申し子、ネバネバ罠を知る


 二人を連れてメディンシア辺境伯領からデライト子爵領へ往復の[転移]をするくらいは、なんてことない。

 右手でヴァンヌ先生の腕、左手でミライヤの腕をつかみ、肩にシュカを乗せて前デライト子爵邸へ[転移]した。


「戻りました……ん?」


「あれ? 静かですね?」


「――――あらぁ……立派なおやしきねぇ……」


 エントランスに入ると、人の気配が少ない。

 レオさんが執務室で静かに書類仕事をしていても、誰かしら他に人がいて気配はあるものなんだけど。

 もう一度庭に出てメルリアード男爵領方面を見ると、調査現場に人が集っているようだった。


「シュカ、あっちにレオさんいる?」


『クー(いるの)』


 伸びあがって向こうの現場を見たシュカがしっぽをひるがえした。

 じゃぁ、あちらに跳べばいいのよ。

 また二人の腕をつかんで[転移]。


 すぐにそこは高い柵の前に着いていた。


「…………すっごいわ…………。こんな連続でぱかぱか[転移]するなんて……。光の申し子をなめていたわ…………。っていうか、ユウリ、[転移]するならすると言ってちょうだい……酔うじゃないの…………」


「ああっ! ごめんなさい!! つい、勢いで!」


「師匠、こんなので驚いていたらいけませんよ。ユウリなら、これからすぐにメディンシアに戻って、さらにワタシを王都へ送っていくくらいやりかねませんからね?」


 それは、そう。ちゃんと送って行かないとだめよ。

 それでも魔力は余るし、問題ないもの。

 うんうんと頷いていると、ヴァンヌ先生とミライヤははぁとため息をついた。


「――――ユウリ様、いらしていたのですか」


 たまたま柵の外に出てきたアルバート補佐が気付いてくれて、すぐにレオさんを呼んだ。


「ユウリ、早かったな」


 そう言ってほんのり笑うので、あたしはドキリとし、ヴァンヌ先生は布を裂くような声にならない悲鳴をあげていた。


「は、はい。あの、先生が挨拶をしたいとおっしゃるので、お連れしました」


「――――目が、目が、つぶれるわ…………。筋肉が微笑んでいるわ…………。ミライヤ、アタシが死んだら薬草畑をお願い……」


「くだらないこと言ってないで、師匠。挨拶するんじゃなかったんですか~?」


 小声でこちゃこちゃ言っているミライヤとヴァンヌ先生に、レオさんが顔を向けた。


「こんにちは。デライトへようこそ。――――あなたがミライヤ嬢の師匠の方か?」


「え、ええ! ヴァンヌ・スー・メディンシアですわ。お目にかかれて光栄です、デライト子爵」


 なんだかんだ言って結局、すごくまともな挨拶を交わしている。

 前子爵邸で待っていてというレオさんに、このあたりの薬草を見たいと言うと柵の中に入れてくれた。


「ユウリ、穴の方には近づかないようにするんだぞ。それ以外は採取も好きにしてくれていいからな」


 あとで邸で改めて挨拶をと言い残して、レオさんはまた穴の方の人群れに戻っていった。


「――――んまぁ……。ステキな筋肉……じゃなくて、いい男ねぇ~」


「女子には怖がられていましたよね、ユウリ」


「そ、そうね……」


 どうしてそうやって言外にヴァンヌ先生を女子ではないような言い方をするの!

 ほら、先生も気づいてミライヤのほっぺ本気で引っ張ってるじゃないの……。


「いひゃいいひゃい!!」


「あら、ごめんなさいね~。弟子のほっぺにネバネバ罠がくっついているのかと思って、取ってあげようと思っただけよ~。ホホホホホ」


 ――――ミライヤ、人の顔じゃなくなっているわよ…………。


「…………あ、あちらに薬草があるので行きましょうか」


 あたしは何も見なかったことにして、穴から離れた方へ歩き出した。



 ◇



 ミライヤと根こそぎ採取した場所からはちょっと離れているので、ここらはまだ薬草が茂っている。


『クー!(葉っぱいっぱいあるの!)』


「まだまだありますねぇ!」


「弟子、まだ採るんじゃないわよ? まずは魔素の計測から……」


 ヴァンヌ先生は国土事象局の人たちが使っていたような魔道具で、土、空気、葉と調べていった。


「あらぁ、たしかに濃いわね。あなたたちが前に採った場所も調べさせてちょうだい」


 柵の外に出て移動して、また計測。


「土の魔素濃度は同じくらいだし、残っていた雑草の濃度も同じくらいだったわ。ということは、ここにまた植えても同じ濃い薬草が採れる可能性が高いわね」


「えっ、このあたりを薬草畑にしたら、ずっとあの性能マシマシになる薬草が採れるということですか……?」


「そういうことになるわねぇ。不思議よねぇ……。魔脈のせいかしら」


「魔脈! そうなんです! 海系が通っていて、近くに山系もあるんです」


「そう、二つの魔脈があるあたりなのね。ダンジョンの入り口ができたことで魔素が外に出て、地中の魔素濃度が薄くなる可能性もあるけれども、しばらくは持つんじゃないかしら」


「ユウリ様、つきましてはワタシの店で扱わせていただけませんでしょうか?! 悪いようにはしません! 高値で買わせていただきますので、どうかどうか!!」


「ま、待って。あたしの一存ではどうにもできないと思うの。レオさんに聞いてみないと……」


「うちの弟子、商売に関してはしっかりしてるわ……。売れるものは見逃さないんだから。――――それにしても不思議だわ……。こんなに差がはっきりするのなら、他にもこういう魔素の濃い場所の薬草が話題になってもいいと思うんだけど……」


 ヴァンヌ先生は気がかりがあるようで考え込んでいたけれども、調査は一通り終わったので、あたしたちは前子爵邸へと戻ったのだった。





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