彩 ~どん底の僕とカラフルな彼女~
さとこは執筆中
第1話 ロープの代わりに見つけたもの
シゲルは自宅のすぐ横にある物置小屋でロープを探していた。
木製の五段の棚が壁に沿ってコの字に設置されているが、そこに収まりきらなかった段ボールや衣装ケースが棚を塞ぐように山積みになっている。
今、地震が来たら僕は死ぬかもしれない。
本望だ。
しかし大量のガラクタの下敷きになっては随分苦しんでから死ぬことになるかもしれない。
やはり首吊りが一番手っ取り早い。
全く苦しくないというわけでもないだろうが苦しむ時間はそんなに長くないはずだ。
ロープはなかなか見つからない。
「ちっ」思わず舌打ちした。
これなら買ってきた方が早いかもしれない。
探すのを諦めて物置小屋を出ようとした時、自分の右足が何かを踏んだことに気づいた。
「なんだ、これ」
それは分厚い本のようだった。
薄茶色の表紙は埃をかぶっている。
こんなの入ってきた時はなかったはずだ。
シゲルはそれを拾い上げると埃を払った。
表にも裏にもタイトルらしき文字は書かれていない。
絵も柄も入っていない。
色のくすみ方からして、かなり古いものであることは確かだ。
開いてみるとイラストが書かれていた。
黒いインクの線だけで構成されたそれは塗り絵に違いなかった。
他のページもめくってみたが全て塗り絵だった。
風景、建築物、動物、植物、人物、実に様々な
イラストが納められている。
文字は1つも見当たらなかった。
シゲルは手にしている厚みのある “ それ ”を積まれた段ボールと壁の隙間の床に挟めるように収めた。
物置小屋を出て扉を閉めた時、中からゴトゴトと物音がした。
ネズミでも居たのだろうか。
自分が中にいた時は身を潜めていたのだろうと思いながら再びドアを開けるとシゲルは心臓が止まりそうになった。
本望だなんて考える余裕はなかった。
物置小屋にいたのはネズミなんかじゃなかったのだ。
シゲルの目に飛び込んできたのは絶好にいるはずのない存在だった。
そこには小さな女の子が立っていた。
小さな女の子と言っても幼女という意味ではない。
なんと小人の女の子が立っていたのだ。
シゲルは気がつくと地面にへたりこんでいた。
動こうにも体は思うように動かせなかった。
シゲルの目線の先のその子は何かを企むような顔でニヤリと笑った。
「まあ、落ち着いて聞いてくれ。見てわかるようにワタシは全くもって怪しくも危険でもない。ワタシはキミに1つ頼みがあってやってきた。」
その子の声はアニメの中のお姫様みたいに高かった。
声だけでなく、そのビジュアルも実にお姫様ぽかった。
晴れた日の海のような色の髪の毛は艶があり、よく見ると毛先の方にかけて青紫色へとグラデーションになっていた。
顔立ちは日本人のように見える。
大きな一重まぶたにはサクラ色のアイシャドウが塗られている。
ちょこんとついた小さめの鼻は愛嬌があり、ややおちょこ口の唇は南国のフルーツのようにみずみずしく健康的な色をしていた。
体は華奢だが小さな胸の膨らみを確認することができる。
その体を包んでいるのは、とてもカラフルなドレスだった。
まるでパレットに絵の具を綺麗に敷き詰めるように出したような柄だ。
そして何故か裸足だった。
小さくてよく見えないが爪にはピンクっぽいペディキュアを施しているようだ。
身長はだいたい30センチくらいだろうか。
よく見ると、小さいというだけで自分達と変わらない人間にみえる。
言語だって日本語だし会話も成立するなら、そんなに恐れる必要はないように感じられた。
僕はドキドキしながら話しかけてみた。
「キミ、誰?どこから来たの?」
すると彼女は眉間にシワを寄せ頬を膨らませた。
“ヤバい、怒らしちゃった”と思った。
しかし彼女はフーッとため息をつき表情をもとに戻すとこう言った。
