申し子、覚悟は決まらない


 次の日の朝。

 トレーニングの時間に、あたしはレオさんに「少し考えさせてください」と言った。

 一晩うだうだと考えたけど、覚悟は決まらなかった。

 正直、宮殿をいただくようなことをした自覚もないし。だって、近衛団に一か月復帰しただけだもの。


「そうか、わかった。ゆっくり考えてくれと言いたいところだが、ダンジョンの出入り口が定まるころには建て始めたいと思っている。悪いがそれまでに一旦、どうしたいか聞かせてもらえるか」


「どのくらいの時間があるんでしょうか」


「早ければ二週間くらいと言われている」


 間近だ。新年が明けてちょっとしたらというくらい。


「――――わかりました。なるべく早く、その…………がんばります」


「急かせるようで悪いな」


 顔を横に振ると、大きな手が頭をなでた。


「これからまた、メディンシアへ行くのか?」


「そういうことになるかと思います」


「気を付けて行くんだぞ。――――新年祭をユウリと過ごせることを楽しみにしているからな」


「……はい」


 手が離れていく。

 朝早くから調査現場へ向かうという大きな背中を見送った。


 ――――同じところに住みたいんです。


 そうひとこと口にすればいいだけなのに……!

 覚悟というか、思いきりというか、そう、勇気が足りないんだ。

 ゴディアーニ辺境伯から宮殿をもらう理由なんてありませんって、そんな遠回しな言い方じゃなく。

 同じ建物に住みたいから、ユウリの宮殿なんていらないって言わないとダメだよね……。

 朝から黄昏るたそがれるあたしに、木製ベンチの上で丸まっていたシュカは無邪気に顔を上げた。


『クー!(おなかすいたの!)』


「ごめんごめん。ミライヤたちも待っているよね」


 食欲に正直な神獣を抱え上げ、あたしは慌てて食堂へと向かった。



 ◇



 食堂へ入ると、ミライヤとヴァンヌ先生とアルバート補佐による“ユウリ宮殿”建築計画が着々と進んでいた。

 あ然としながらも用意されていた席に座り、運ばれてきたパンをシュカのためにちぎっていく。


「――――薬草の乾燥室がいるわね」


「師匠、ユウリの[乾燥]ですぐ終わっちゃうと思いますぅ」


「でも、乾燥して入れ物に詰めたり仕分けする部屋はいるんじゃないかしら」


「ああ、じゃぁあってもいいかもですぅ。薬草畑から近い場所で、水場も付けた方がいいですね~」


 盛り上がるヴァンヌ先生とミライヤ師弟のすぐそばで、アルバート補佐がメモをとっている。


「――――その乾燥室というのは、広さはどのくらいあればいいのでしょうか?」


「本当に乾燥に使うのであれば広すぎても管理が行き届かないので、ほどほどの大きさがよろしいかと思いますわ。補佐様」


「では水場と乾燥室と保管室とを別に作る方がいいですね」


「その通りですわね! その方が使いやすいかと思われますわ」


 …………あたしが一言もしゃべっていないというのに、どんどん宮殿の計画が進んでいくんだけど……。コワイ!

 そのうちミライヤが「ワタシの部屋は二階で~」とか言い出したわよ。ヴァンヌ先生も二階がいいって。

 え、二人とも、家あるわよね……? 薬草もりだくさんの楽しい別荘計画……?


「ああ、広い薬草畑を管理する者も必要ですね。住み込みにするならその部屋も――――」


 ――――いや、それもう、宮殿じゃなくて寮付きの会社じゃない?!

 それと同時に、あたしはひらめいた。


「――――アルバートさん! 薬草畑なんですけど、あたしのは小さいのがあればいいので、大きい畑は領で運営しませんか?」


 そう言うと、みんなこちらを向いた。


「領の運営ですか…………」


「はい。せっかくいい土地だというのなら、デライトの特産に加えたらいいのではないかなって。雇用も増えますし、領が潤ったらあたしもうれしいです。だから、あたしの宮殿とかではなくて、薬草の製造から加工までのデライト薬草園なんてどうですか?」


 あたしの言葉に、みんながため息をついた。


「……欲がなさすぎるのではないかしら……」


「素晴らしい案です。素晴らしいのですが……」


 ヴァンヌ先生とアルバート補佐がなぜか弱った顔をしている中、ミライヤが口をとがらせた。


「無欲なところがユウリのいいところだとは思いますけど~、ゴディアーニ辺境伯からのユウリへのお礼なのに、全然ユウリが得しないじゃないですかぁ。厚意を受け取らないという風に見えちゃうかもしれませんよぅ?」


 ……そうか……。そういう問題があるのね……。


「うう…………。そこは、みなさまのお知恵を拝借したく存じます……?」


 あたしがそう言うと、三人は仕方がないなというように笑い出した。


「――――そうね、そうしましょう。ユウリが願う方に進めばいいと思うわ」


「そうですねぇ。でも、ワタシの部屋はお願いしたいです~。毎週末遊びに来ますから!」


「わかりました、ユウリ様。その方向で調整してみます」


 アルバート補佐がうなずいてくれたので、安心してスープのスプーンを手に取った。

 相変わらずおいしい食事。

 新しい領主邸ができても、こんなふうにおいしいごはんをみんなと食べたい。

 それがあたしの願いだな。




 そしてアルバート補佐が言うところの調整は、速やか行われたらしい。

 次の日に届けられたゴディアーニ辺境伯からの昼餐会の招待状によって、あたしはそれを知ることになるのだった。





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