Day 25
「あ、もう少し右」
「え? ・・・時計にぶつからない?」
「んー、もう少し左?」
「どっち!?」
私が思わず声を上げると、茉莉ちゃんはコロコロと笑った。
今日は彩恵ちゃんの誕生日。
特別に許可が出たことと、彩恵ちゃんの体調がなんとか回復に向かっていることもあって、無事誕生日会を開くことができたのだ。でも、私たちと彩恵ちゃんが会うのは2週間ぶり。彩恵ちゃんがどんな姿になっているのか、みんな不安だった。
それでも、彩恵ちゃんの前で不安な顔はしないこと、彩恵ちゃんを楽しませることをみんなで約束しあって、今に至る。
「みんな、準備・・・できてないね」
「もうそろそろ、一華先生も限界よ。診察長すぎるって彩恵ちゃんに気づかれちゃいそう」
私たちの様子を見に来た和彦さんと木原さんは、部屋の様子を見て慌てて部屋の装飾の手伝いを始めてくれた。ちなみに、彩恵ちゃんは一華さんが診察を兼ねて、病室から出してくれていた。
「一華から「早くして」ってメールきたよ」
「あ、もう準備できました!どうぞ!」
慌てて飾り付けた部屋を背景に、私たちは整列する。時間が経つにつれて私の心臓は大きく動いていた。そして
「一華先生、絶対怪しい。何か隠してるよ」
「ええ?そうかなぁ」
彩恵ちゃんと看護師さんの会話が聞こえてきた瞬間、私たちは笑顔でお互いの顔を見あってから、扉が開かれた瞬間声を揃えた。
「彩恵ちゃん、お誕生日おめでとう!!!」
車椅子に乗っている彩恵ちゃんは私たちを見るなり、固まってしまう。
可愛らしく編まれていた三つ編みの髪は無造作に降ろされていた。髪の毛が痛みきっているのが遠目でもわかってしまう。心なしか、パジャマから伸びる手足も随分と細くなってしまっているように感じた。
それでも私たちは精一杯の笑顔を作って、彩恵ちゃんを部屋に招き入れる。
「あはは!サプライズ大成功!」
「彩恵ちゃん、早く早く」
「びっくりしたでしょー?」
彩恵ちゃんは数秒たってようやくいつものように笑ってくれた。
「やっぱり。一華先生嘘下手だね」
「どうだった?一華」
「なんかね、ずっと時計の方見てたの。絶対何か隠してると思った!」
和彦さんに車椅子を押してもらい、木原さんにベッドの上に乗せてもらうと、彩恵ちゃんは改めて華やかになった病室を見回した。そして私たちを真っすぐに見て
「ありがとう、みんな」
あの、花びらのような優しい笑顔を見せる。
その後私たちはプレゼントを彩恵ちゃんに渡したり、茉莉ちゃんがマジックを披露したりと、前々から準備し続けていた出し物を披露していく。
「誕生日会なんだけど・・・、30分だけなら」
そう一華さんに言われた。
病室だし、限られている時間だけど、その時間の中で精一杯のことをした。
一華さんに許可された「30分」が終わろうとしていた時、木原さんが最後の演目を紹介する。
「残念ですが、これが最後の演目です。最後は、彩恵ちゃんの大好きなお話のワンシーンを、超人気役者たちが特別に!演じてくれるわよ〜、楽しみね〜彩恵ちゃん」
ニヤニヤしながらこちらを見る木原さんに、私もゆき音も和彦さんも、苦笑いをしてしまう。
「えっと、彩恵ちゃんが好きな「サラたちと女王の秘密」って物語を、少しだけなんだけど、私たちで・・・、お芝居といいますか・・・」
「お芝居だよ」
「うん。やるね」
しどろもどろになる私に茉莉ちゃんがツッコミを入れる。
手品も何もできなかった私たちが悩んでいたところに提案してきたのは木原さんだった。大好きな話の大好きなワンシーンが実際に見れるとなれば、喜ぶんじゃないか。そんなアドバイスをもらって始めたけど、とにかく恥ずかしくて恥ずかしくて、苦労した。
和彦さんは楽しそうに練習していたけれども。
「で、女王役が・・・」
「今、来るはず」
「ですよね?木原さん」
不安になって問う私たちに、木原さんは「緊急対応が来なければ」と自信なさげに言う。
ああ、頼む。来ないで、救急車。
「え?女王役ってまさか一華先生?」
私たちの様子から女王役が誰かを察して驚きを隠せない彩恵ちゃんの前に、私たちが祈った甲斐あって一華さんが慌ててやってくる。私たち旅人役3人は、それこそ本当に女王が目の前に現れたかのような、救われた気分になった。
「間に合った・・・?」
「間に合いました!」
一華さんは私たちの様子を見てホッとしたのもつかの間、乱れた髪を結い直す。
「じゃ、行くわよー。よーい、スタート!」
木原さんの声かけで私とゆき音、和彦さん、一華さんの間に別の時間が流れ出す。ゆき音が最初のセリフを言った。
「女王様、ご無事で何より」
物語の中の女王様は、人々の怪我や病を治す不思議な力を持っていた。
ところがある日突然、女王様が不治の病に倒れてしまう。国民みんなが困る中、女王様を治す薬を探す冒険に出たのが、私たち旅人。
これは女王が救われた、ラストシーンだ。
私は物語を思い返しながら、何百回も照れながら言ったセリフを言う。
「国民たちも皆、喜んでいます。また女王様のご加護が戻ったと感謝の言葉を述べていました」
「・・・いいえ、感謝を伝えるのは私の方です」
思わず、目の前に立つ一華さんを見つめてしまった。真っ白なマントを羽織った、本物の女王様がいるかのように見える。
「国民を怪我や病から守ることが、代々王家の務めでした。しかしそれができなくなった私を責めることなく、どれほどの国民が私を救おうとしてくれていたことでしょう。そしてあなたたちがいなければ、私は命を落としていました。多くの人の支えがあって、今、私がここに生きています。感謝を伝えなければならないのは、私の方なのです」
「それでは女王様」
旅人の1人・・・、和彦さんが一華さんの前に跪き、白くて綺麗な手を取っていた。
「女王様は国民に、国民をこれからも守ることを誓ってください。我々は女王様を守ることを誓います。多くの笑顔を後世に残すために」
「多くの人の思いがある限り、私たちの旅は続きます」
ゆき音のセリフを最後に、木原さんが拍手をした。彩恵ちゃんたちの方を見てみると、茉莉ちゃんがスマホでしっかり録画していたことがわかる。
「やばい、鼻血出そう」
そう言う茉莉ちゃんは本当に鼻血を出しそうなくらい、赤くのぼせてしまっている。一華さんと和彦さんの掛け合いをやると決めた時から想像していたけれど、茉莉ちゃんの反応は想像を裏切らなかった。
「彩恵・・・、せっかくの誕生日なのに、遅れてごめんね」
みんなが笑顔の中、1人曇った表情の彩恵ちゃんに一華さんは声を掛ける。それでもなお黙り続ける彩恵ちゃんに、木原さんも
「彩恵ちゃん。一華先生、彩恵ちゃんのためにお芝居練習してくれてたのよ〜。許してあげたら?」
フォローを入れるが彩恵ちゃんの表情は変わらない。
「・・・和彦さん」
「うん?どうした、彩恵ちゃん」
「一華先生どっかに連れてって」
「え。彩恵・・・」
何か言いたげな一華さんを和彦さんは腕を引いて半ば強引に病室の外に出した。
そして、部屋に残された私たちは満面の笑みを浮かべて「裏の企画」の準備を始めた。
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