Day 29
ちょうどテスト期間に入ってしまったこともあって、この日彩恵ちゃんに会うのは2週間ぶりだった。
看護師さんたちに彩恵ちゃんに会いたいとを伝えると、病室ではなく、別の部屋に案内された。
リハビリ室だった。
私はその中に入らずに、ガラス越しに中の様子を伺う。
いろんな年代の患者さんが先生たちの指導のもと、リハビリをしている様子がわかる。私は生まれて初めて直接見る光景に、思わず見入ってしまった。
そしてその中に1人、遠目でもわかるほど小さくてほっそりとした体つきの女の子が、懸命に歩く練習をしている姿を見つけた。
「日菜ちゃん?」
声をかけられて我に返ると、そこには一華さんがいた。
「一華さん・・・」
「来てくれてたんだ」
診察の合間を縫って彩恵ちゃんに会いに来たと言う一華さんは、私の隣に立って彩恵ちゃんの姿を見つけると、どこか複雑そうな、でも頑張る彩恵ちゃんを誇りに思っているような表情を見せる。
「彩恵、すごく喜んでたの」
「え?」
「日菜ちゃんたちが会いに来てくれること。早く自分で歩けるようになって、日菜ちゃんたちとまた遊ぶんだって」
「そうなんですか?嬉しいです」
一華さんは視線を彩恵ちゃんに戻して
「私がいなくても、1人でも、頑張れるようになったってことだね」
とびきり優しい声で呟いた。
リハビリの休憩に入った彩恵ちゃんを一華さんと2人で尋ねると、彩恵ちゃんは額に汗を浮かべながらも笑顔を見せてくれた。
「彩恵、体調はどう?無理しすぎたらダメだよ」
「うーん、ちょっとまだ傷のところ痛いけど、それ以外は平気」
そこまで言ったところで彩恵ちゃんは何かを思い出したかのような表情をすると、私の方を見て
「日菜ちゃん、あとで手術の痕見せてあげる!一華先生、綺麗に縫ってくれの」
と、無邪気に笑う。
「うん、見せて見せて。あ、そうだ・・・。私も」
私が鞄から覗かせた封筒を見た彩恵ちゃんは、瞳を輝かせた。
彩恵ちゃんの病室には、手術が無事終わったことを祝う贈り物であふれていた。ベッドの上で彩恵ちゃんは嬉しそうに私の手紙を開いてくれる。
そういえば、彩恵ちゃんが私の書いた手紙を読む姿を見るのは初めてだな。
恥ずかしくて、窓の外を眺めるフリをしばらくしていた。
『わたしが退院しても、お友達でいてくれる?』
わざわざ手紙にしなくても、聞かれなくても、答えは決まってるんだけど。
「・・・日菜ちゃん」
ようやく発せられた彩恵ちゃんの声に振り向いてみると、彩恵ちゃんは手紙を持ったまま頬を赤くさせて私に言う。
「ありがとう。嬉しい」
もちろん。ずっと友達でいよう。
そう書いた手紙を読んで彩恵ちゃんが笑顔になってくれたことが嬉しくて、私もつられて笑顔になった。
「こんな年上の友達で良ければ」
「じゃあ、こんな年下の友達で良ければ」
お互いにそう言い合ってなんとなく握手もしてみた。改めて握った彩恵ちゃんの手は思っていたよりもずっと小さくて、でも想像以上に温かくてしっかりしている。
「でも、このまま順調に良くなって退院したら・・・、なかなか会えなくなっちゃうからなぁ」
握手をしたまま、何気なく呟いた彩恵ちゃんの言葉に、私は思わずどきりとした。同時に和彦さんが食堂で話していたことが頭をよぎる。
「日菜ちゃんには話しておこうかな。あのね、わたし、ここを無事に退院できたら養護施設行こうかなって思ってるんだ」
図星を指すような彩恵ちゃんの言葉に、私は思わずぎこちなく
「そう、なんだ」
と、返してしまった。
ロボットみたいに返した私を気にせず、彩恵ちゃんは普通の顔で続ける。
「うん。もう、お父さんを待つのもやめたし・・・、お母さんはどこにいるかわからないしね。わかっても、一緒に暮らすのは無理だと思う。そうしたらやっぱり、養護施設にいくのが1番かなって」
彩恵ちゃんの年相応らしくない言葉の数々が胸に突き刺さった。
「そこで暮らしながら、ちゃんと学校に行く。それで・・・、やっぱり、わたし、一華先生みたいなお医者さんになりたい」
彩恵ちゃんに会ったばかりの時、初めて彩恵ちゃんの夢を聞いた時のことを思い出しながら、私は精一杯の笑顔で頷いてみせた。
そんな私を見た彩恵ちゃんは、今度はわざと不満そうな表情をする。
「そうやって言ったらね。一華先生ってば、毎日毎日、勉強教えに来るようになったんだよ。今までは教えてくれない日いっぱいあったのに。しかもすごい厳しいの!」
「そうなんだ」
「「私が教えられること、全部教えてから施設に行って」って。「寂しくなるから」って。わたしは一華先生のことが心配!わたしが退院した後、大丈夫なのかな?」
そして、彩恵ちゃんはそっと呟いた。
「・・・そんなに言うなら、一華先生がお母さんになればいいのに・・・」
吐き捨てるように、でも切実な思いを込めて発せられた言葉に、私は何もできなかった。
私なんかが聞いちゃいけない言葉を聞いた気がした。
私なんかが聞いても、どうすることもできないことを聞いた気がした。
でも・・・、きっと今のは・・・。
「なんてね。一華先生がお母さんになったら、すっごい怖いお母さんになりそうだから、お母さんはいいや。お医者さんのままでいい」
彩恵ちゃんはそう言って笑っていた。
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