第5話 リビング

 この日、シゲルは久しぶりにリビングのソファーに腰掛けた。


僕が今、座っている一人掛けのソファーは父の定位置だった。


そこからL字型になるように置かれた3人掛けのソファーに僕と兄が座り、3人でバラエティー番組を見ていたのはどれくらい前のことだったろうか。


キッチンカウンターの方から母が食器を洗い始めると、テレビの音量を上げたくなるくらい狭い間取りだ。


それなのに、今はすごく広く感じる。

それでも、なぜか今日はリビングで過ごそうと思った。


僕はテレビをつけた。お昼のニュースだ。


“先週から行方がわからなくなっている17歳の女子高生について、警察は事故と事件の両面から捜査を行っており、有力な手がかりを求め聞き込みを続けています。

行方不明になっているのは◯◯県立◯◯高校生の2年生で、、、、、プツン。”


リモコンに触れてもいないのに電源が消えてしまったため停電になったのだろうと思った。

ブレーカーが落ちたのかもしれない。


僕は立ち上がりブレーカーのある廊下へと向かおうとして気がついた。


僕が座っているソファーの真後ろに彩がいた。


彩はまるでかくれんぼするみたいにしゃがみこんでいた。

含み笑いを浮かべている。


テレビを消したのはどうやら彩のようだ。


「驚いたか?」


彩は例の“少し意地悪そうな顔”で僕を上目遣いに見ながら言った。


「もう、なんだよー。停電かと思ったじゃないか。」


僕は不機嫌そうな口調で言ったが内心嬉しかった。


彩が表れるのを楽しみにしていたからだ。


「よし、さっそく例のものを見せてもらおう。」


彩がそう言うので僕は二階へ上がろうと廊下へ出たが、彩はリビングに留まっていた。


「2階行かないの?」


「ああ、本日はこの部屋で拝見する。

さっさと持ってきたまえ。」


そう言って彩は僕が先程まで腰掛けていたソファーにぴょこんと飛び乗り、脚をブラブラさせた。


子供みたいと言ったら怒るだろうか。


そんなことを思いながら、シゲルは塗り絵の本と、一応、色鉛筆、コピー用紙を持ってリビングに戻った。


僕は3人掛けの方のソファーに座って、サイドテーブルの上に昨日塗ったページを開いて見せた。


彩はソファーからぴょこんと床に着地すると両手を組んで、そのページをじっと見つめた。


「よし、今日もちゃんとできて偉いぞ!

お、さっそく黄色で塗ってみたか。

やる気が感じられるぞ。」


彩は満足そうに微笑んでいる。


「でもさ、これから先、広い面積を全部黄色にするわけにはいかないだろ?

一昨日みたいに赤とかを綺麗に塗る方法はないの?」


僕は率直な疑問を口にしてみた。


「うむ、そうくると思っていた。」


そう言って彩は赤の色鉛筆を手にした。


彩はコピー用紙を1枚テーブルに置くと言った。


「お前のように初心の者は、広い面積を塗る際、まず鉛筆は寝かせ気味に使うのだ。

そして、同じ筆圧で力を入れすぎないように塗るとよい。」


そう言って、彩はサラサラと白いコピー用紙に赤を塗った。

血生臭さなんて、これっぽっちも感じない、熟したリンゴみたいな赤だ。


そして急に部屋中をチェックするように歩きまわった。


「お前、この部屋、いつから掃除してないんだ?」


僕は少したじろいで言った。


「え、えーと、いつだったかな、、、。」


更に彩はキッチンの方へと歩いて行った。


「おい。」


彩は眉間にシワを寄せていた。


「シンクにカビが生えているぞ。

今日は塗り絵が終わったらキッチンを掃除するんだ。

まあ、他にもいろいろ言いたいところだが、とりあえず今日はキッチンだ。

わかったな?」


僕が頷くと、彩はテレビ横のベランダの窓を開けて「じゃあ、また明日な。」と言って、やはり雀になって飛んでいった。


僕は彩の姿が見えなくなるとベランダのソファーに腰掛けた。


テレビの液晶画面が埃をかぶっている。

確かにしばらく、ろくに掃除をしていない。


液晶画面を拭くための専用クロスがあったはずだが、どこにしまってあるのだろう。


僕はとりあえずティッシュペーパーでテレビの液晶画面を拭いた。


そういえば、、、。


先程、流れていたニュースを思い出した。


行方不明の女の子が在籍している高校は、兄の住む町からほど近い場所にある。


兄の住むA町からも、その高校に進学する者は少なくないという。



ティッシュペーパーでは液晶画面はあまりきれいにならなかった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る