第15話 由夏と健斗 打ち合わせ

「お待たせしました! 藤田センセ、早いじゃない?」


「まあね、近くにいたもんで」


健斗は見晴らしいの良い席で、長い脚を邪魔そうに組んで、そこに座っていた。


「そうよね、もう講義は終わったの?」


「今日は午前中で授業が終わりだったからね」


「そう。じゃあ外に停めてあったすごく素敵な外車は、センセの?」


「あ、まあ」


「隣に停めるの、ためらったわよ。ホントにスペック高いオトコよね。大学准教授で、高い外車に乗っていて、何よりこの私が目をつけるほどのビジュアルの持ち主なんて、そうそう居ないわよ」


「由夏さん、誉め過ぎだよ」


「いえいえ。まだあるわ」


「え?」


「今度大きなパーティーで注目の的になる予定、ないかしら?」



「……由夏さん」


健斗は組んでいた足を戻して、少しうつむいた。


「センセ、今日はかれんもいないし、腹をわって話しましょ。あ、レイラちゃんには一時間後に来てもらうことになってるから、大丈夫よ」


「そうか……」


「なんか、ごめんなさいね。騙し討ちみたいなことして」


「いいや、かまわないよ」




由夏は二人の飲み物が揃うのを待って、話し始めた。


「ファビュラスへの仕事のオファーってね、個人的に営業で取って来る場合以外は、本来かれんのところに来る事になってるんだけど、今回はなぜか私のところにオファーが来たの。この前のサーフブランドのショーに、その会社の担当者がお忍びで来ていてね。不可解だったな。でもショーが終わったあとに担当者から詳細を聞いて、驚いたわ」

健斗は静かに聞いていた。


「クライアントは『JFMコーポレーション』。依頼内容は、高原のレストランでの少人数VIPを集めたCEOお披露目会。、そして主役は、藤田会長の一人息子の健斗さん。何か訂正は?」


「……ない」


「じゃあ間違いないのね? あなたが『JFMコーポレーション』の次期CEOだってことは」


「ああ、間違いない。ただ、正式な日取りは教えられていないんだ」


「そうよね、こっちにもだいたいの日程しか伝えられていないわ。……それより」


「ああ……」


「かれんは知らないよね。あなたの正体」


「知らない」


「どうして? かれんには言わないつもり?」


「どう言っていいか、わからなくて」


「でしょうね。まあ……わかるけど」


健斗はテーブルの上で指を組んだ。

「ただ、言い訳に聞こえるかもしれないけど、CEO就任は、俺の望んだことじゃないんだ。 俺は正直、数学の道でやっていきたかったからね。まあ、俺の方も、こんな感じで何かとややこしいわけよ。そんなところにさ、あいつを急激に引き入れて、パニックにするわけにはいかねえなって……」


由夏も紅茶を啜りながら、神妙な顔をしている。

「あなたとかれん、どうなってるの? こんなこと私が聞くのは変だけど、もし、二人がたいした関係じゃないなら、今回のことも普通に私からかれんに伝えることができるけど、そうじゃないのなら、慎重に行かないと……」


「正直あいつとの関係は俺もよくわかってないよ。ただあんまり急ぎたくないって、そう思うんだ。だって、あいつも色々抱えてるだろ? 3年前のこととか、他にも……毎日何かしら戦って見えるんだよ。だから俺とのことで混乱させたくないんだ」


由夏はカップを置いて、少し改まった面持ちで健斗を見た。

「聞いていいかな、この前の山ノ上ホテルのブライダルショーの後、あなたがかれんを送ってくれたのよね? 何があったの?」


「いや、俺の口から言っていいものか……」


「そうよね。かれんも変だったし、いく頼まれたとはいえ、あなたが夜中にかれんに電話するなんて変だと思ってたの」


「ああ……そうかもな」


「あなたの口から言いにくいなら、当ててあげましょうか? かれん、セクハラにあったんじゃない?」


健斗が顔を上げた。

「……それは」


「図星か……、かれんからは聞いてないの。私もかれんに突きつけてないわ」


「そうか、由夏さんに言わないでほしいって、そう言ってたからな」


由夏は大きくため息をついた。

「どこの業界でもそうだけど、特にうちみたいな業界はクライアントが男性なのが殆どだから、多かれ少なかれ嫌な思いはするものなの。今までも乗り越えてきたし、大人にもなったし、いわば多少の免疫も覚悟もあるわけよ。かれんは会社を背負ってる身だから、それなりの対応は出来てきたんだけど……それにしては、かれんの様子があの日はおかしかった。言いにくいかもしれないけど、あの日の事、教えてもらえないかしら」


