第4話 障害、打ち砕くとき

 第4話 障害、打ち砕くとき



『大丈夫かね?』

「・・・ああ、大丈夫…」

『のようには見えんが…』


 はははっと俺は力なく笑った。

 あれから既に六か月。


 さすがに疲弊してくる。

 食料もだいぶん減ってきた。カップ麺などはお湯もないので乾麺のままかじる。しかも五㎝ぐらいずつちびちびと。それでも終わりは近づいてくる。

 逆に終わりが見えないのがペークシス破壊の試みだ。まったく終わりの見えない繰り返し。


 まあおかげでかなり魔法は上達したよ?


 と、言っても攻撃魔法は闇属性の【天より降り注ぐ存在もの】光属性の【地より沸き立つ存在もの】万能属性の【魔光神槍】だけだ。

 この内天より降り注ぐ存在と地より沸き立つ存在は範囲魔法で、単体攻撃魔法は魔光神槍だけ。おかけでこの魔光神槍の魔法の熟練度はすごいことになっている。


 魔法でエネルギーの槍を作りだし、それで敵を攻撃する魔法なのだが、刺さった後爆発するのでものすごく殺傷力が高い。まるでミサイルのような魔法だ。

 だがその魔光神槍をもってしてもペークシスにはかすり傷一つ付けられなかった。


 ペークシスは属性魔力にやたら強いそうで、普通の魔法はほぼきかない、その点この『万能属性』と呼ばれる複合属性の魔法は珍しく有効な属性なのでここで使う魔法としては最適だった。

 それを繰り返して半年、さすがにこたえてくる。


 ただミサイルみたい…と思って使っているうちに自在に曲がり敵を追いかけさせる誘導ができる様になり、更にはアクロバティックな軌道を設定した曲撃ちや、数本の小さい神槍に分裂して目標を襲う蜘蛛の子神槍。寸分の狂いもなく一点を穿つ狙撃モードまでマスターしてしまった。


 これでわかったのは魔法というのは二重構造をしているということだ。


 例えば最も基本となる魔法は魔力そのものにありようを打ち込むすることで魔法とするものだ。

 例えば【回復】だな。あれは魔力そのものが【治す】という意志(指向性)を持っていて、それが回復魔法として機能する。


 ところがこの【魔光神槍】などはすべての属性の魔法を練り上げで立体的な魔法陣を構築しないといけない。

 術式一つ一つが機械パーツのようなもので、これを組み合わせることでひとつの魔法とて完成するわけだ。


 魔光神槍であれば推進、誘導、属性維持、爆発などの魔力でできた部品を組み立てるようなものだ。

 なるほどこういう構造であれば呪文というのも役に立つだろう。


 だが俺はというか“彼”は呪文など知らないので直接魔法を作る。

 それを可能にするが魔力回路だ。

 今は俺の全身に電子回路のように張り巡らされている。


 自分の中の仮想空間で術式を構築する。

 積層型の立体術式を自分の中にある仮想領域で構築する。仮想領域は現実と連動していて、仮想領域でくみ上げられた魔法陣は同時に現実世界で顕在化する。

 そして魔法が発動するのだ。


“彼”の話からすると呪文というのはどうやら触媒となるアイテムを使って空間中に直接魔方陣を構築する技術のようだ。

 呪文というブログラムと自分の魔力を使って空中に絵をかくような感じだろう。


 やっていることは最終的には同じになるが仮想領域だと複雑な術式もかなり精巧に構築できるしその速度もはやい。

 それどころか作りまくった魔光神槍などは術式がすでにイメージとして確立していて、魔法名を口にするだけで瞬時に魔法陣が出現するほどだ。

 これは魔力回路なしでは不可能な芸当だろう。


 ちなみに改変は力押しだった。

 魔法として構築された後もイメージの影響を受けるらしく、何度も力づくで変な動きをさせたり、変形をさせたりしているうちに術式が徐々に変質してきて、それが安定した段階でその術式を読み込むことでその形の魔法が使えるようになってきた。


 魔法というのは事程左様に面白かったのだが、オタクとして妙に楽しいのだが、それももう限界のような気がしてきた。

 まあ、ここでは役に立たないよね。えへへへ…


 半年…よく頑張ったと思う。


 聞いた話だとお侍さんは1か月ほどでおかしくなってしまったらしい。


『本当に大丈夫かね』

「ああ、まだ大丈夫だ。お前がいてくれてよかった。でなかったらとうにいかれていたかもしれない」

 正直な気持ちだ。それでも終わりは近づいていると思う。


 こういうときに女は偉大だなあと思う。


 あいつの肌が恋しい。あいつの柔らかさが恋しい。あいつのぬくもりが恋しい。あいつがいたら挫けたりはしないのに…そんな気になる。だが同時にあいつがどんな顔をしていたのか、どんな声で喋っていたのか…おぼろげにもなってきている。遠い遠い昔の夢のようだ。


