第10話 逃走勇者と姫さま、最強騎士と対決

「アリアに質問!」

「はい、コーヤっ!」

「あの条件で受けたとして、決闘がまともに行われると思うか!?」

「思いませんっ!」

「だよな!」


 もしも決闘で俺が勝ったら、王様の面目は丸つぶれだ。

 あの青銅騎士さんだって、王様の期待に応えられなかったって責められることになる。

 王様はあくまで、俺とアリアの妹を結婚させたがってるんだから。


 もしも、勝ってアリアと結婚できたとしても、そのあとが問題だ。

 王都から出してもらえるとは限らない。王国最強の騎士に勝った人間だ。絶対なにかのコマとして使われるだろう。

 だったら、ここは逃げるのが正解だ。


「ついてきて、アリア」

「はいコーヤ! どこまでも一緒です!」


 そんなわけで、俺とアリアは王宮の廊下を突っ走ってる。

『逃走スキル』のウィンドウには、城のマップと兵士の配置が表示されてる。さすが逃走サポートスキル。魔王城のときと同じだ。


 だけど、この城はかなり広い。しかも、城の外には一般市民の住む町があって、それをさらに城壁が囲んでる。

 おまけに、城の要所要所には、たくさんの兵士たちがいる。

『絶対逃走』のテレポートは残り2回。移動距離を考えると、逃げ切れない。


「兵士たち、完全にこっちを包囲にかかってるな」

「ごめんなさいコーヤ。うちの兵士たち、優秀で」

「しょうがないよね。王宮だからね」


 兵士たちは、俺とアリアを行き止まりに追い詰めようとしてる。

 方角は西。内海に面した方だ。

 そして、ひとりだけ、動きがむちゃくちゃ早い奴がいる。


「あれが青銅騎士さんか」


 俺はスキルを再確認。

 使えるのは『完全逃走』スキルのテレポート。

『高速逃走』の加速。それから『地・空・海』の使い魔。地からいばらを生み出す『足止めトラップ』、それと──


「アリア、今度は確認なんだけど」

「はい。コーヤ」

「このまま城を脱出したら、アリアは王家を敵に回すかもしれない。アリアの領土に行っても、結局は逃げることになる可能性だってある。それでもいいのか?」

「ていっ!」


 アリアは俺の頭にチョップを落とした。


「あれだけアリアに恥ずかしいことを言わせて、そんなこと確認しないでください!」

「わかってるよ。念のため」

「アリアは、コーヤのものです」


 そう言ってアリアは、俺の手をドレスの胸に当てた。


「アリアはまだまだコーヤといっぱいしたいことがあるんです……だから、おいていかれたら自害しますよ? 魔王城に持っていった毒薬の予備は、お部屋にまだ残ってますからね?」

「さすがアリア、準備がいいな」

「最終的にアリアはゴーストになって、コーヤのスキルでも逃げられないようにしますよ?」

「それはさすがに嫌だな」


 俺はアリアの手を引いて、立ち上がる。


「『逃走勇者』の名において、アリア=ナルンディアをつれて逃げることを約束する」

「はい。コーヤ!」


 そして俺たちは唯一の脱出口に向かって走り出した。







「お待ちしておりました」


 衛兵たちを避けて進んだ先で、青銅騎士ディムニスが待っていた。

 片刃の剣を手に、窓から入る風に髪をなびかせてる。


「この先は海です。行き止まりですよ?」

「知ってるよ」


 この先は、王宮の西のバルコニー。唯一、城壁のない方角だ。

 そっちは内海に面している。バルコニーの下は海だ。逃げ場はない。


「ならば、お戻りください。陛下はあなたに機会をくれたのではないですか?」

「いや、どう考えても不公平だし。俺の方は剣術スキルないし」

「はっはっは、ご冗談を。魔王から逃げ出せるほどの方が、そんなわけないでしょうに」


 青銅騎士ディムニスは剣を構えた。


「姫を傷つけるわけには参りません。ここでは手加減をさせていただく。決着は決闘の時に、といたしましょう」

「……あのさ、王様が言ってることが理不尽だって、わかってるよな?」

「私は王家に仕える騎士。陛下の命に従うのが仕事です」

「本当にそれでいいのか?」


 俺は青銅騎士ディムニスを指さした。


「王家が簡単に約束を破ったら、国民は王を信じなくなる。そしたら、誰に従っていいのかわからなくなる。たとえば求人票にでたらめが書いてあるって前提だったら、こっちは仕事を選べなくなるんだ。条件は最初から嘘なんだからな。それで困るのは、結局は上に立つ方だろ? いい条件で人を雇おうと思っても、信じてもらえなくなる。上の人間が約束を破るってのはそういうことなんだよ」

「……ふぅ」


 青銅騎士ディムニスは、切っ先を俺に向けたまま、ため息をついた。


「あなたがよくわからないことを言って、私を煙に巻こうとしているのはわかりました」

「俺もあんたの頭が固いってのはわかったよ」

「姫をこちらに渡してはいただけませんか」

「あげない」

「姫様は?」

「アリアは、コーヤのものです」

「……そうですか」


 青銅騎士ディムニスの剣が、かちゃ、と鳴った。


「多少の傷は覚悟していただきます。青銅騎士ディムニス、陛下の命により、勇者とアリア姫を無力化いたします!」

「だったらこっちは全力で逃げさせてもらう! 発動『足止めトラップ・地』!」


 ごぅん!

 俺が指差した先−−騎士さんの目の前。

 城の床を突き破り、鋼のイバラが現れる。

 イバラは通路いっぱいに広がり、青銅騎士ディムニスの視界をふさぐ。

 これでどうだ──?


