魔術の代償

 いままで聞いたことのない、白月さんの弱った声に驚いてバッと後ろを振り向いた。


 というかドロップアイテムに目が行きすぎて彼女の存在を忘れてしまっていた。


 申し訳なさを感じつつ彼女を視界に捉えるとそこには身体中を血の赤で染め上げて俯く少女の姿があった。


「ええっと……白月さん、であっているよね?」


 僕は一応の確認として質問する。僕の記憶に間違いがなければ彼女は白月冬華その人であるはずだが。


「は、はい。そうです……それであの、貴方は柊木さん……だったでしょうか?」


 幸運なことに彼女はまだ僕のことを覚えてくれていたようだ。協調性皆無で他人のことを考えない自己中みたいな人だと思っていたものだから僕の名前なんて覚えていないだろうと思っていたんだけど……もしかしたら根はいい人なのかも知れない。


 僕が首肯で彼女の問いに答えるとホッと息を吐き、そして次の瞬間、ガクッと膝から崩れ落ちた。


「――なっ!?」


 急な出来事に焦って変な声が出た。何が起きたんだと近寄ってみるとすぐにその異変に気が付いた。顔色が青白く変色し、唇が紫色に、しかも体が細かく震えている。これは明らかにおかしい。


 だが、僕には医学の知識はない。なのでこれがどんなものなのか、どう対処すればいいのか、それが全くわからない。


「クソッ!」


 やるせない現状に思わず汚い声が漏れる。


 今のままこのダンジョンの中で待っていても何ができるわけでもない。僕は危険を承知で彼女をおぶってでもダンジョンの出口を目指すことに。


 門までの道のりは近いとは言えないし、魔物だって襲ってくる。でも、やらないわけにはいかないだろ。


 気を失った白月さんをなんとかおぶると僕の背中を女性特有の柔らかさが襲ってくる。湧き出る羞恥と情欲を振り切って僕は足を進める。揺れは出来る限り少なく、そして速く。


 ボス部屋を出てすぐ、二体のゴブリンたちが僕らを待ち構えていたかのように襲ってくる。


 相手方の得物はどちらも剣。そして僕の槍を白月さんの椅子代わりに使っているため武器はない。動きも制限されている。


 だけど、僕は負けない。


 瞳を紅に輝かせ、圧倒的恐怖を刻み込ませる。ドロップアイテムは勿体無いが第一に優先すべきは背中に背負った少女の命。時間のロスを防ぐため、殺しはせずにそのまま立ち去る。


 それから一時間。マップを頼りに出口となる門を目指し、魔物と遭遇するごとに“紅瞳”を発動。動きを強制停止させてはすり抜けてを繰り返し、ようやっと出口が見えてきた。


「ん……」


 その時、背後からくぐもった声が聞こえた。色っぽいというか艶っぽい声が僕の鼓膜を揺らし、息が耳にかかる。男の性とでも言うのだろうか、これにはついつい体が前のめりになってしまう。だが、頭の中は冷静そのものだ。衝動は体のうちに押さえ込み、僕はなんでもない風に装う。


「おい、大丈夫か? もうすぐ病院に連れてってやるからな」


 僕は出来るだけ優しい声を心がけて話しかける。目を覚ました彼女は男の背中におぶられているという状況に多少混乱の色を見せたもののそれ以上に体のダルさが酷いのかそのまま体を僕に預けてきた。


「病院は……大丈夫、です」


「何言ってんだよ、明らかに顔色が悪いぞ。病院くらいは行った方がいいって」


 僕はなんとか病院に行かせようと説得を試みるが、彼女は頑なにそれを拒否する。


「これは、ただ魔術を使いすぎただけです。一日寝ていれば治るので病院には行かなくても……」


 彼女が言うにはこの症状は魔術を使うための力、魔力みたいなものを一気に使いすぎてしまったことが原因らしい。因みについ数日前、氷魔術のスキルを手に入れた日に同じ症状に陥ったんだとか。それを聞いて僕は思わず脱力。そして、命に別状はないのだと分かって安堵した。けど、問題はまだ解決してないんだよなぁ。


「体はまだ動かないんだよね?」


 僕はどこまでこの娘を連れて行けばいいのか……悩みに悩み、出した答えは――


「家って近くにある?」


 取り敢えず家まで送っていくことだった。

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