第2話 思いだせないこと 魔法の練習

 第2話 思いだせないこと 魔法の練習



「よっこいしょっと…」


 おっさんみたいな掛け声だって? 28歳はおっさんだもーん。

 なんてふてくされている場合じゃない。

 今は休憩時間だ。しっかり休憩しないと。


 俺はわずかばかりのチョコレートを口に放り込んでゆっくりと舐め溶かす。

 それから鰹節削りを一つまみ口に入れ、これもゆっくりと咀嚼する。

 これらはすべて俺のリュックに入っていた物だ。


 このあたりの記憶は全く思いだせないのだがどうも俺は買い物をしているときにここに落ちてしまったらしい。


 まず持ち物。

 服装はデニム地のシャツにカーゴパンツ、有名労働者のお店で買った愛用のものだ。

 後ろポケットには財布がはいっていて、それに紐で自動車や家の鍵がつながれている。

 ベルトはナイロンの作業用無段階ベルト、そこにベルトポーチがついていてその中にスマホ。

 これは休みの日に出かける時の格好だ。

 スマホは電池がないのかそれとも壊れたかうんともすんとも言わない。


 左手には自動巻きぜんまいの腕時計、これは趣味のものだ。そして胸ポケットには万年筆。ポンプ式の結構良いやつ。社会人ならこれぐらいはね、営業だから多少のはったりは必要なのだよ。


 リュックサックは登山用の大き目のものだ。背負うと四角い箱のように見える。ウエストの所にハーネスがついていて激しく動いても邪魔にならない。お気に入りである。


 その中に入っていたのは五〇〇㏄の緑茶のペットボトル二本。胡椒と唐辛子、ともに麺類用に買ったのだと思われる。俺はそば好きだ。

 さらに鰹節パック。5個入り。

 チョコレートにスナック菓子。カップ麺数個。


 ふだんの食生活がばれるなあ…


 おむすびも梅とおかかが一個ずつあったのだがすでに食されてなくなっている。

 まあ二週間たつからね、生ものは持たないよ。


 そうあれから既に二週間が過ぎている。

 だが俺はまだ生きている。


 確かにここにいると食事をしなくても生きていけるらしい。ただそれは消滅を先延ばししているだけなので、それをさらに先延ばしするために少しずつ食材を口に入れるようにしている。これは球体に封印されている彼の助言によるものだ。この球体『ペークシス』というらしい。

 名前が無くてちょっと不便なのだが彼は固有名を持たいなそうなので呼び方は『彼』もしくは『ペークシス』だ。


 彼が言うにはわずかでも食べ物を口にし続けることで自分の霊体化を遅らせることができる。ということだった。事実俺の身体にはほとんど変化が見られないらしい、それどころか魔力が浸透していることで逆に強化されているとか。

 食べ物がわずかでもあるうちはその食べ物を100%有効活用することで肉体は維持できると考えられている。

 たぶん半年ぐらいは大丈夫だ。


 一口だけの食事、しかも一日二回を終わらせて俺はおもちゃを手に取る。

 件の箱に入っていたものだ。


 黒光りする機械的デザインのそれは『アサルトライフル』と呼ばれるもので、箱には『AUG』と書かれている。

 勿論エアガンだ。日本で本物など手に入るはずがない。


 プルバップ式というマガジンか後ろにある構造のライフルで、このタイプは普通のアサルトライフルよりも全長が短いのが特徴なんだが、今手もとにあるのはバレルを守るように太い蛇腹のハンドガードがついていて、普通のAUGよりも銃身が長い。

 なんでも映画に使われたデザインだそうで、狙撃にも使用できるデザインだから…だそうだ。


 プルバップというのは機関部が後ろ、ストックの位置にあるので全長を短くしながらバレルを短くせずに済むという特徴があり、それはつまり命中率を下げなくて済むということを意味する。

 まして普通よりも長ければ…という話なんだがあいつに言わせると所詮は映画。でもそれがいい。のだそうだ。つまり設定だね。


 まあ非常にかっこいいのでありかなしかというと当然ありだが、所詮使用目的はサバゲーということもある。おもちゃだからファンタジーでいいのだ。

 そう、所詮はおもちゃ。これが本物だったら少しは役に立ったかもしれない。だがエアガンでペークシスが壊せるわけもない。残念ながら。


 だがこれが俺の手元にあるというのはどういうことだろうか…


「あいつもいっしょだったのかなあ…」


 あいつというのは俺の親友『久我 晶』のことだ。

 高校の時の後輩でたまたま知り合ったオタク仲間で、方向性は違ってあいつはガンオタだったが妙に気が合い、良くつるんでいた。

 その付き合いは高校を出てからも続いていて、たまにサバイバルゲームに引っ張り出されたりしたものだ。そして買ったモデルガンを自慢されたりもした。

 つまりこんなおもちゃを買うのはあいつしかいないのだが、なぜそれが俺のもとに?


