第8話 普通に魔物が襲ってきたから、逃げる!

 次の日。


「王都まではギルド所属の冒険者が、アリアさまと勇者さまを護衛することになります」


 部屋にやってきた町長さんが言った。

 まぁ、そうなるよな。

 俺ひとりでアリアを護衛、ってのは無理があると思ったんだろうな。


「前衛3人、後衛3人がバランスが良いと思われます。お2人に、なにかご希望はございますか?」

「そうですね。できれば『すばやさ』の高い人をお願いします」

「『すばやさ』?」

「敵に先制攻撃できるような人がいいですね」

「わかりました。では、目が良くて反応が早い者を優先的に選びましょう」

「ただし、後衛はできるだけ小柄で軽い人を」

「……軽い人」

「それと、アリアは馬車に乗せることになりますよね。馬も、反応の早い奴をお願いします」

「勇者さまのご希望のままにいたしましょう」


 そう言って、町長さんは戻っていった。


「コーヤには、なにか考えがあるのですね?」

「俺の『逃走スキル』のことは説明したよな」

「はい。アリアを、魔王から逃がしてくれた力のことですね?」

「あれは俺が敵から絶対に逃げられるスキルだと思ってたんだけどさ、よく考えたら、アリアも瞬間移動できたよね」

「そうですね」

「ってことは、俺の『逃走スキル』は、パーティ全体に適用されるってことだ」

「──あ!」


 アリアは目を見開いて、ぽん、と手を叩いた。


「さすがコーヤです! 考えてること、わかりました!」

「わかってくれた?」

「妻ですから!」


 アリア、覚悟決めすぎだ。

 目的は王都までアリアを送り届けることだけど、このへんの魔物も倒せるなら倒しておきたい。魔物の強さとか、どうやったら倒せるのか、とか、ドロップアイテムとか。俺にはまだ情報がなさすぎるからな。

 そのための作戦として──


「魔物をヒット&アウェイで全滅させてみようと思う」




────────────────────



──出発後しばらくして──






 魔物の群れが現れた!



