異形との遭遇

門に手が触れる。


 押した訳ではなく、手が少し触れる程度の接触。

 にも関わらず、その門はゴゴゴッという音と共に開かれていった。


 急に俺の眠っていた力が目覚めた、なんていう厨二展開ではなくそういった仕様なのだろうと納得した。

 現代における自動ドアなんて物は珍しくもないものなのだから。


 少々の戸惑い。

 若干の躊躇。

 数瞬の逡巡。


 しかし僕の中で疼く好奇心に変化はない。


 開かれた門に恐る恐る、一歩足を踏み入れた。


 そして――


「すご……なんだよこれ」


 石畳の道が広がる。

 照明や松明の類は見当たらないにも関わらず塔の中は光が充満している。

 壁そのものが光を放っているのだ。


 キョロキョロと辺りを見渡し、探索を開始する。

 地面を踏みしめるたびに足音が大きく反響。


 道はいくつもの通路に分かれ、まるで迷路のよう。

 道に迷っては堪らないと肩にかけていたショルダーバッグから紙とペンを取り出して曲がり道ごとにメモを書き入れる。


 道は横幅も縦幅も結構な広さでそれこそ成人した男性が十人くらい並んでもまだ余裕があるくらい。

 その為か窮屈な感じはしない。


 だが、ある疑問が頭をよぎった。


「この塔ってこんな広かったっけ?」


 外から見た塔と実際の広さが違うように感じた。


 ふと耳を澄ますと音が聞こえてきた。


 曲がり角の先から足音。

 それも複数人の。

 しかし、その足音に違和感を感じた。


 ペタペタと靴を履いていれば出ないような音なのだ。

 僕は、逆に興味が湧いてしまった。

 こんなところを裸足で歩いているような奴はどんな人間なのか、と。


 足音は少しづつ少しづつ、近づいてくる。

 段々と彼我の距離が縮まっていくのが感じられる。


 そしてついに――対面する。


 小学生程度の身長で、しかし肌は緑色。開いた口からは鋭利な牙が目に入り、体を隠すように身につけている申し訳程度の薄汚れた布は不潔感と不快感を感じさせる。

 そんなゲームや漫画、アニメなどでよく目にする異形の存在。


 ――ゴブリン。


 その数は四。


「……は?」


 間抜けな声が僕の口から漏れ出る。

 放心。

 僕は突如ぶち込まれたファンタジー要素に驚きを隠せないでいた。


 だが、それよりも問題が。

 僕の前に現れたこの四体のゴブリンなのだが……なんと武装していやがる。

 それも中世ヨーロッパを舞台にした小説にありがちな剣やら槍などばかりで銃などの近代兵器はどこにも見当たらない。


 まあ、だからといって僕にこのゴブリンたちを倒せるかといわれるとそんなことは無理だ、としか言えないのだけどね。


 そんなこんな思考しているうちにゴブリンたちも僕の存在に気づいた、気づいてしまった。


 実はこのゴブリンさんたちは友好的なモンスターで……ってなればよかったんだけど、生憎とそうはいかないみたいで、彼らは舌なめずりをしながら武器を手に取り始めた。


 目が怖い。

 獲物を狙う狩人見たいな据わった目つきだ。


 まあ、本物の狩人なんて見たことないんだけど。


「ギ、ギャギギギャァァ!」


 言葉、とは到底思えない叫び声。

 ニヤついた顔で武器を片手にゴブリンたちは迫り来る。


 対して僕は恐怖からか足が震えてまともに体が動かなくなっていた。

 尻餅をつき、けれども逃げなければと必死になって這いずる。


 ――ダメだ逃げ切れない!


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 どうせ死ぬくらいなら、となけなしの勇気と力を振り絞って立ち上がり、一体のゴブリンに突撃をかます。


 まさか反撃されるとは思っていなかったのかギョッとした顔で何をすることも出来ず、直撃。


 体格差のおかげか思ったよりもフィジカルが弱いみたいだ。

 体当たりの衝撃でそのゴブリンは倒れ、運のいいことに勢いよく頭を地面にぶつける。

 死んではいないようだけど、脳が揺れて当分は動けないはず。


 その時、更に運のよくゴブリンが手にもっていた槍が僕の足下まで転がってきた。

 咄嗟に手に取る。


 呆気にとられた他の三体のゴブリンたちは身を固める。

 視線が僕に釘付けとなり、その表情は変化。

 獲物を見る目から敵を見る目へと変わった。


 とはいえ、依然僕は不利。

 フィジカルでは僕に分があるとはいえ、三対一。数の利は向こうにある。

 これで僕に喧嘩や格闘術の心得でもあれば正面から戦うことも出来たのだろうけど……


 現状、僕が取れる手段はやはり――


「逃げ一択だよね」


 先程一体のゴブリンを倒したことで少しだけ出来た自信を頼りに力を足に込める。


 高校時代は帰宅部だったけど……


 追いつかれれば僕の人生は終了。

 呆気無く幕切れとなることだろう。


 でも、そんなのはごめんだ。

 もっとやりたいことがある。


 ――まだ、死ねない。

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