Day 20
とある事情であくびを連発していた時、お店の鈴の音が鳴り響いた。私の視界が鮮明になっていく。そしていつもよりも大きい声で
「いらっしゃいませ!!!」
全力で出迎えた私と茉莉ちゃんの視線の先には、お客さん・・・、ゆかりちゃんが少し怪訝そうな表情で立っていた。
「あ・・・、どうも・・・」
いつもに増して「にこにこ感」でいっぱいの私たちに、ゆかりちゃんは疑心を隠せない。だけど、その疑心はすぐに晴れることになる。
今日は私と茉莉ちゃん、そして花楓ちゃんの彼氏・タクヤ君も巻き込んでの「仲直り作戦決行」の日なのだ。
ここは思い切って、ゆかりちゃんと花楓ちゃんを2人っきりにしてしまおうという、茉莉ちゃんの大胆な作戦。
「ちょっと、どういうこと?タクヤ」
彼女に対して申し訳なさそうな表情でやって来たのは、タクヤくん。タクヤくんはお店のドアを開けて私たちと目が合うと、ぺこりと会釈をした。会釈を返す私の前で、彼女である花楓ちゃんは、私たちとゆかりちゃんを交互に見続けている。
驚くのも当たり前。
今日2人がここで会うことは、ゆかりちゃんと花楓ちゃんには秘密にしていたから。
タクヤ君にも協力要請をしたところ、最初はたじたじだったが
「彼女が親友との危機を迎えてるのに、その情けなさはなに!?」
茉莉ちゃんの気迫で、首を縦に振ってくれた。
・・・いや、「振らせた」なのかな。
「ゆかりがいるとか聞いてないんだけど」
計画が上手くいったのはいいものの、当たり前だが花楓ちゃんは明らかに嫌そうな表情をする。けれども、ここでタクヤ君が動いてくれた。
「お前さ。ちゃんと話し合えよ、古沢と」
普段は温厚で優しい彼氏の、威圧感溢れる言葉に、花楓ちゃんは驚きすぎて固まっている。その隙にタクヤ君は茉莉ちゃんにアイコンタクトを送って退散した。
茉莉ちゃんが2人に見えないように下の方で小さく拍手を送っている。
私はその間に挽いておいたコーヒー豆にお湯を注ぎ、ピンクと白、おそろいのマグカップにコーヒーを淹れた。花楓ちゃんはマグカップを見ると不機嫌そうにため息をついて、カウンター席に何も言わずに座る。
カップから湯気が立ち上る。そして湯気で隔たれた向こう側に、気まずそうに座るゆかりちゃんと花楓ちゃんの姿があった。
「・・・ひ、久しぶり・・・だね」
沈黙を破ったのはゆかりちゃん。
眼鏡越しに、花楓ちゃんの様子を窺うような瞳が花楓ちゃんを見つめている。そんなゆかりちゃんとは対照的に、花楓ちゃんは何も言わない。
「・・・あ、ほら・・・、だいぶ前だけど・・・、かえちゃんが、一緒にカフェ行きたいって言ってくれてたよね。だから」
「なに?」
「え・・・?」
「私になんか文句あるから、こうしてタクヤまで使って呼び出したんでしょ?」
「・・・え、そんな、違うよ」
「じゃあなんで?」
「・・・」
しばらく時計の秒針の音だけが鳴り響く時間が続いた。長い沈黙に心配になる私の隣で、茉莉ちゃんは「大丈夫だから、今は何も言わずに」とジェスチャーする。
その時だった。
「知ってるよ・・・、知ってる!!あんたが私に怒ってることなんて・・・」
声を荒げた花楓ちゃんの、形が整っていてアイラインが施された瞳には、ちゃんと涙が浮かんでいた。そんな花楓ちゃんを見たゆかりちゃんも、泣きだしそうな表情になる。
そんな2人を見ていたら、なんだか心のどこかで私までくすぐったくて優しい気持ちになっていくのを感じていた。私が今そう思っているを知ったら、目の前の2人は怒るだろうけど。
正反対な2人だけど、考えていることは同じだったんだ。
なんて可愛い2人なんだろう。
「・・・怒ってるよ。今までのことが全部、嘘みたいに・・・、私とは全然遊んでくれなくなって、声もかけてくれなくなって・・。彼氏ができたのを知ったときは、「私なんかに興味なくなるのも当たり前だし、彼氏優先なのも当たり前」って思った。でも・・・」
「そうやって怒ってるなら、早くそう言えばいいじゃん!」
「でも・・・!かえちゃんが悪気があってこんなことするような子じゃないって、分かってたから!」
親友なら、1番の友達なら、相手がどんな人かは誰よりも知っている。家族なんかよりも知ってるんじゃないかなって浮かれちゃうくらい。
それくらい、長い時間を一緒に過ごしているし、何でも言い合えるし、大好きだから。
だから、相手との間で傷つくようなことが起きても「何か理由があるんだ」って思う。
信じられる。1番の友達だから。
でも、1番の友達だからその理由を知りたいって思うんだよね。
また前にみたいな時間を過ごしたくて。
「・・・だって・・・」
ため込んでいた全ての想いをぶつけたゆかりちゃんの前で、花楓ちゃんが声を震わせながら言う。そんな花楓ちゃんを、今度はゆかりちゃんが優しく見守っていた。
