第5話.初めての冒険
次の日、やっと例の確認ができた。
畜舎でコルさんに羊たちを任せた後、僕は村の真ん中にある小屋に向かった。そこが村長の家だ。扉をノックしたらすぐ村長が姿を現した。
「村長」
「アルビン、何の用だ?」
僕は両手を胸の前で合わせて挨拶してから、用件を言った。
「実は、ちょっとお借りしたい本がありまして」
「そうか」
村長は頷いて僕を家の中に入れてくれた。この村でいろんな本を持っているのは村長だけだから、僕は度々こうして本を借りる。
村長の家は僕とアイナの小屋よりちょっと大きいくらいだけど、村長は一人暮らしをしているから空間に余裕がある。その余裕空間に本棚があるわけだ。
「それで、借りたい本は?」
「『古代エルフの歴史』という本です」
「ああ、これだな」
村長が早速本棚から一冊の本を取って、僕に渡してくれた。
「いつもありがとうございます、村長」
「本はいいよな。君のような若者が本を読んでくれると私も嬉しい」
村長は笑顔でそう言った。僕はもう一回お礼を言って村長の家から出た。
「この本に間違いない……」
重くて古い本……その表紙には『古代エルフの歴史』という題名が金色の字で書かれていた。何だか胸がドキドキしてきた。早く家に帰って確認したい。
「お兄ちゃん!」
家に帰ったら早速アイナが飛んできた。この時間になるとずっと家で僕の帰りを待っているのだ。
「村長から本借りてきたの? また騎士たちの本?」
「いや、これは古代エルフについての本だ」
「へえ、珍しい」
僕はアイナと一緒に家の中に入り、ベッドに座って本を読み始めた。するとアイナも別の本を持って、僕の傍で読み始めた。
アイナが読んでいる本は『誰がこの世で一番美しいお姫様なのか』だ。それは様々な国のお姫様たちの物語が書かれている、アイナの最も好きな本だ。
僕は急いで『古代エルフの歴史』のページをめくって例の木の絵を探した。厚い本だからのんびりしていると時間がかかる。
「……これだ」
数分後、ついに見つけた。大きな枝と根本を持つ木の絵のページを。そしてそれは、一昨日見たあの扉に刻まれた絵と完全に一緒だった。
「古代エルフの象徴の一つ……『世界樹』の紋章……」
ページの説明によると、古代エルフたちは『世界樹』と呼ばれる巨大な木を崇拝していたらしい。その世界樹には不思議な力があって、冬にもその周りだけは何故か暖かったという。更に世界樹の実を食べると健康になって寿命が延びるという。
まるで童話みたいな話だ。明らかに僕の好みではない。だからこの本はたった一度だけ読んだのだ。しかし今は違う。僕はこの『世界樹』の紋章を現実で発見したのだ……! 童話なんかではない……!
一生体験できないだろうと思っていた『冒険』という言葉が、頭の中を駆け巡った。早くあの場所に行ってみたい。しかし物事には順序がある。僕はまずアイナに話をかけた。
「アイナ」
「ん? 何?」
「実はちょっと用事あるんだ。それでちょっと出かけて来るから……メアリちゃんの家で遊んでいて。後で迎えに行くから」
「え……? 別にいいけど、どうしたの?」
「急に用事を思い出したんだ」
「……まさか!」
「ん?」
「お兄ちゃんって、彼女できたの?」
「ア、アイナ……どこでそんな言葉を……」
「メアリちゃんが言ってた。男って彼女できたら家に戻るのが遅くなるんだって」
「いや、そんなんじゃない。そんなんじゃないよ……」
「本当?」
「本当だよ。ともかくメアリちゃんの家で遊んでいて」
「うん!」
と、とにかくこれでアイナのことは安心だ。僕はアイナが友達の家に入っていくのを確認した後、松明と弓を持ち、村を出て山道を進んだ。本格的に暗くなる前にこの『冒険』を終わらせたい。
場所はちゃんと覚えている。僕は山道から離れて茂みの中を進んだ。胸がドキドキした。まるで本当に彼女ができた気持ちだ。
一歩一歩進むたびに、古代エルフへの想像がどんどん膨らんできた。それが本当に『扉』なら、あの向こうには何があるんだろう。まさか、あんなものやこんなものが……。
やがてその場所についた。扉は一昨日の姿のまま僕を待っていた。こうして再び見るとちょっと怖くも感じられた。扉の中から何か危険なものが出て来るかも。僕は背負っている弓を確認して、扉の取っ手に手を伸ばした。
……開かない。
それはそうだろう。石でできているから簡単に開くはずがない。僕は両手に力を入れて、精一杯取っ手を引っ張った。
……でも開かない。
それからいろいろ試してみた。しかしどんなに頑張っても扉は開かなかった。
「ふふふ」
ふと笑いが出た。考えてみれば当然なことだ。もしこれが僕一人で開けられるようなものなら、すでに誰かが開けたはずだ。それで何か凄いものでも発見されたら、ここは有名な場所になっていたはずだ。しかしそんなことはない。
それに、これが扉って確定したわけでもない。別の何かかもしれない。僕は今完全に時間の無駄使いをしているのかもしれない。
まあ……現実ってこんなものさ。美しいお姫様も勇敢な騎士もいないし、不思議な魔法や恐ろしい魔物も存在しない。冒険という言葉に興奮して忘れていた。
村に戻ろう。アイナが心配してるかもしれないし、僕に彼女ができたって誤解しているかもしれない。
僕の初めての冒険はこうして終わった。あっけなく、極めて簡単に。しかし僕の冒険への夢は終わらなかった。
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