そしてそれから

エリー.ファー

そしてそれから

 変えたくないものを変えなければいけないというジレンマの中で生きていくのが、世の常だというのならば、私がしてきた行為が何の意味も持たないということもまた事実なのだと思う。

 何もかも壊れてしまったら、逆にそれが答えのように裏返って時間を取り戻してくれるのだと思っていた。

 間違いだと。

 間違いに決まっていると知っていたのに。

 何もかも、間違いであると。

 知っていたのに。

 私は道端で自分の体が落ちているのを見ていた。それは最早人ととしての形をなしていないことは明白で、それがまた私を現実に戻し、非現実的な自分の状態をより理解させやすくした。

 明らかに私は死んでいた。

 トラックに跳ね飛ばされて、そのまま放置されたのだ。

 跳ね飛ばしたことに気が付いていないということはないだろう。間違いなく、私はひき逃げをされたのだ。

 一生だと思う。

 一生をかけて償うのだと思う。

 私が。

 何故なら、私がトラックの前にわざと飛び出して跳ね飛ばされたのだから当然そう言うことになる。

 トラックの運転手には非常に申し訳ないことをした、と思っておくことにする。運が悪かったと、そして運だけではなく相手が悪かったのだと思ってもらうことにした。

 魂だけになった今の状態で何を言う訳にもいかないので、見守ることしかできない。

 マジでめんご。

 運転手は今度、小学校に入る女の子を二人と妻を養っているようだった。

 本当に申し訳ない。

 それがあたしの最初で最後の掛けたいと思う言葉だった。

 運転手は見る見る痩せていった。別に気にする必要もないというのに、ストレスの発散のためにやっていた運動をしなくなっていく。どうやら、運動のために外に出るのが怖くなったようだった。変わらず、仕事は続けていたようだが、顔を見られないようにするために包帯を巻いたり、何かを被ったりと明らかに、その姿は異質なものとなっていた。

 元々、勤務態度はまじめそのものだったはずなのに、精神的なバランスが崩れると、遅刻が目立つようになっていった。家族と交わす言葉も少なくなり、最後は何をするわけでもなく、ただ時間を過ごす様になった。

 中での事務作業ができるような人間でもなかったのだろう。

 解雇されたようだ。

 これでは、いけないとあたしはその運転手の背後霊となって、できる限りの手を尽くすようになる。神様にもお願いして運の強い人間へと変えてもらった。

 あたしのことを気に留めながらも、運転手は何とか社会とのつながりを作って今も仕事をしている。

 あたしはそんな運転手の姿を見つめながら何となく、自分が空気に溶けていっているのを感じている。

 今、思えば。

 こんなお父さんがいたらあたしは自殺なんてしなかったのかもしれない。

 最後にあたしは、お父さんらしき人の背中に乗って、迷惑をかけてみたかっただけなのかもしれない。

 そんなことを思う。

 はた迷惑で、しかも姿が見えない。その上、どうしようもなく不幸を背負わせて、そのことを謝罪するわけでもない。

 あたしは何もかも、この運転手を不幸にするためだけの存在になった。

 そんな存在になってしまったけれど。

 でも、少しだけ成仏してもいい理由を見つけられたような気さえする。

 とりあえず、誰かを守ろうと必死に踏ん張る人間の姿は美しいし、あたしはああはなれなかった。

 やっていなかった結婚式をやろうと奥さんが笑いながら、夫である運転手の背中を叩いた。

 それが幸せの音色か。

 聞けて良かった。

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