『さあ、マリオン、練習を始めようか』


 マリオンというのは俺の名前だ。鈴木真理雄。

 真理を手にする男であれと父がつけてくれた名前でまあ子供のころはからかわれたが今は気に入っている。ただこいつにはマリオン・スザッキと聞こえるようで訂正しても治らないのであきらめた。まあ日本語に対応した耳を持っていないからだろう。

 それにマリオンはおれのあだ名の一つなので違和感もないのでそのままにすることにする。

 

「よし、やるか」


 手慰みにいじっていたライフルを脇に置いて俺は立ち上がった。

 魔法を教わるためだ。


 この二週間、ありとあらゆる手段…といっても選択肢は少ないのでひたすら折れた剣で同じ場所を攻撃し続けてきた。

 他に武器になりそうなものは何もない。

 だがそれもずっと続くようなものじゃない。

 剣は少しずつ壊れて行っている。


 長年ここに放置されたせいで玉鋼は『魔鋼』と呼ばれるきわめて丈夫な金属に変質しているらしいがそれでもペークシスにはかすり傷一つ付かず、少しずつ小さくなっていっている。それでも同じ個所に攻撃をつづければ変化があるかもしれないとこの二週間。ひたすら殴り続けている。


 しかしこれがなくなれば本当に攻撃手段がなくなるので今のうちに彼に魔法を教わっているのだ。

 魔法でこれを破壊するのも難しいと言われているが、他にやることもない。


 彼はこれを破壊してほしいと言っていたがこの二週間で大して期待していないこともわかってしまった。

 万が一できたらいいなという程度の感覚だろう。

 むしろここに封じられてすでに数千年だそうだから話し相手がいるのが嬉しいという感じだと思う。


『さて、今日もまず魔力操作から始めるか』

「おう」


 俺は目を半眼にし腰を少し落として呼吸を整える。

 そして魔力というものが動くのを感じ取る。


 これは意外と簡単にできた。

 というのもこの空間は極めて高い魔力濃度を誇るからだ。


 魔力は呼吸によって体内に取り込まれる。皮膚呼吸みたいに体全体から浸み込むようなものもある。

 体内に取り込まれた魔力は酸素とは違うルートで全身を巡る。丹田と呼ばれる臍の少し下の部分で練り上げられ全身に送られる。

 

 というような練習をするわけだ。


 この魔力の流れる経路を魔力回路と呼ぶらしい。ただ現在魔力を動かすのは〝彼〟の仕事だ。俺はただ呼吸を整え、魔力の流れを感じるだけ。

 こうして魔力を循環させていると体内に自然と魔力回路が形成されていくらしい。

 その回路を精密に構築するためには導師役が魔力を操作して回路を描かないといけないのだ。


 俺の所見としては丹田の位置にあるのが『炉』にあたり、外界から取入れらた魔力はここで練り上げられて昇華する。その魔力は身体の中心を二本の流れとなって駆け上り、心臓の位置から全身に広がっていく。

 両手に、両足に、そして額に、そして背中に。

 額にあるそれはまるで目のようで、背中にあるそれは細く繊細に翼のように広がっていく。

 と、これが俺の感じとっている魔力の流れだ。


 魔法を使うためにはこの魔力回路が必要不可欠で、これなしでは魔力との感応も制御もうまくいかないらしい。だからまず魔力回路を作る。

 そして…


『よし、ここまでだ。さあ、練習を始めるぞ』


 彼が操って俺の全身にめぐらせていた魔力は、彼が手を放した後も暫くの間そのままでいる。俺はそれを維持するように努力する。最初はわずか数分だったが今は数時間も維持できる長足の進歩だ。

 これが常時循環しているようになれば完成となる。


 そして魔法の練習が始まる。


『まずは回復魔法からだな』


「了解」


 俺は魔力操り始める。回復魔法の形に。

 ちなみ自分にかけられる回復魔法ってないんだよね。

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