 最近よく“彼”と話をする。

 彼がまだ自由だったころの話、彼が捕まった後の話、そして俺の過去の話。

 最近はお互いの名前を呼び合うこともなくなった。二人しかいないから“なあ”“おい”で済んでしまうのだ。


「さて、今日の日課を始めるか」


 すでにお侍さんの刀は形を失った。

 魔法だけが頼みの綱だがイメージをこねくり回していろいろなチャレンジをすることもやり尽くした、もう思いつくことがない。


 立ち上がろうとしてズルッと滑った。

 身体能力も魔力回路のおかけでかなりあがっている。なのに情けないことだ。無力感というのはこんなにも人を蝕むのか…

 おかげで頭をぶつけてしまったよ。


『大丈夫かね?』


 最近彼はそう口にすることが多い。


「ああ、大丈夫さ」


 俺もこればかり言っている気がする。


「それにしてもいてえな…硬い壁だよ、何で出来てるのかね?」


 涙がにじむぜ。

 妙におかしくて悲しい。

 俺はその壁にパンチを叩き込んだ。


「いたいなあ…」


『はははっ、それは『白粋はくすい』というもので出来ている。ペークシスのように内部に魔力回路を仕込むことはできないが分子一つ一つに性質を刻印できる存在ものでね、この壁などは普遍性、永続性、絶対性を極限まで追求しているものだよ、壊すのは不可能だね』

「そうか…不可能か…不可……は?」

『だから絶対に壊せないのさ』


「・・・・それだよ!」


 俺は飛び起きてペークシスに飛びついた。そして力の限り押しまくる。

 ペークシスは直径二mもある球体だ。しかも重さがものすごい。

 だが俺も魔力回路の所為で身体機能が上がっていて、しかも全身に魔力をめぐらせれば身体強化状態になるのでかなりの力が出る。


「ぬおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉおぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 ペークシスが台座から動いた。


「もうすこしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃい」


 じりじりと動くペークシス。ここで力を抜いてはだめだ。


「こんじょぉぉぉぉぉうっっ」


 ぐらりと動いた。そしてすぐにドゴンという音を立てて床に激突する。床には当然傷一つない。だから落ちた勢いで転がっていく。

 俺は即座に後ろに回り込み、ペークシスを転がした。


「うおぉおおおぉぉぉぉおぉっ」


 ペークシスは完全な球形。そして床はフラット。転がすのは難しくない。そしてスピードを出すのも。

 ゴロゴロゴロゴロ・・・・・ドゴーーーン!


 思いきり壁に、絶対に壊れない壁にたたきつける。


『そうか! その手があったか!』


 俺のいきなりの奇行を息をつめて見守っていた“彼”が感嘆の声を上げた。


『これならいけるかもしれん。よーしいけ!』

「おお!」


 ぶつかった反動で反対側に転がり始めたペークシスをもう一度力の限りおす。今度は片道五〇mの全力疾走だ。


「うおぉぉぉぉぉぉおっ」


 またドゴオオォォォォォォォォォンと音が響く。


『オオ、心地よい衝撃だ。吾も行くぞ!』


 三度目は“彼”も力を振りし絞る。魔力を後方に噴射するようにしてスピードを上げる。

 そしてまた轟音。今までで一番大きな衝撃が響いた。

 そして、そしてついにピシリという音がした。


『やったぞ。ひびが入った。あははははっ、お前が攻撃し続けたところだ…』

「やふーっ」


 歓喜の雄たけびを上げる。

 この半年、来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も同じ場所を攻撃し続けた。

 武器が無くなってからは魔法で攻撃した。


「むだじゃなかったんだ…」

『そうだ。無駄ではなかった。お前の言った通り継続は力だった。だからこれで決める』

「おお!」


 そして最後の全力疾走が始まった。

 力の限り押す。押す。押す。

 “彼”も自分で推進力を作り出す。そして…


『神槍だ。最後に魔光神槍を思いっきりぶち込め!』


 いい考えだ。

 いつしかペークシスが転がる速度は俺の走行速度よりも早くなっていた。もう押すことはできない。だから尻に火をつけてやろう。

 特大の魔光の槍をぶち込んでやる。


「うおりゃあぁぁぁぁぁっ!!!」


 魔法が放たれた。

 今まで出一番力を込めた神槍だ。飛んでいく、飛んでいく。


 放たれた魔法の矢は偶然小さな罅にあたった。

 あたって大爆発を起こしてペークシスに最後の加速を与える。

 勢いよく宙を飛び壁に向かうペークシス。


 最後に彼が姿勢制御で罅を壁の方に向けたのを見た。


 バキーィィィィィン!!


 その時それが砕けた。確かに砕けたのを見た。

 俺達の未来を閉ざしていた忌々しい障害が確かにわれたのだ。


 轟と割れたペークシスから蒼碧の光があふれ出して部屋を満たした。俺は圧力を持った光に、いや、彼の濃厚な魔力に吹き飛ばされる。そして溢れていく光の中に一匹の龍の姿を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る