申し子、師匠の師匠と会う


 ミライヤに腕を掴まれ、塔の内部に連れ込まれた。

 一階の内部は広いホールになっていて、入り口付近はソファや観葉植物が置かれている。太い柱がいくつも建っているためか奥の方はよく見えなかった。

 塔の中央付近らしき柵のある場所は、吹き抜けで穴が開いていた。

 天井はガラスになっているらしく、上から弱い光が落ちている。


『クークー(大きいあなあいてるの)』


「ひぇぇぇ……」


 地下を見下ろしその後に天井を見上げたあたしは、情けない声を上げた。ミライヤは容赦なく吹き抜けに突き出している床を指さした。


「その△の印が浮遊陣なんですよぉ。こっちの▽印は下の階層へ行くものです。さぁ、乗りますよ~!」


「いやぁあぁぁぁあぁ…………」


 腕を取られて▽印の付いた二畳ほどのタイルの上へ乗せられると、タイルごとふわりと浮き上がった。そしてタイルはエスカレーターくらいのゆっくりした速度で下っていった。

 最初は固まったまま直立不動で乗っていたけど、優しい乗り心地に緊張が解かれた。これはなんというか、魔法のじゅうたんで優雅に空中散歩ってところね。

 タイルは下の階の床の近くで一旦ふわりと浮き上がってから、そっと床に降りて▼マークへと変わった。

 シュカは乗っている間しっぽをぱたぱたとさせ、『クー!(たのしいのー!)』とごきげんだった。


「――――思ったより、怖くなかった……」


「ユウリは全然驚かないですね? これ、他の場所にはないから、初めて乗った人はみんな驚くんですけど」


「あっ、それは、緊張してたから……」


「……ふーん……? じゃぁそういうことにしておきましょうか」


 なんかすごく疑いの目でみられているわよ……。

 目をそらして、あたりを見回す。

 ここが一番下の階層のようで、ここより下への穴はなかった。

 ミライヤの案内で廊下を歩き着いた場所は、地下に広がる広大な畑だった。


「うわぁ、すごい!」


「地下は冬は暖かく夏は涼しいですからね。畑にはもってこいですよ~」


 地下の有効利用は他の領でもできそうなものだけど、今まで聞いたことがない。


「地下って、他の地域ではあんまり使われてないわよね」


「そうですねぇ……。建物では地下があるところもありますけど、こんなふうに広い畑にしているところはあまりないですねぇ。たしか、結界とかが干渉しあわないように、ナントカカントカを挟まないとならない? とかなんとかだったような……?」


 あたしの調合の師匠は、調合用の素材は産地にまでこだわるくせに、魔道具とか魔法陣にはさっぱり興味がないタイプだ。どういう話なのかさっぱりわからない。

 けど、きっと魔法の町じゃないとできないような技術が使われているのだろう。


「この薬草畑の責任者がワタシの師匠なんですよぅ。そこの小部屋にこもっているはずなので、紹介しますね。――――ヴァンヌ師匠ぉ。 かわいい弟子が遊びに来ましたよ~」


 ミライヤは扉をノックもせずにバーンと開け放った。

 ――――暴君! ここにピンクツインテールの暴君がいます……!!


「待ってたわよぉ! って、ミライヤ! 誰がかわいい弟子よ! まぁったく図々しいわ。――――で、その子が異国の調合師さんね?」


 深紅のローブをまとい紺色の長い髪を揺らす大柄なマダムが、にっこりとこっちを見た。

 年齢的にはレオさんのお兄さんのペリウッド様くらいだろうか。

 なかなかセクシーでハスキーな低音ボイスですね……?


「は、はじめまして。ユウリ・フジカワと申します。あと、肩に乗っているのは白狐のシュカです」


『クー!』


「まぁ! この子たちはちゃんと挨拶ができるのに、うちの不肖の弟子ときたら……。はじめまして、ユウリ、シュカ。アタシは、ヴァンヌ・スー・メディンシア。異国の子だとわからないかもしれないから、教えておくわね。スーは教師って意味よ。メディンシアの教師ってこと。家名はもう名乗ってないから、ヴァンヌと呼んでちょうだい」


「はい。ヴァンヌ先生――でよろしいですか?」


「ええ」


「本名はヴァンですけどねぇ……」


「――――ミ ラ イ ヤ? ユウリに昔話をしてさしあげてもよろしいのよ? 毒薬を作ろうとして毒毒薬を作って、死にそうになってた話にしましょうか? それとも麻痺薬を作ろうとして、“死神の笑顔”を作った話にしましょうか?」


「……死神の笑顔……」


「全身の臓器まで麻痺させる、恐ろしい麻痺薬よ」


 心臓も麻痺って……それ、もう凶器って言うわね……?

 ミライヤ、恐ろしい子……!


「なんていうか、こう、ね? いろいろ足してすごいの作ってみたいじゃないですか。若い時の過ちってやつですぅ」


 両手を頬にあてて「恥ずかしいですぅ」みたいにしているけど、やってることとまったく合ってないです……。


「まったくもう……」


 ヴァンヌ先生も、あきれた顔をしている。

 けれどもほんのりと暖かい雰囲気のまなざしで、優しいオネエ様らしい。

 ――――こんなに素敵な人なのに、家名は名乗ってないっていうあたり事情が透けて見えるわね……。

 異世界でもオネエ――いや、トランスジェンダーには厳しいってことね……。世知辛い……。

 なんて、あたしがしんみりしていると爆弾が投げ込まれた。




「――――ところでユウリ。あなた、もしかして申し子かしら?」





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