耐える日々②

 桃香が配属された販売促進部はレディース部門、メンズ部門、雑貨部門、キッズ部門に分かれている。そのうち桃香が所属するのはレディース部門で、五人態勢のそのチームをチーフとして取りまとめているのが如月だった。


 レディース部門のほかの二人はメーカーや店舗の外回りおよび市場調査を担当しているから、ほとんど社内にいることはなかった。以前はデータ更新を専門に行う派遣社員がいたが、長続きしないのでいつの間にか雇い入れるのは止めている。ほかの部門よりずいぶんスタッフが少ないが、サポートに派遣社員を入れてもすぐ辞めてしまうから、結局つねに如月とセットで桃香がその他社内業務を行うことになっていた。


 如月がチーフになって五年。彼女の下について一年以上続いたのは、桃香を含む二人だけだった。前任者は桃香の入社を待つことができず、前年の年末で退職していた。彼女の前の人にいたっては三か月で辞めてしまい、派遣社員で穴埋めしていたという。その派遣社員も契約更新を見合わせる人が続出し、かなり目まぐるしく変わっていた。


 面接を担当した部長の

「ファッション業界というと華やかな世界だと思う人も多いけど、意外と根性が必要になってくるんだ。ストレスに弱い人は続かない。その辺、大丈夫かな」

という質問の意図に気づいたのは、入社してすぐだった。


「アルバイトでは接客を経験し、さまざまな人と接してきました。落ち込むことはありましたが、仕事だと割り切って乗り越え、根気よく続けることで次第に仲良くなったお客様もいらっしゃいます。たくさんの経験ができましたし、人間的にも成長できたと思います」


 そんな自己PRをして、晴れて内定をゲットした桃香だったが、正直、就職してからは人間的に後退しているような気がしてならない。


 桃香の同期はメンズ部門の川原雄大のみ。チャラチャラした調子者だったが、桃香に関わるともれなく如月がついてくると思っているらしく、入社後しばらくすると会話をする機会はどんどん減っていった。


 通販事業部は商品倉庫の近くにあったほうが便利だという考えからか、都心にある本部とは離れた場所にあり、新卒採用も別枠で行っている。如月より上の立場の本部長などは本部の役員も兼務しているから、ほとんど通販事業部に姿を現さない。あまりに目まぐるしくスタッフが入れかわるから如月になにか問題があるのは分かっていても、面倒ごとに巻き込まれたくないのか、特別なにか対策を講ずることはなかった。

 ほかの社員は出向期間を無事に終えて自分の会社に帰りたいから、如月の逆鱗に触れたくはない。かつて彼女に意見した男性もいたようだが、セクハラがどうのと本社に訴えられ、泣く泣く引き下がったのだという。


 ――といった感じで、如月のワンマンの基盤はしっかり固められていた。


******


(これでいいかな)


 如月が入れた赤字通り修正した書類をコピーし、寸分のずれもないよう気を付けながらホチキス止めをして机の上に置いた桃香だったが、その後も不安で何度も見直したあと、フロアを出た。まだ数人残っていた社員にぼそぼそと挨拶の言葉を述べ、そそくさとエレベーターホールへと向かう。


(今日も疲れたなぁ……。何回、怒られたんだろう)


 一階へと向かうエレベーターの数字を眺めながら、如月の怒鳴り声と般若化した化粧の濃い顔を思い出し、深いため息をついた。


 エレベーターを降り、うつむいたまままっすぐ歩き始めたのだが――


「あっ、すみません!」


 どしんと誰かに勢いよくぶつかり、とっさに謝罪の言葉を口にした。同時に足元に菓子店のロゴが入っている紙袋が落ちる。


「あー……潰れちゃったな、これ。どうしてくれるんだよ」


 頭上から、低い男性の声が落ちてきた。


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