「アリア姫、勇者さま! 前方に魔物が現れました!」


 馬車に乗ってる俺とアリアに向けて、護衛の冒険者が叫んだ。

 やっぱり出てきたか、魔物。


「敵の数と種類。それと陣形を報告して!」

「は、はい勇者さま。敵は6匹。種類は、ミノタウロス3、黒魔法使い2、殺人を好むイノシシ──ダークボアが1です! 街道をふさぐように展開しています!」

「もうひとつ質問。こっちが先制攻撃できる?」

「はい! 魔法と弓で。ですが、その後反撃を受けます。向こうにも遠距離攻撃できる魔法使いがいますから……」

「それは大丈夫」


 俺は冒険者たちに作戦を伝えた。



────────────────────





 街道で、魔物たちは馬車を待ち構えていた。

 動きの襲い馬車は、格好の獲物だ。取り囲んで押さえて、中の人間を喰らってしまえばいい。

 馬車のまわりは武装した人間に囲まれている。

 声が聞こえる……魔法だ。


火の矢フレイムアロー!」「氷の槍アイシクルスピア!」


 人間の放つ魔法が、魔物の群れに向かって飛んでくる。

 狙いは後衛。黒魔法使いだ。さらに戦士の放つ矢が、魔法使いたちのローブに突き刺さる。


 馬車はまっすぐこっちに接近してくる。体当たりをするつもりか。

 魔物たちは馬車と飛び道具を避けるため、道の端に寄った。


 次はこちらの番だ。

 まっすぐ向かって来る敵に向かって黒魔法使いが呪文を唱え、放とうとしたとき──






「はい。起動『高速逃走・中』」




 かすかな声がして、馬車が急加速した。


『────グォ──オ?』


 魔物たちは反応できなかった。黒魔法使いの魔法も狙いを外され、関係ない方向に飛んでいく。

 そのまま馬車は魔物たちの横をすり抜け、凄い速度で街道を駆け抜けていく。


 信じられない急加速だった。

 魔物たちが、誰も、反応できなかった。まるで馬車に羽根が生えたようだ。

 そんな魔法が……この世界にあるはずがないのに。


 馬の足が速すぎた。まるで脚が8本も16本もあるようだった。

 馬車の車輪はうなりを上げて高速回転。あんなに速く走ったら車軸が折れるか車輪が吹っ飛ぶか……なのに馬車は揺るぎもしない。


 魔物の反応速度を遙かに超えて、馬車は一気に走り去っていった。


『…………グォ……ア?』


 魔物たちは、ぽかん、と馬車を見送り、それから──


『グオオオオ──! オイカケロオオオオ──!』


 一斉に馬車を追って走り始めたのだった。




────────────────────





「ちょっと待ってください! どうして逃げられたんですか!」


 馬車の外で、冒険者さんが叫んでる。

 いいじゃないか、逃げられたんだから。


「……でも、確かにびっくりはするよな」


 馬車が急加速して路肩を突き抜けていったからなー。驚くのも無理ないよなー。


 俺が使ったのは『高速逃走』スキルの『中』だ。

 相手を街道の端に飛び道具で追い込んで、そのまま加速して街道を駆け抜けたんだ。 


 敵の隊列を組んで、追いかけてくる。

 逃げてくれれば楽だったんだけど……そういうわけにもいかないか。


「それじゃ、後衛のひとたちは飛び道具を準備して」


 俺の合図で、魔法使いと弓兵が迎撃準備をはじめた。



「炎の矢」「氷の槍」「ひゅんひゅんひゅん(矢)」

 どごん。ざくん。ぷしゅ。


 敵が遠距離攻撃の射程に入った瞬間、こっちの魔法使いと弓兵が攻撃する。

 敵の魔法使いも『炎の矢』を撃ってくるけど──




「はい。逃げるよ。発動『高速逃走・中』!」




『勇者と姫君と冒険者たちは、逃げ出した!

 魔物の魔法は、射程外になった!』




────────────────────



 以下繰り返し。



『魔物の群れは、勇者と姫君を追いかけた。

 攻撃範囲に、捉えた!』




 すばやさが高い冒険者たちの先制攻撃!




「ひゅんひゅんひゅん(魔法節約のため矢のみ)」

 ざくんざくんざっくん!


 黒魔法使いが倒された! ミノタウロスとダークボアは怒っている!



 勇者と姫君と冒険者たちは、加速して逃げ出した!




「グオオオオオオオオ!!」「ウガァアアアアアアアア!!」



 魔物たちはあらぶっている!!




