第59話 アンセルミ・ロッテンという爺さん

 第59話 アンセルミ・ロッテンという爺さん


 いっそ笑ってくれたらいいのに…


 メダルの効力はかなり高く、頭が高いとかやったらみんな『ははーっ』となってしまった。

 真面目に恐れいってくれてしまった。

 すっごくいたたまれない。


 さすが夫婦というかネムだけは俺の心境がわかるみたいでくすくす笑ってくれるが、はずかすい!


 だが事態は動く。言伝を頼まれた相手が速攻でやってきたのだ。


「お待たせしました。わたくしがフレデリカ様の侍従長を務めておりますアンセルミ・ロッテンと申します」


 忘れよう。うん。忘れよう。


「わざわざありがとうございます。自分は…」


 と、俺も自己紹介から初めてフレデリカさんの手紙を預かってきたことを告げ、それを渡す。


 ロッテン氏はロマンスグレイの初老の男性で、スマートで鍛えられた体に瀟洒なスーツを着こなす美老人だった。

 こんな風に年をとれたらいいなという見本みたいな人だ。


 自然に後ろに流したアッシュグレイの髪の毛に口元を飾る美髯。目は知的で隙が無い。

 さっきから立ったまま手紙を読んでいるが全く揺れない。

 直立不動で微動だにしないというのは実はすごく力がいるんだよね。

 この人スマートな見た目に反してすごく鍛えてるよ…


 ロッテン氏は手紙を読み、ふむ、なるほど…と思案気に首をひねり、ついでにやりと笑った。


「状況は理解しました、僥倖でございました。

 実はこれに関連すると思われる事態がこちらでも発生し、フレデリカ様に連絡を取ろうと考えていたところなのです」


 これに反応したのはネムだった。


「何かあったのですか? 町全体が騒然としているように見えましたが」


 それは、この町を知らない俺にはわかりえないことだったけど、ネムは町の雰囲気が違うと感じていたらしい。

 それに対するロッテン氏の回答は端的だった。


「ワイバーンです」


「「・・・・・・ああ、ここの来る途中見(まし)た」」


 ロッテン氏の眉がピクリと動いた。


 この町の周辺でワイバーンが目撃されるようになったのは数日前かららしい。

 周囲で活動する冒険者や商人がまず目撃の一報を入れ、ついで南で働く農民が目撃情報を寄せてきた。


 これを受けて行政府は即座に情報収集に乗り出した。


 ワイバーンというのは魔物の危険度でいえば五から六ぐらい。Aクラスのベテラン冒険者パーティとか、あるいは騎士団一つを投入せねばならないほどの危険度をほこる、かなり危ない魔物だといえる。しかもこの危険度は準備を整えて戦うことを前提にしている。つまり。


「こちらからワイバーンを強襲するのであれば…ということになります」


 つまり相手の居場所を特定して自分たちが地の利を確保したうえで戦うという条件でだ。


 ワイバーンは空を飛ぶ魔物で、空を飛ばれてしまうと基本的に対応できないのだ。

 空を飛ぶというのはそれほどのアドバンテージなのだ。


「自由に飛び回られて上空から炎を吹きかけられたり石を落とされたりすると始末に負えませんからね」


 うん、そりゃそうだ。

 そのためロッテン氏は騎士団を使って町の中を捜索している最中だったようだ。


 なぜそういう結論になるかというとそれはワイバーンの習性に理由があるらしい。


「ワイバーンはああ見えて情の深い魔物でしてね。つがいで子育てをするんですが、巣に危害を加えようとするものには徹底的に攻撃をしてくるのです。

 そして目撃情報から飛来したのはオス。この時期は卵を温める時期ですので本来ならばオスであれメスもこんなところにいるはずがない」


 となるとワイバーンの巣になにかあったということが考えられる。


 だが報復にしてもこんなに長い間巣を空けるなど考えられない。


「卵が盗まれた…と考えるのが自然でしょう」


 そしてここに密猟グループの情報が。


「ワイバーンの被害はまだ出ていません、今は卵を探している所でしょう。

 おそらくですが卵を盗んだ密猟者がこの町にあるいは近辺に逃げ込み、その痕跡を追ってワイバーンがやってきた。ということではないでしようか…」


 であればこれは僥倖だとロッテン氏はいう。

 捕まえた男の証言で裏ギルドの拠点のいくつかが判明している。

 そこを強襲すれば何らかの手掛かりを得られる可能性がある。


 卵を回収できればそれを囮としてワイバーンをしとめられると。


「あれ? 卵をかえすんじゃないの?」


「小声でネムに聞いてみる」


「一度人間を敵として認識したワイバーンは人を見るたびに襲ってきます。ここは投槍機などで武装してますし、戦闘魔導士も多くいますから追い払えますが、旅人が襲われればわれれば一たまりもありません。

