第4話 回想

 さっそく僕は今日の分の塗り絵を始めた。


今日も簡単な構図だった。

擬人化したネコがシンプルなワンピースを着ている。


彩のアドバイスを思い出し、面積の大きいワンピースの部分は黄色で塗ることにした。

その間、シゲルは無心で手を動かしていた。


 シゲルは今年の春に入学した大学を2ヶ月で辞めた。どうしても環境に馴染めなかったのだ。


この生まれ育った町を離れ都会のアパートでの独り暮らしを“自由気まま”と思えたのは最初の2、3週間だった。


限られた仕送りの中で生活していくには努力と工夫が必要だった。


面倒でも自炊しなくてはならなかったし、買い物も洗濯も掃除も全て自分で行わなくてはならなかった。


そういった慣れない家事をしながら大学へ通い勉強するのは大変だった。


それでも親しい友人がいれば、なんとか頑張れたかもしれない。しかし、シゲルには友人が1人もできなかった。


学内ではいつも孤独だった。

それでも初めは、近くの別の大学に通う地元の友人と遊ぶことで寂しさを紛らわすことができた。


しかし当然のことだが、友人には友人の大学生活があり、彼らは新天地で新しい世界をどんどん広げていった。


自然な流れであるし、やむを得ないことだが、次第に同郷の友人との距離は離れていった。


そもそもシゲルは特にこれといった理由もなく大学に進学した。


気づけば、何のために勉強しているのかわからなくなっていた。


大学を辞めて実家に帰ったが、それからどうしたらよいのか、シゲルにはわからなかった。


両親はそんなシゲルをそっとしておいてくれた。


そんな中、兄が結婚した。

兄は故郷から遠く離れた都会で美容師として働いていた。

専門学校を出て大手チェーン店の美容室で働き、お客さんからの評判も良かったようだ。


そんな兄を両親は誇りに思っていた。

結婚式で美しい花嫁と幸せそうに微笑む兄を僕は妬ましく思った。


親戚たちの話が耳に飛び込んでくる。


「あの子はお兄ちゃんだけあって子供の時からしっかりしていたものね。」


「美容師としての腕も良いって聞いたわ。あの子は我慢強いし頑張り屋さんだものね。」


僕はまるで自分が無能で根性のかけらもない人間だと言われているような気持ちになった。


もちろん親戚達は、そんなつもりで言ったわけではないだろう。


けれども僕の惨めな気持ちは増幅していった。


それからというもの家では自室にこもり、両親とも顔を合わせないようにしていた。

誰にも会いたくなかった。


だから神様は僕に罰を下したのかもしれない。


両親が死んだのだ。


同窓会へ行く母を父が車で送って行く途中、ガードレールを突き破り崖下に転落したのだ。


警察は父が居眠り運転をしていた可能性があると言った。


父は僕のことで悩み、眠れない夜を過ごしていたのかもしれない。


両親が事故で亡くなる前日、父は僕の部屋のドアをノックした。

僕は「ほっといてくれ」と言った。


父はドア越しにこう言った。


「シゲル、ゆっくりでいいからな。何も焦る必要はない。」


それだけ言って父は階段を降りていった。



僕は動かしていた手を止めて泣いた。




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