「ゆかりはさ、私とは違って成績優秀で、先生達からも慕われてて・・・、超マジメじゃん。エリート街道じゃん。私・・・、なんか1人だけ置いてかれてるような気がして。特に・・・、2年からは・・・」
「え・・・、置いていくだなんて、そんなことないよ・・・!」
「だから!だから・・・、紫に置いていかれても平気な振りして、わざと明るくして見たり、彼氏と遊んだりした。もちろん、タクヤのこと好きだよ。好きだけど・・・、なんか、寂しくて。今までずっと一緒だったのに、いつのまにかゆかりは全然遠いところにいた。悔しくて、寂しくて・・・、でも、ちゃんと努力して結果を出せてるゆかりが、羨ましかった」
秋の夕日と同じ色に涙が、一滴だけ綺麗に落ちていく。その涙を見た花楓ちゃんは、乱暴に涙を掌で拭うと
「ごめん。ゆかり・・・。私が弱かっただけなの。私の感情に・・・、振り回してごめん」
ゆっくりと俯いた。
そんな花楓ちゃんを前に、ゆかりちゃんは慌てて立ち上がる。
「かえちゃんは悪くない!かえちゃんに気を使わせて、辛い思いをさせてたのに気づけなかった私が悪いから・・・!!」
「ううん、違う。これは私のせいだよ!」
「違うよ!」
慌てて謝るゆかりちゃんに花楓ちゃんが謝り、またゆかりちゃんが謝る・・・。マンガのようなやり取りをした2人は、だんだん照れとおかしさで、くすくすと笑い始めた。そんな2人を見て、私と茉莉ちゃんも思わず笑ってしまう。
「いいね〰〰、2人で漫才できるんじゃない?」
茉莉ちゃんの発言が、さらにその場を明るくさせた。それまで寂しくて気まずい雰囲気に満ちていた2人の周りが、気持ちよく晴れた、秋晴れの空ように澄んでいくのが目に見えるよう。
いいな。やっぱり女の子の友情っていいよね。
なんだか私まで、フワフワした気持ちになっていた。
「あ・・・、ごめんなさい。せっかくコーヒーのスペシャリストさんに淹れてもらったのに・・・。コーヒー冷めちゃった」
「は!?」
「えっ?」
ゆかりちゃんの言葉に声を上げた花楓ちゃんと私。花楓ちゃんは、涙で潤んだ目を大きく見開いて私を見る。
「コーヒーのスペシャリストって、あなたのこと!?」
「え、あ、ああ、はい・・・」
「もっとオジサンかと思ってた・・・」
花楓ちゃんの中で私がものすごい人に変換されていたみたい。予想もしていなかった発言に私が呆然としているのを見て、茉莉ちゃんがさらに明るい声を上げて笑い転げる。
そうだよね。なかなか女子高生でコーヒーを淹れるスペシャリストって・・・、中な想像つかないよね。
けど、今回は「JK」を惜しげもなく出そう。
舐めるな、JK!
そんな気合だけで何日か徹夜をして、ラテアートを練習していた。付け焼刃もいいところだけど、2人の仲直りのきっかけに少しでもなれるならと、勉強よりも必死になった。
「お待たせしました」
私がゆかりちゃんと花楓ちゃんの前に差し出したのは、2人の名前入りのラテアート。プロの人には当然勝てない出来栄えだけれども、しっかりと「YUKARI」「KAEDE」という文字が浮かび続けているのを見て・・・、本当に安心した。
そして2人が歓声を上げている姿を見て、もっと安心した。子供のような無邪気さで、すっかり笑顔になってはしゃぐ2人を前に、茉莉ちゃんが小さな声で
「夜中まで頑張ってよかったねぇ」
と、耳打ちしてくれた。
ゆかりちゃんたちの仲直りから数日後。久しぶりにゆき音と一緒に2人で彩恵ちゃんのもとに向かってみると、彩恵ちゃんがむくれた顔で一華さんに抗議していた。
「だから、ちがうもん!ヤキモチなんてしてないっ」
「大丈夫だよ、ヤキモチしている彩恵も可愛い」
また林田先生の前で不機嫌そうにしていたところを、一華先生に「ヤキモチ焼かないで」って言われちゃったみたい。
あまりの可愛さにゆき音とニヤニヤしている間も、彩恵ちゃんと一華さんのやり取りは続く。
「もう、そういういじわるするんだったら、和彦さんからの伝言教えてあーげない」
「え?和彦?なに言ってたの? ・・・ああ、そう。教えてくれないのね。じゃあ私、林田先生に呼ばれてるから行こうかな」
「え!教える教える!ねえ、一華先生行っちゃダメ!」
私たちと一緒にその光景を見ていた和彦さんに、ゆき音がいたずらっ子のような顔でわざと尋ねた。
「彩恵ちゃんにどんな伝言頼んだんですか?」
ゆき音の問いに、花が咲いたような笑顔の彩恵ちゃんと、その様子を大切そうに見守る一華さんを優しく見つめながら・・・、でも照れながら、和彦さんは言った。
「どんな一華も、大好きだよ」
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