 一度人間を食った魔物は執拗に人間を狙うようになりますから…」


 そしてすでに知らないところで被害が出ている可能性もあると、そこまで彼は考えているらしかった。


「さて、帰着して早々で申し訳ないのですが、こちらからの依頼を受けていただけますかな? 冒険者として」


「フレデリカおばさまへの連絡ですね」


「さようでございます。ワイバーンのことはお知らせせねばなりません。魔動車は強固ですし、護衛の二人も凄腕ですが、事前に知っていると居ないとでは状況に差が生まれます。

 早急に詳細を知らせたいのです。

 お二人はすでに片道の仕事に成功しておいでだ。そしてわが主の居場所も正確にご存じのはず。

 それに…かなり早い移動速度をお持ちのようですから」


 うーん、手紙に何が書いてあったのか気になるが、まあもともと帰るつもりではあったのだ。問題ない。


「では手紙を用意しますから少々お待ちください」


 それは本当に自然なセリフだった。気負いも何もないごく普通のセリフ。

 なのに次の瞬間ロッテン氏のこぶしが飛んできた。


 獣族のネムすら反応できない一瞬の豹変。


 そのこぶしは一撃必殺。決まればきっと誰でも命を刈り取られに違いない。それほどの力が感じられた。

 やはり達人なのだとおもう。このロッテンという人は。

 ただあくまでも決まればだけどね。


「なんと!」


 ロッテンは手紙の準備をするふりをして俺の後ろを通り、真後ろに来た時にいきなり繰り出してきた攻撃に俺は全く対応できなかった。

 だが俺が対応できなくても手は打ってある。

 その攻撃は俺の歪曲フィールドで防がれたのだ。


 彼の拳とフィールドの間で生まれた強い反発力。それによって俺は初めて攻撃に気づいたわけだけど、効果は変わらない。

 彼のこぶしはしばしプルプルととどまった後、横に流された。それは結構な勢いで。


「ぬおおっ!」


「!」


 ネムが剣を抜いて戦闘態勢に入るのを左手で制してとめる。

 ロッテンは勢いよく流されたために姿勢を崩していたけれど、それでも俺の目には全く隙があるようには見えなかった。


 俺は右手を伸ばす。

 巨大な手で彼をわしづかみにするように。


 とっさの行動だったけどそれは重力場で出来た腕としてロッテン氏を襲った。


 ズンッ! と。


 だがそれは躱されてしまった。


 確かにバランスを崩していた彼はそれでも一瞬で体勢を立て直し見えないはずの手をかわし、その後飛ばした重力制御点もどうやって知覚するのか躱して見せたのだ。


「うーんすごい」


「いえいえ、それはこちらのセリフでございます。御見それしました」


 それは間違いなくお世辞だよね。

 確かに互角に戦ったように見えたかもしれないが、事実この場にいた騎士の人などは感心していたが俺には彼に勝てる未来が想像できない。


 ひょっとしたらこのおっさんなら歪曲フィールドも何とかするかもしれない…

 うーん、世の中強い人はいるもんだ。


「どういうつもりですか」


 ネムちゃんはちょっとお怒りだ。だがロッテン氏はにこやかにかわす。


「申し訳ございません、これがわたくしの職務でございますので」


 フレデリカさんが見込みのありそうなやつを連れてきたらとりあえずどんなものがロッテン氏が『試験』することになっているらしい。

 いや、そういう決まりがあるわけではなくて彼が自主的にね。


 彼はフレデリカさんの幼馴染で昔一緒にパーティーを組んでいたころからフレデリカさんの補佐役だったらしい。


「マリオン様の実力はなかなか大したものでございます。ただ、決定的に経験が不足してございますな」


 むむ、痛いところを突かれた。

 でもとりあえずフレデリカさんには文句を言っておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る