第14話 密かな診察

 綾香は啓子と共に協明私立病院 産婦人科外来の中の待合室にいた。


今日がたまたま休診日で助かったと綾香は思っていた。


今、自分が行方不明中の女子高生であることが世間に知れたら大変なことになる。


啓子が心配そうに綾香に声を掛けた。


「お腹、まだ痛む?」


綾香が腹部の痛みに気がついたのは朝食後、ベッドに横になっている時だった。


鈍い痛みだ。

少し様子をみていたが治まらなかったため、佐藤先生に診てもらうことになったのだ。


「今は少し落ちついてる。」


綾香が言うと啓子は、まだ安心できないというような顔をしているものの表情を緩めて「そう。」と言った。


それから10分程して佐藤先生がやってきた。


綾香は個室に入り鍵をかけると、スカートの下のショーツを脱いで内診台に腰掛けた。


「動きますよー。」


佐藤先生がそう言って内診台の操作をすると綾香の両足は大きく開かれた状態になった。


怖い。


数日前、生まれて初めて内診した時、痛みを感じたのだ。


「カメラ入りまーす。」


綾香は思わず体に力が入る。


「力抜いてねー。」


佐藤先生に言われた通り力を抜こうと大きく息を吸って吐き出した。


そのタイミングで綾香の下腹部にカメラが入っていく。

違和感はあるが前のような痛みはない。


「カメラ抜きますよー。」


カメラが下腹部から離れると、綾香は思わず大きくため息をついた。


「異常は見られないわ。本当に良かった。」


カーテン越しに佐藤先生の安堵した声が聞こえる。


綾香は身支度を整えると個室を出て往診室をノックした。

佐藤先生の「どうぞー。」という返事を聞いてから中へ入る。


綾香が椅子に座ると、佐藤先生は言った。


「今日のところは特に問題ないわ。胎児の心音も確認できる。

ただ、安定期に入るまでは油断しちゃだめよ。今回は大丈夫でも次はわからないの。

少しでも変だと思ったら過信せず今日のようにすぐ言ってちょうだい。大袈裟なんてことは決してないから。」


綾香は胸を撫で下ろした。


「わかりました。すぐに言います。」


綾香は思いきって聞いてみた。


「ケイゴはなんで、、、いなくなっちゃったんでしょう、、、。私が妊娠したからでしょうか?」


綾香は俯いた。

なぜ、彼は私の元を去ったのか。

きっと重かったのだろう。

父親になる覚悟が彼には持てなかったのかもしれない。


綾香の胸に悲しみが押し寄せる。


佐藤先生は静かに諭すように言った。


「それは彼にしかわからないことよ。

ねえ、いい?

今はお腹の子供を無事に産むことだけを考えましょう。今、あなたのお腹の中の子供を守れるのは母親であるあなたしかいないのよ。

変にプレッシャーを感じる必要はないわ。

でもね、他のことに気をとられないで。

それが、あなたとお腹の子供を守ることになるの。」


綾香はこぼれ落ちそうな涙を堪えて頷いた。


佐藤先生は急いで持ち場へと戻って行った。


啓子さんが優しく背中をさすってくれた。


しかし、ここでいつまでも泣いている時間はないのだ。診察が終わったら、なるべく人目につかないように病院を出なくてはいけない。


「ここから絶対に出ちゃだめよ。すぐに迎えにくるから。」


啓子さんは裏口に車を移動させるため、急いで車のある駐車場へと向かった。


綾香はベンチに腰掛けて、まだ膨らんでいないお腹に優しく手を当てた。

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