第2話 色鉛筆の記憶

 さっそくシゲルは色鉛筆を探した。


確か12色のセットを1つ持っていたはずた。

押し入れの奥の衣装ケースを手前に引っ張り出した。

衣装ケースの蓋の上には、うっすらと埃がかかっていた。


中を開けると懐かしいガラクタが無造作に詰め込まれていた。


小学校の時に流行ったゲーム機、鍵盤ハーモニカ、リコーダー、裁縫セット、何かの雑誌の付録に付いていた簡素なオモチャ、チャックが壊れたリュックサック。


どれも今は使わなくなったものだ。そして今後も使われることはないだろう。


その色鉛筆は鍵盤ハーモニカの下敷きになって発見された。

当時流行っていたキャラクターのイラストがついたケースだ。よく見ると、所々に錆がついている。


この色鉛筆は幼稚園の時に父にねだって買ってもらったものだ。


今から13年も前のことだ。

僕には4歳年の離れた兄がいる。


特に兄弟仲が悪いわけではなかったが僕は1人っ子に憧れた。

自分が兄で弟か妹がいるのもいいなと思っていた。


なぜなら長男や長女は与えられる物の全てが新品なのだ。

僕には新しいものを買ってもらった記憶がほとんどない。


でも、このキャラクターの色鉛筆は新しく買ってもらったものだった。


僕は絵を書くのが好きなわけではなかった。

むしろ苦手な方だ。

だから普段は色鉛筆などなくても特に不便はなかった。


しかし色鉛筆を使う日は訪れた。

幼稚園の卒業製作で必要になったのだ。


僕は母に色鉛筆が必要なことを伝えた。

すると母は兄の部屋の押し入れをゴソゴソとやり色鉛筆を探し当てた。


僕は色鉛筆のケースの蓋を開けて悲しくなった。12色のうち、肌色がなくなっいた。

おまけに青と赤が極端に短くなっていた。


僕は母に新しい色鉛筆が欲しいと言った。

すると母は1色足りない色鉛筆のセットを凝視してから言った。


「1色ぐらいなくても大丈夫よ。どうせ何回も使わないのに新しいものを買うなんて勿体ないわ。」


僕は初めからわかっていたはずだった。

どうせ買ってもらえるわけがないのだ。


僕とお母さんのやりとりをお父さんはタバコをふかしながら聞いていた。


その日、お父さんは僕をお風呂に誘った。

普段は1人で入っていたから、お父さんと入るのは久しぶりで嬉しかった。


2人で湯船に浸かっている時、お父さんが小声で言った。


「明日、お父さんと新しい色鉛筆買いに行こう。お母さんには内緒でな。」


僕は嬉しかった。僕は思わず大きな声で「ありがとう!」と言うと、父は唇に人差し指を当てて「シーッ」と言った。


父も僕も笑っていた。

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