由夏のかれんを思う気持ちを疑う余地はなかった、かれんもまた、由夏に負担をかけまいと、黙っていたに違いないから。


健斗は森での事を話した。


由夏の顔から血の気が引くのが見て取れた。そしてそれが怒りとなり、再びいつもの由夏に戻った。


「ありがとう、先生。かれんを助けてくれたのね。あなたに残ってもらって、本当に良かったわ」


「それは俺も同じく感謝してるよ。由夏さんのお陰であいつを守ることが出来たんだから」


由夏は水を飲み干した。

いつもの明るい顔に戻っている。


「藤田先生、そんな人だと思ってた。かれんがちゃんとあなたのこと好きになればいいなって、本当に思ってる」


「何か、応援されるのって気分いいな」


「ただ、教えておいてあげる。かれんはライバル意外と多いわよ」


「そうなの!?」


「かれんは全く気づいてないし、自覚もないけどね」


「そうだな、見るからに鈍感だし。俺もきっと苦労するな」


「間違いなくね! でも、そろそろ決め時かもよ!」 


「由夏さん、簡単に言わないでくれよ!」

二人は笑いあった。



「そろそろレイラちゃんが来る時間だと思う」


「分かった」


「レイラちゃんはCEOの話はどこまで知ってるの?」


「あいつは従兄妹だからな、親から大体の内容は聞いてると思う。披露パーティーにも出席するだろうし」


「そう。レイラちゃんはあなたとかれんさんの事、何か気づいてるかしら?」


「そんなこと全然気付いてないんじゃないかな? レイラはまだ子供だよ」


「本当にそう思ってるなら、あなたもかれんに負けないぐらい鈍いかもね?!」


「それどういう意味?」


「レイラちゃんは精神的にはとっても大人だと思うけどな」


「そう?……まあ小さい時から大人に囲まれて育ってるし、俺にも対等の口聞いてきやがるし。確かに鋭いところもあるかもな。ってか、女はみんな強いよ」


「プレイボーイが言う言葉かしら?」


「本当にプレイボーイだったら何もかもうまくやってるよ!」


「そうね、そうじゃないあなたが素敵だわ」


健斗は椅子にもたれて言った。

「これはこれは。光栄です」


「あ! レイラちゃん!」

由夏が明るく迎える。


「由夏さん、お待たせしました!」

笑顔で由夏に手を振ってやって来た。


健斗の方に向き直ると、皮肉な顔をして言った。

「珍しく早いわね先生。大学にいたのなら私も拾って来てよ! タクシー 来なくて困ったんだから!」


由夏がまあまあというように笑う。

「レイラちゃんごめんなさいね、大学が近いからって、こんな山の上に呼び出しちゃって」


「いいんですよ由夏さん! このお店、本当は健ちゃんの店なんですから」


「そうなの?!」


「そう! 厳密に言うともうすぐ正式に健ちゃんに経営権が渡るお店なんです」


由夏がちらっと健斗の方を向いて言った。

「レイラちゃんはかなりしっかり把握しているようね……」


健斗は苦笑いしていた。


「あれ? 二人とも飲み物だけ? 私お腹すいたからケーキ頼もうっと!」


「健ちゃん、ここのモンブランちょっと前と変わったわよね? タルトも頼むから半分ずつにしない?」


「お前は小学生か?! いらねーよ俺は」


由夏が笑いだす。

「仲がいいわね」


「まあ、 俺ら二人とも一人っ子なんでね」


「とはいえ、こうやって会うようになったのは、健ちゃんが帝央大学に来てからなんですよ。私が大学に入るちょっと前。健ちゃん東大だったから、ずっと関東だったし」


「東大?」

由夏が一瞬驚いた顔をして、そして天を仰いだ。


レイラに気づかれないように、健斗に向かって首を降った。


手に負えないってかんじか……

健斗は更に苦笑いするしかなかった。



第15話 『パワーランチ 由夏&健斗』 -終-


→第16話 新たな真実


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