────────────────────




「……なんだか、この方法は楽すぎて恐いです。勇者さま」


 冒険者さんたちは複雑な顔してる。

 でも、油断大敵だ。うまくいってるときこそ気をつけるべきだ。

 デバックが終わって、さぁこれで納品だと思ったら仕様変更が来たりするからな。


「最後まで気を抜かないように」

「はいっ!」


 冒険者たちは敬礼して、魔物たちを迎え撃つ準備をはじめた。

 なんでこんな話をする余裕があるかというと……魔物たちが、へろへろになってるからだ。


 俺の『高速逃走』は、逃げてる間は体力をそれほど消耗しない。

 でもって、その効果はパーティ全員に適用されてる。


 だけど、魔物たちはそうじゃない。追いかけて、攻撃されて、逃げられて……追いかけて──その繰り返しで、かなり体力を消耗してる。だったら追いかけてこなきゃいいのに。




────────────────────




 魔物たちは疲れ切っていた。


 人間たちの徹底した一撃離脱作戦。

 魔物たちは一方的にダメージを受けるだけで、敵を射程内に入れることさえできない。


 だったら見逃せばいいのだけれど、人間が見えていたら追いかけてしまう。

 これは魔物の本能のようなものだ。人は襲い、喰らう。そういうものなのだから。



「グゥオオ、オオっ!」

「ガガガ。グググ!」



 ミノタウロスとダークボアは魔物言葉を交わし合う。

 次に敵が近づいてきたら、最後の力を振り絞って攻撃だ、と

 仲間はほとんど倒された。もう、命を惜しんでいる場合じゃない。ひとりでも倒して、殺して、魔王軍の戦果としなければ。


「グォオオオオ!」


 ミノタウロスとダークボアは、身体に力を入れる。

 前方の馬車がまた、速度を落としている。倒すなら今だ。

 魔物たちは地面を蹴って一気に駆け出す。


 防御は考えない。なにがなんでも反撃をくらわせる!

 そう思ったとき──




「『逃走スキル』のうちのひとつ『足止めトラップ・地』!」




 地面が盛り上がり、魔物たちの前方にイバラの壁が発生した!

 魔物たちは脚を止めようとする──が、間に合わない。

 彼らは全力疾走の勢いのまま、イバラの中に飛び込んでいった。


「グガアアアア (な、なんだこれは)!?」


 ミノタウロスはイバラに斧を叩き付ける。が、斬れない。鉄でできているのだ。

 悪辣あくらつすぎるトラップだった。

 鋭いトケが、ミノタウロスと、ダークボアの身体に突き刺さる。もがいても外れない。勢いよく突進しすぎた。イバラは完全に、魔物たちに絡みついてしまっているのだ。


「グオオオオオオオオっ!」


 完全に動きを止めた魔物たちに、人間の攻撃が炸裂した。


 




 ──魔物の群れは全滅した。






──────────────────────────────






「意外と使えるな、魔将軍倒してレベルアップした『逃走スキル』」


『足止めトラップ・地』は地面からイバラの壁を発生させるスキルだ。

 これは、相手の動きを止めて逃げやすくするためのものらしい。


 連続して使えるから、コスパもいい。

 敵が突撃するのに合わせて使ったんだけど……うまくいったようだ。

 ミノタウロスとダークボアもイバラに絡め取られて、防御さえできなかった。

 こっちの被害はゼロ。疲れてさえいない。


「だいぶ距離を稼いだな」

「アリアたちはずっと、王都の方に向かって逃げていましたからね」


 今日の行程の半分くらいは稼いでる。

 同じ手を使ったら、疲れ知らずで一気に王都まで駆け抜けられるんじゃないだろうか。


「お疲れ様です! 勇者さま!」


 気づくと、馬車の前に冒険者たちが並んでた。

 前衛の剣士が3人、弓兵1人、魔法使いが2人。計6人。


 何故か、全員が感動したような顔で、こっちを見てる。


「お疲れ様……というか、俺はなにもしてないだろ。みんなの手柄だ」


「いいえ!」「すばらしい指揮でした!」「こんな楽な戦いははじめてです!」「わたしたち、一生勇者さまについていきます!」「勇者さまが領主になったら、配下として使ってください!」「お願いします!」


 なんで?

 おかしいな。俺が戦闘向きじゃないから、一番楽な戦法を選んだだけなんだが……?


「だって、私たち無傷ですよ? 疲れてもいません。こんなに私たちのことを考えてくださる雇い主ははじめてなんです!」


「当然です。コーヤはアリアの夫となる方なのですから!」

「いきなり人前で!?」

「……コーヤは逃げ上手ですから、退路を断たせていただきます!」


 アリアはぺろ、と舌を出した。

 やるな……アリア。


 いいけどさ。俺もアリアをもらうつもりでいるから。

 アリアは可愛いし、知恵も回る。逃げに特化した俺にはもってこいのパートナーだ。


「前言撤回はきかないからな、アリア」

「はい、アリアをもらってください。コーヤ!」


 そんなわけで、俺たちは休憩(疲れてなかったけど)を済ませて、魔物が落とした素材を分配して、さっさと出発したのだった。






 そうして、魔物と出会うたびにヒット&アウェイ戦法を繰り返して──


 数日間の旅のあと、俺たちは無事、王都へとたどりついた。

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