申し子、下級ポーションに挑む


「さぁ、ユウリ。治癒液を作るわよ」


 メディンシアに戻ったあたしたち三人は、ヴァンヌ先生の研究室に集まっていた。

 シュカは作業の邪魔にならないよう、ミライヤの肩に乗っている。

 作業着として貸してもらったの、白衣よ! なんか研究者っぽくてうれしい!


「はい! よろしくお願いします!」


「治癒液は回復液と違って、いろんな効果のものがあるわ。それを個人で開発していくのも楽しいものだけれども、しばらくはアタシの研究に付き合ってもらうわね」


 ドライの薬草や香辛料やよくわからない材料が並べられた棚の前で、説明を聞く。


「作るのは緊急用治癒液の下級よ。いわゆる冒険者ギルドなんかで売っている“下級ポーション”というやつね」


 緊急用治癒液は少し特殊で、ある程度いろいろな状況を想定した作りになっているので、他の症状に特化したものに比べるとムダがあるのだとか。

 下級で治せるのは比較的軽度のケガまで。中級なら命に係わらない程度の欠損までで、上級は命にかかわるケガまで。最上級は死ぬ寸前の状態をひっくりがえす効果なのだという。


 見せてもらったのは、調合の授業で使うという教科書だった。

 それに載っている通りに、緊急用治癒液・下級を作っていく。


 基材はブルム。これは回復液と同じ。他の材料の効果を上げる働きがある。

 次にムグモ。これは入浴剤にするしかなかったヨモギそっくりな植物。いろいろ薬効があるって聞いたけど、止血と抗菌作用があるから使うとのこと。

 次に書かれたコティルも止血用らしい。

 そして、森トカゲのしっぽを極少量。魔獣の一種、森トカゲのしっぽには、生命力を高める力と損傷した組織の再生力があるのだそうだ。

 マンドラゴラも極々少量。こちらは鎮痛作用があるとか。


 で、一番重要なのが水。

 いつものようにただ[創水]で出した水ではなく、まずは“大地の恵みの水”というものを使う。

 これは水晶をふんだんに含んだ地層を流れて湧き出る水のことらしい。

 それにさらに、ガーディアンという魔物の上位種“オールドガーディアン”の魔石を漬け込んだものを使うのだそうだ。

 この水は治癒液の効き目のバランスをとり、込められる魔力の舵をとる役目をするということだった。


 最近は、大地の恵みの水も魔法ギルドで人工的に作られており、それに魔石を漬け込んだものが売られているので、入手はむずかしくないと説明された。


「――――ただね、水は見た目何が入っているかわからないから、もし魔法ギルド以外で買うなら、ちゃんと〈鑑定〉スキルか機能性能計量晶で見てから買わないとだめよ?」


「……わかりました……」


 ヴァンヌ先生の言葉にうなずいたけれども、もう理解不能でいっぱいいっぱい。

 最初の方はまだわかるの。回復薬にも使っている薬草とかだし。

 魔トカゲの森トカゲのしっぽあたりからあやしくなってきて、魔物の魔石を漬けるとか! 魔石って死んだ魔物から採れる石よね?!

 それ、飲めるの?!

 治癒液は回復液の比較にならないほど、むずかしくわけがわからないものだったわ…………。




 疑っていてもしょうがないので、材料を軽量して、ヴァンヌ先生とミライヤのアドバイスを聞きながら治癒液を作っていく。

 鍋に入れて魔力を込めながらコトコト煮込むのは、回復液といっしょだった。


「――――ユウリ。魔力の込め方があまり効率的じゃなさそうね」


「うっ……。実は、いつも『魔力入れ~入れ~』となんとなく念じながらかき混ぜてました……」


「ブッ! ちょ、ちょっとユウリ! おもしろ過ぎること言わないでください~!」


「だ、だって、魔力とかよくわからないし、魔力を入れるとかやったことなかったんだもの!」


「まったく、ミライヤ。笑っている場合じゃないわよ。どうしてそこまで教えてあげなかったの。この国に住む者としての義務でしょう?」


「えぇ~。だって、本当に異国から来たんだと思ってたんですよぅ。まさかそんな伝説の存在だなんて思わないじゃないですかぁ」


「異国から来た人が相手でも、今度からはちゃんと教えてあげてちょうだい? そしておもしろい子がいたら、教えるのよ?」


「はい! 師匠!」


『クー!』


 ミライヤが元気よく返事をしたのにシュカもつられている。

 ヴァンヌ先生ったら、なんか悪いことを教えているような気がする……。


「ユウリ、いい? 魔力は体の礎から生じる――――と言われているわ。おへその奥の方を意識してみて」


 おへその奥――――――――。

 そこを気にしてみると、なんとなくくすぐったいようなもぞっとする感じがあった。


「――――なんとなく、もぞっとします……?」


「そうそう。それをゆっくりみぞおちに動かして、利き手の肩まで動かして。ゆっくりゆっくりね、急ぐと雑になって魔力を削いでしまうから」


 ヴァンヌ先生はなかかなかむずかしいことを言う。

 おもわず急ぎそうになるのをガマンしながら、なんとなく質量を感じる温かいものをゆっくりと上げていった。


「――――肩から先も、ゆっくりゆっくり、かき混ぜている手の先へもってきて、そっと鍋の水に放ってみて」


 ホントにこんな感じでいいのかな……。この魔力のような気がしているものが気のせいな可能性もあるんだけど……。よくわからない!

 あたしはちょっとヤケになって、魔力のような気がするあたりを指先にもってきて、鍋をかきまぜるレードルへと放った。


 ドブン――――。


 何か重いものが鍋の中に放り込まれたような音がして、鍋の中の水面が揺れた。


 ――――え?! 何、今の?!?!


 びっくりして二人の方を向くと、唖然あぜんとしたミライヤと呆然ぼうぜんとしたヴァンヌ先生がいたのだった。





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