「つまらない魔法ですね!」


 しゅん、しゅしゅん。

 ディムニスが片刃剣を振ると──はがねのイバラが、ばらばらになって落ちた。

 剣が届かない位置にあるイバラも、きれいに切断されてる。


「ディムニスの剣は真空を生み出します。間合いは直線距離で──」

「15メートルくらい、か」


 ディムニスのデータはアリアから聞いてある。

 さらにこの人は、25メートルくらいの距離を一歩で詰めてくるそうだ。

 しかも、壁くらいは切り裂けるとか。


 王様ってば、こんな奴と俺を戦わせようとしてたのかよ。

 だめだろ。チートだろこの人。


「もう一度聞きます。姫を渡してください。その後、正式に決闘をいたしましょう」

「うん。今のあんたを見たら、絶対に戦いたくなくなったよ」

「私は、あなたが嫌いではないですよ」


 青銅騎士ディムニスは、軽く笑ったようだった。


「その率直なところや、姫様を一途に思われているところも」

「俺も、あんたのことは単純にすごいと思う。あんただったら、俺にとっては死ぬような仕事でも余裕でクリアできるかもな」

「それは褒め言葉ですか?」

「最上級の」

「ありがとうございます。それでは、行きますよ」


 ディムニスが腰をかがめ、剣を構えた。

 アリアが言ってた高速移動の構えだ。

 だったらこっちは、その足を止める!


「発動! 『足止めトラップ・地』!!」

「無駄だと言っているのです!」


 しゅんっ!

 青銅騎士ディムニスの姿が消えた。

 さらに真空の刃が、通路を駆け抜ける。

 床を切り裂き、鉄のいばらをすべて切り裂いて。


 ディムニスは廊下を一瞬で駆け抜け──手応えのなさを感じたのか、振り返る。

 そして、俺の方を見た。




「────なに!?」




「第7の『逃走スキル』──『3次元逃走』!」


 正確には、上下逆になって天井を歩いてる、俺とアリアを。




「な、なに!? それは──?」

「悪い。ネタばらしは拒否だ」


 俺はアリアを抱いたまま、そのまま天井を走り出す。


「アリア、気分は大丈夫か?」

「だ、だいじょぶ、です。ちょっとめまいが……」

「だよね。俺もだ」


 上下逆になった状態で走ってるからな、俺たち。


 俺が使ってるのは、王都までの旅の間、魔物を倒し続けることで手に入れた、第7の『逃走スキル』だ。

 その名も『3次元逃走』。

 これは一定時間、重力を無視することができる。

 天井だろうと壁だろうと、自分たちの足がついてる側を床にできるスキルだ。


 俺が『足止めトラップ・地』を連発したのは、ディムニスの注意を床に向けるため。いわゆる目くらましにするためだ。


「この青銅騎士ディムニスが手玉に取られたというのですか!?」

「だってあんた、俺の話なんか聞いてなかっただろ」


 俺は言った。


「こっちは弱いって言った。戦う力なんかないとも言った。約束を違えたのは王様の方だということも話した。公式に出した告知を問答無用で破れば、国が信頼を失うってことも言った。それ全部聞き流して、あんたは俺とアリアに斬りかかってきた。なんにも聞いてないし、見てないだろ」


 俺とアリアは西のバルコニーに向かって走り出す。

 天井から壁へ。壁から床へ。

『3次元逃走』を解除しながら、外へ。


「お待ちなさい! その先は海です! 死ぬ気ですか!」

「悪いけど、こっちにも都合があるんだ」

「あなたほどの方なら、王様を説得することもできるはずです。逃げる必要などないはず!!」

「俺は嫌なことからは逃げるって決めた! 二度と困難に立ち向かったりしない!」

「かっこいい!?」

「アリアも、魔王の人質になったとき、素直に『帰してください』って言えばよかったんです。姫君の名誉にかけて、屈しません、なんて言う必要はなかったのです。だから──」



 俺とアリアは手を握り合い、バルコニーの柵を乗り越えた。




「「せーのっ!!」」

「わかりました私の負けです! だから死なないで! 私を負かしたまま死ぬのはやめて!」



 悪いけど、聞いてる暇はない。兵士たちが後ろから迫ってる。

 それに、死ぬつもりなんかない。

 ただ、むちゃくちゃ恐いだけだ。アリアなんか目を閉じてるし。


 それでも『逃走スキル』の力を信じて。

 俺たちは海に面したバルコニーから、飛んだ。





「来い! 『逃走用使い魔!』海のクラーケン!!」





 どっごおおおおおおおおおおおおおお!!





 海面が盛り上がり、大量の水が噴き上がる。

 まるで、海が噴火したみたいだった。

 ひときわ大きな水流のひとつが──透明な触手になって、俺とアリアの身体を受け止めた。


「コーヤ、これは?」

「『3つの使い魔』のうちのひとつ、海のクラーケンだ」

「クラーケン!? 海に住まう最大級の魔物ですか!?」

「その名前を持つ魔法生物だよ。俺たちの味方だ」


 俺たちの足下にあるのは、無数の触手だった。ひとつひとつが電柱よりも太い。

 それが絡み合って、俺たちの身体を支えてる。

 クラーケンの本体は水中だ。ごつごつとした頭が、水の中を高速移動している。

 なにも言わなくてもわかってくれてる。まっすぐ、西に向かってるから。


「こうして見ると可愛いですね。クラーケン」

「そうなの?」

「だって、コーヤが作り出したものですもの」


 そう言ってアリアは笑った。


「アリアは、コーヤのすべてを愛しています。だから、この使い魔も、アリアを導いてくれる言葉も、あなたの力も」

「ありがと。じゃあ、行こうか」

「はいっ!」


 そして俺たちはまっすぐ西へ向かう。

 アリアの母親の故郷、彼女の領地がある方向へ。

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