第49話 役者だねぇ
「あんた役者だねぇ」
そういうと母親は彼の顔を驚くように見ていた。
彼は父親に司法試験に挑戦していることを黙っていた。
そのためにせっかく就職した商社を辞めていたのだ。
そのことを隠して2年になる。
母親には、辞める前から相談していた。
両親と同居してるのに、会社を辞めたことを悟られないようにすることは不可能だと母親は思っていたので、いずれ父親の知るところになり、大惨事になることは覚悟していたようだった。
「上手いだろ、俺の演技。毎日スーツを着て家を出て図書館に行くのは別に大丈夫だったけど、早く家に帰れないのは不自由だったね。でもたまに父さんが付き合いで遅くなるときは母さんからメールが来て早く帰れるのはうれしかった」
「お父さんはあんまり口数が多いほうじゃなかったけど、たまにあんたの会社のこと聞かれたのには大変だったわよ」
「よく分かんないって言ったんだろ」
「そうよ、それで済む人だったから良かったわよ」
「でも、父さんは気づいてたんじゃないかな。」
「そうかもね、あんたの演技に付き合ってじゃないの」
来年にはたぶん受かる自信はある。根拠のある自信だった。
合格したら俺の演技は終わるけど、そのとき父さんがどんなリアクションをするのだろうと考えると少し震える思いだった。
「受かったら怒りはしないだろう」
「怒るのはむしろ私にじゃない」
そういう母親の表情には不安と期待があるような気がした。
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