「全く、なっとらんな。人に名前を聞く時はまず自分から名乗るのが筋なのだろう、この世界じゃ。まあ、よい。こんなところで会話しているところを誰かに見られたら大変なことになる。お前、私を自分の部屋へ連れていけ。」
僕は地面からゆっくり腰を上げて彼女のいる場所まで移動した。
しかし、どうやって連れていけばよいのか。
抱き上げてもよいものだろうか。
僕がモジモジしている様子を見て彼女は少し意地悪そうな顔で言った。
「だっこしてもいいんだぞ。」
僕は赤面し耳まで真っ赤になってしまっただろう。
やはりモジモジしていると彼女はまた頬を膨らませてから言った。
「さっさとしろ!」
「はいっ!」
僕は反射的に返事をして彼女を抱き上げた。
落ちないように優しく包み込む。
そして歩きだそうとした瞬間、「おいっ!」と彼女が言った。
「忘れ物をしているぞ!さっきの塗り絵がなけりゃ話にならねんだよ!」
僕はいったん彼女を下に降ろしてから、先程隙間にねじ込んだ塗り絵を引き抜いた。
僕がモタモタしていると彼女は圧をかけるように僕を見て、やはりこう言った。
「さっさとしろ!」
僕は自分の部屋に入ると彼女を勉強机の前の椅子に座らせた。
そして塗り絵の本を丁寧に机に置いた。
僕は一息つきたくて自分のベッドに腰かけた。彼女は椅子をゆっくりとクルクル回しながら僕の部屋をまじまじと観察していた。
「あの、何か飲みますか?」
僕が尋ねると「すまんがけっこうだ。」と彼女は答えて、ストンと床に着地した。
そして机の上に置いた塗り絵の本を指差しながら言った。
「とにかく説明が先だ。お前にはこの分厚い塗り絵の全てのページにチャレンジしてもらう。全部で365枚あるから1日1ページずつクリアしていけば1年で終わる。何も難しいことはない。お前、色鉛筆は所有しているか?」
僕は思わず講義した。
「ちょっと待ってよ。そんなの僕には無理だって。第一何の為に塗り絵なんてしなくちゃいけないんだよ。もっと他に得意な奴いっぱいいるだろ?」
彼女はとても真剣な顔つきで言った。
「お前でなくてはならないんだ。お前にこれを塗らせるのがワタシの仕事なのだよ。お前が塗ってくれないとなるとワタシはとても困ったことになるのだ。どうかワタシを助けると思って引き受けてはくれないか?」
僕は本当に困ってしまった。何も言えずに黙っていると彼女が言った。
「そうだよなあ。お前にとっても何らかのメリットがなければ引き受けてはもらえんだろうなあ。ところでお前、今何か困っていることはないか?ワタシが相談に乗ってやろうではないか。」
僕は考えるまでもなく口にしていた。
「いつも頭が重くて体がだるいんだ。夜も眠れないし食欲もない。なにしていても楽しくないんだ。」
彼女はウンウンと頷いた後、こう言った。
「なるほど、それならば話は早い。お前が塗り絵を1枚クリアすると1エネルギーがお前の体にチャージされるようにする。エネルギーが貯まっていくうちに、お前の頭痛やらダルさやらも解消されていく。どうだ?悪い話じゃなかろう。」
僕は半信半疑だったが体が楽になるなら引き受けてみようと思った。
「わかった。その条件で引き受けるよ。」
こうして僕は彼女と契約を結んだ。
彼女はにっこりと微笑んだ。
素直にとても可愛らしいと思った。
すると彼女が急に僕の部屋の窓を開けて身を乗り出した。
「なにしてんだよ、危ないよ!」
彼女は顔だけこちらに向けて少し早口で言った。
「もう、あちらの世界へ戻らねばならぬ。時間がない。とにかく今日から頼んだぞ。では、また明日来る!」
彼女が話終わると同時に彼女の小さな体が更に小さくなっていき、なんと雀になって飛び立って行ったのだ。
僕は開け放たれた窓の前で呆然と飛んでいく彼女の姿を眺めていた。
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