第7話 Dr.天海宗一郎
久しぶりのオフ。
ゆっくり寝坊して、ママと二人でフレンチトーストの美味しいお店でモーニングを食べた。
ママの話は専らお友達の話。
特にヨーロッパにはお友達が多くて、どこの誰の話をしてるのか、何度名前を聞いてもわからない。適当に相づちを打っているものの、本当は写真入りの相関図がほしいくらいだ。
「今日もこれから芙美子さんと待ち合わせなの」
「そう。その人は確か……医院長夫人の……」
「正解! かれんに会ってみたいっていつも言ってくれるのよ。息子さんもイケメンなのよ! 会わせたいなぁ……今日も来ない?」
「今日はこの辺りを散策したいなって。昨日まで仕事がハードだったから、今日くらいはのんびりするわ!」
ママと分かれて、久しぶりに町をうろうろした。
新しくオープンしていた雑貨屋さんを見たり、ブティックをはしごしながらファッションの傾向を調べたり。
春の日差しのせいか、明るいパステルカラーのブラウスと細身のジーンズを衝動買いしてしまった。
たまにはこうしてゆったり過ごすのもいいなと思った。
昼下がり、紙袋を下げてブラブラ歩道を歩いているとクラクションが短く鳴って車が止まった。
何気なく振り返る。
運転席の窓が下りた。
「やあ!」
「あ、天海先生だ」
「良かった、覚えててくれて。ねえ、お昼もう食べた?」
「いえ、まだ……」
「じゃあ乗って!」
「いいんですか?」
助手席を勧められてメタリックブルーの車に乗り込む。
「お邪魔します! 夜だったから黒い車って思ってました」
「あの日以来だね」
「本当にあの時は、お世話になりました」
ペコリと頭を下げる。
「いやいや、あの後、経過はどうだったかな?」
「おかげ様で、捻挫は直ぐ良くなりました。ぐるぐる巻きのヒールは再起不能ですけど」
「あはは、そんなこともしたな。ところで……」
「はい?」
「僕は随分信頼されているようだけど、一応、会ってまだ二回目だよね?」
「あ、簡単に車に乗るような軽い女だと思っちゃいましたか?」
かれんはクスッと笑う。
「そんなことはないよ、信頼されて嬉しいよ。名前も覚えてくれてたんだ?」
「もちろんです!」
「僕も覚えてるよ、三崎かれんさん!」
「光栄です!」
「こちらこそ。で、なに食べたい?」
「朝は母とフレンチトーストのモーニングだったので、それ以外なら何でも」
「了解。ねえ、ホントにお母さんとモーニング?彼氏じゃなくて?」
「違いますよ! そんな人、いませんし」
「ふーん、そうなんだ」
「さあ、着いたよ」
「ここって……ギャレットソリアーノ!」
「知ってる店だった?」
「はい! 何年前になるかしら?こちらのクリスマスイベントを任されたことがあって。女性の店主ですよね? すごく話しやすい。確か水野オーナー」
「そうそう! ところで君ってイベント会社に勤めてるの?」
「ええ、まあ……」
「ここでランチは?」
「いえ、初めてです。以前もディナーパーティーだったので」
「そう、良かった。ここはランチではイチオシなんだ」
「楽しみです!」
ドアを開けると、フワッとグリルの香りがして食欲をそそる。
「天海先生、いらっしゃいませ! あら?! こちらの方は……あ、ファビュラスの?」
「はい、ご無沙汰しております、水野オーナー。ファビュラスの三崎です。」
「まあ、私のこと覚えてくれてたのね! 嬉しいわ!」
「もちろんです!」
「よくいらしてくださいましたね! 社長さんと天海先生とお知り合いだったなんてね!」
「ええ、まあ……」
「さあ、こちらへ!」
一番奥の大きな窓際の席に案内される。
穏やかな海がキラキラと反射し、そびえ立っている吊り橋の迫力に華を添える。
窓の向きが絶妙で直射日光は入ってこない。
「三崎かれんさん、君って社長なの?」
天海は驚いたように聞いた。
「あ、まあ……その響きは苦手なんですけどね。うちは女性スタッフが多いので、ここの店主さんは名前が覚えられないって仰って……私ずっと社長さんって呼ばれてたんですよ」
「そうなんだ。あのオーナーらしいね」
かれんは天海に自分の名刺を差し出した。
「ほう、『ファビュラスJAPAN』、エグゼクティブプロデューサーね。イベントコンサルティングか。クリスマスとか、バレンタインとか?」
「ええ、まあレストランでしたらそういうディナーをメインに集客をすることもありますけど、最近はブライダルやファッションショーが多いですね。モデルや生演奏を入れたりした規模が大きいイベントが増えてきたので」
「そう、やり手なんだね」
「いえ、そんな……」
店主が勢いよくやって来た。
「社長さん! 夏にパスタフェアをやろうと思ってるの!ファビュラスさんにプロデュース、お願いできないかしら?!」
「是非、やらせてください。明日にでも担当の者から連絡入れさせますね」
「話が早いわ!よろしくお願いしますね!」
「美味しい! お昼からこんなゴージャスに食べていいのかしら」
前菜は九種類の盛合せだった。見た目も彩り豊かで、特にサーモンマリネとほうれん草のキッシュが絶品だった。
「良かった、喜んでもらえて。1人じゃなかなか入り辛くてね」
「確かに。こんなかわいいお店、お一人様じゃあちょっとね」
上機嫌に食べているかれんをしばらく見ている。
「じゃあ先生は、いつもこんな豪華なランチしてるわけじゃないんですね?」
「そりゃそうさ! よくドラマとかで見ない?当直室で一人でカップラーメン食べてるシーンとか」
「あんな感じなんですか?」
「そう、あんな感じの日も少なくないよ、今日はラッキーだったな」
「私もです!」
メインディッシュが運ばれてきた。
かれんの顔がまたパッと明るくなる。
国産豚のハニーマスタードソース、オレンジのグリルも添えてある。
「可愛い人だね」
「え? 何ですか?」
「いや、美味しいそうだなって」
「ホント、美味しそう!」
「どうしたの? じっと手元を見て」
「いや……外科医のメスさばきってどんな感じなのかなって思ったりして」
「あはは、面白いこと考えるね」
「食事の時に、こう……なにか考えちゃったり、思い浮かべちゃったりしないのかなぁ、とか? 思って」
「あはは、ないない。外科医はその辺は図太く出来てるんだ。これも美味しい豚肉にしか見えてないよ。なんせ焼いてあるしね! そうだな……生だと……どうかな……」
「やだなぁ、私の方が想像しちゃう」
「ホント、君って面白いね」
「そうですか?」
表情はくるくる変わるし、媚びないし、
疑問をもったら聞き、思ったことは正直に
話す。実に面白く、魅力的だ。
「そうだ、あれからあの彼には会った?」
「あ……藤田健斗ですか?」
「そう、藤田くんだっけ。フルネームで呼ぶくらい親しいの?」
「親しくなんかないですよ、近所だからコンビニでばったりナンテ事もあるんですけど……なんせ、よくわからない人で」
「どういうこと?」
「あの人、この前、私がプロデュースした『ワールドファッションコレクション』にいきなりモデルで出てきたんです!」
「モデル?! 確かに長身でイケメンだったけど。モデルさんだったんだ」
首を横に振る。
「それが違うんです、帝央大学の准教授なんですって、絶対に見えないでしょ!」
「ええ? それは驚きだね。関西屈指の帝大の准教授かぁ、さすがに見えないな」
かれんはイベントで初めて見たときの驚きを話した。
「みんなの前で「初めまして」、なんて言うんですよ。悪い人だと思いません?」
「ははは、彼は生真面目かと思ったらそんな面白いこともするんだね」
「面白くないですよ。真面目に見えますか?失礼なことばっかり言うし、私はいい加減な人に見えますけど」
「あの時は兄妹みたいな掛け合いだったもんね」
「掛け合いじゃなくて、口喧嘩ですよ!」
「しかし、『ワールドファッションコレクション』も君のプロデュースなんだね、さすがに僕でも知ってるイベントだよ」
「ご存知でしたか?」
「うん、うちの若いナースも行ったって話してたしね。じゃあ彼女達は藤田君を見てるかも知れないな。確か、毎年テレビローカルでも放映されてるよね」
「そうです。再来週辺りに」
「大きな仕事を抱えてるんだね。わりと天然なイメージなのに?」
「やだ! よく言われます。まあ、ファビュラスはスタッフがしっかりしてるので、それで成り立ってるのかな?!」
まるで昔からの知り合いのように、話は弾んだ。
天海は、中学の時からバスケ部に所属し、大きな連休がとれたらNBAを見にアメリカへ行くこともあると話し、かれんは日本のプロバスケリーグのイベントプロデュースの仕事でスター選手のスーパープレイを間近で見たときからファンになったと話した。
音楽の話になって、二人とも古いジャズが好きだというところでも意気投合した。
あっという間に時間が経っていた。
「ここでいいの?」
「はい、コンビニに寄ってからかえります」
「君のカレシね?」
「やめてくださいよ」
「ははは」
「今日はごちそうさまでした。色々お話出来て楽しかったです」
「こちらこそ、有意義なランチタイムを過ごせて楽しかったよ!」
「ありがとうございました」
ペコリと頭を下げて、変わりそうに点滅する信号を走って渡っていった。
「あっさりと帰られちゃったな」
微笑みながら車を出す。
「藤田くんの話が一番多かったな。彼はミステリアスだから…僕もまだまだだって事か」
運転しながら、初めて彼らに会った夜のことを思い出していた。
ハイヒールをテーピングしたり
したっけな、我ながらなかなか
馬鹿げているな。
笑いが込み上げる。
あんなに気持ちが上がったのも久しぶりだと思っていた。
そして今日、偶然にも彼女に会えて、共に時間をすごし、華やぐ気持ちも感じている。
本当はあの日カルテをみていたから、名前だけじゃなく連絡先も住んでいる所も知っていた。
でも、ちゃんと本人から聞くことができて良かったと思った。
「今度、あの日に貸して下さったハンカチ、お返ししますね!」
彼女の笑顔が目の奥に残っている。
病院の駐車場に着く。
一本電話を入れてから仕事につこうと思った。
左手には彼女の名刺を持っている。
その左端のマークは大手「東雲コーポレーション」の社章だ。
東雲の系列会社なら、しっかりした会社だろう。オフィスも自社ビル内にある。
そこの社長なら……文句の付け所はないはずだ。
「もしもし、母さん。申し訳ないんだけどさ、例の見合いの話、断ってもらっていいかな。うん。ごめんね。なぜって?……まあ……そうなんだ。そんな感じだよ。時期が来たら会わせるから。じゃあ」
スッキリした面持ちで、エレベーターに乗り込んだ。
「ちょっと本気を出してみるか!」
第7話 Dr.天海宗一郎 ー終ー
→第8話 夜桜に誘われて
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