きどんどん温度を上げていく。
すでに炉の中は赤やオレンジを通り過ぎで白く輝くようになっている。
なるほど確かにこれでは人族には無理かもしれない。
そして人族に無理な理由がもう一つ。
カンゴーム氏が金属塊を取り出した途端、部屋中に熱気があふれ出た。
むわっとかではなく轟という感じだ。
四〇度とか五〇度とかの感じじゃないよこれ。
「危ないから離れとれ」
早くいってほしかった。
力場が熱を遮断しているから平気だけど、普通の人間だとかなり危ないのでは?
いや、そうか、今着ているこの服が熱を退けるような構造を持っているのか。
俺が今着ているのはカンゴームさんが貸してくれた白装束だ。まあ日本のそれとは違うけど白くて清潔な服にズボン。そして何らかの文様。
これもたぶん意味があるんだろう。
「ゴルディオンに含まれる金属のうち最も耐熱性がたかいのがミスリルだ。
魔鋼の融解温度が一八〇〇度、ミスリルの融解温度は二三〇〇度ぐらいじゃな。
ミスリルをうまく混ぜるためには一八〇〇ぎりぎりで加熱してたたかにゃならん。だが一八〇〇ではミスリルはまだ硬い。
これを可能にするのは儂らドワーフの特技じゃ、わしらが叩くと硬い物も素直に言うことを聞いてくれる。それにわしらは自分の火では火傷をせんのじゃ。だからできる。
さてここでいい仕事をするのが『金』じゃな。あれは一〇〇〇度ちょっとで液状になるのだ、それが全体にうまく回って…」
説明は続くがとてつもなく面倒くさい合金だというのがよく分かった。
混ぜた結果ゴルディオンは淡い金色の光沢と、二五〇〇度の熱に耐える金属になる。ということらしい。
さすがにこうなると人族では手の出しようがないか…
「本来はオリハルコンといっていたけど、オリハルコンを混ぜてもいけるんですか?」
「いや、無理じゃ。オリハルコンの融解温度は四六〇〇度もある。
しかもわしらの特性もきかん。
わしらにもオリハルコンを混ぜてどうすれば合金できるのか想像もつかん。
さすがにそこまで加熱するとほかの金属が蒸発してしまう…」
なるほど、沸点まで超えてしまうわけか。しかもオリハルコンは靭性も高度も極めて高い。この世界で最高の金属と呼ばれるだけはある。ということだな。
俺も少しは調べたけれどこの世界の金属で一番といわれているのが『オリハルコン』。上記のような金属だ。
これに負けず劣らずなのが『ヒヒイロカネ』と呼ばれるもの。まだ噂しか聞いていない。
その下が『ゴルディオン』だな。合金なので構成によっていろいろな特性があるわけだが、強靭な金属で評価が高い。
『ミスリル』も高評価だが、これは武器の性能としてはゴルディオンに負ける。ただ金属自体が破邪の性質を持っていて、アンデットやレイスのようなお化け系にとても有効だ。
ほかにも金属ではないが魔物の甲殻を利用した武器。石から磨きだした武器などもある。そのすべてにおいでドワーフは加工に大活躍するのだ。
説明をしながらカンゴームさんは何度も何度も金属の棒をたたき、熱し、またたたき、時に歌い、時に変な踊りを歌う。
かたいものを柔らかくするのにも変な歌があるようだ。
ドワーフたちは精霊の加護と呼ぶらしい。
さて、出来上がったのは短剣で、いよいよ焼き入れということになる。
一度形が整った短剣をもう一度、加熱する。今度はそれほど高温でもないらしい。
しのぎの部分に厚めに泥のようなものを塗り、刃の部分は薄く塗る。
そのまま焼いて、今度は急速に冷やす。
この時の水の温度は…二八度ぐらいだな。
「どうじゃ!」
一通りの仕事が終わってカンゴームさんが聞いてくる。
「えっと、全体的に見て人族には無理かな? と」
それでもまだ完成ではない。この後研ぎとか備え作りとかがあるのだ。
「わかったようじゃな。鍛冶に関してわしらドワーフに勝てる者はおらん。エルフにも特技はある。獣人にもな。
人族というのは何でもできるが何にもできない。そういう種族なんじゃよ」
つまり勇者タイプであると。
人族にはできないかもしれないが、俺にはできるかもしれないな…なんて思う。
とりあえず試してみないとね。
◆・◆・◆
カンゴーム氏の工房を出ると町はすでに夕方だった。
まだ明るいが時計塔によれば四時は過ぎている。
あの後ワイバーンを倒すために砲弾を作ってくれないか。と頼んだがやはり断られた。
もしオリハルコンを持ってこれたらどんな無茶でもかなえてやる。
と言っていたがこれは定型句だそうだ。
ドワーフのあこがれの物質。
どこかに落ちてないかな…なんて思って周りを見たら…
「ギャーーーーッ」
「ワイバーンだ」
「投槍機を持ってこーい」
「あっ、いつのまにか大騒ぎじゃん」
気が付けば周囲はパニック。
人が入り乱れている。兵士というか騎士たちも。
投槍機はあちこちに配置されているがそれでもいたるところというわけではない。
なので弓矢が使われるわけだが、光る矢まで飛んでいたりする。さすが異世界。
しかしワイバーンにはあまり効果がないようだ。
やはり空を飛んでいるというのは圧倒的なアドバンテージだ。
そして高速移動する物体に矢や槍を当てるのはかなり難しいようだ。
「うーん相変わらず早いな…俺の魔光神槍でも当たらないんだよね…これ」
飛行速度が速くてしかも小回りが利く。あまり器用そうなスタイルじゃないのに本当に器用に飛ぶんだよこいつ。
だが黙ってみているわけにもいかないだろう。
「【魔光神槍】セット」
基本型の魔光神槍を用意してタイミングを計る。
普通に誘導しても当たらないから仕方ないのだ。
だがこれは悪手だった。
タイミングを計っているうちにワイバーンの奴め急降下して人間に襲い掛かった。
狙われたのは投槍機を操っている騎士さんだ。
数名が剣を抜いて応戦するがあまり効果がない。
そのうちに一人の騎士が腰のあたりをぱっくり噛まれて悲鳴を上た。
「発射!!」
ちっ! と舌打ちしてあわてて魔光神槍を放つ。
三本の光の矢が大回りしながら飛んでいく。まっすぐ行くと騎士さんに当たっちゃうから。
その間にワイバーンはその騎士さんを咥えなおして飛び立とうとしている。
「いや、間に合うな」
一人騎士さんのそばにいた別の騎士さんがなんか魔法を連発してワイバーンの気を引いている。
うまく飛び立つのを阻害しているみたいだ。
その間に神槍が反対側から三発。ワイバーンを直撃した。
ギョエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!
ワイバーンの悲鳴が響き、騎士さんはぽとりと落とされた。
だがワイバーンはそのまま飛び上がると空高く昇っていってしまった。
「それなりに効いたとは思うんだが…」
おっといけない。
騎士さんの様子…見に行くか。
俺は隠れていた物陰から出て投槍機の設置された城壁に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます