申し子、熱く語り合う


 サンヒールの大きなガラス製品店は、ビードロー総工房長の『良品魔炉ガラス工房』の直売店だった。

 お店の人に案内してもらってグラスコーナーに来ると、大きさ種類豊富なグラスがたくさん並んでいた。

 肩に乗ったシュカが興味深そうに、グラスを覗き込んでいる。


『クークー(おさけのいっぱいあるの)』


 たしかにお酒用のグラスが豊富。ワイングラスも大きさや高さが違うのがいろいろある。

 っていうか、すぐにお酒用ってわかるうちの神獣すごいと思うの。


「この小さいグラスは、何用なんですか?」


「そちらはミード用になりますが、ワイナリーなどでワインの試飲用にお使いになっているところもありますよ」


 本来は、はちみつ酒のストレート用ってことか。

 特に何用とかにこだわらずに、使う用途に合ったちょうどいいものを使えばいいという考え方はステキ。そういう実用的で合理的なやり方好きだな。


 ただ、やっぱりどれもいつも使っているグラスと似ている。

 どうしようかな。

 あちこち見ていると、うしろから声をかけられた。


「――――ユウリ様?」


 振り向くと、短くヒゲを整えたやり手ドワーフ、ビードロー総工房長が立っていた。


「あ、ビードロー総工房長。こんにちは」


「こんにちは。お会いできてうれしいです。――――何かご入用ですか?」


「あー……ええと……」


 どうしようかと思っていたから、言いづらいな……。

 そう思ってると、お店の奥にある応接スペースの方へ案内された。

 総工房長は向かいに座って、にこやかな顔を向けた


「お買い上げいただかなくてもだいじょうぶですよ。どういったものがご入用かを聞かせていただければ、うちで新たに開発もできますし、知り合いの工房も紹介できるかもしれませんしね」


「――――では、お言葉に甘えて相談させていただきます。ワイングラスなんですけど、こうちょっと特別な日に使う感じのものがほしくて」


「あー……なるほど。そうなるとやはり手でひとつひとつ作っている工房のものの方が、特別感はあるかもしれませんね」


「そうなんですよね。ただ、お店で使うにあたって、お客様に緊張していただきたくもなくて……すごくむずかしいことを言っているとは思うんですけど」


 自分でも矛盾しているかなと思う言葉に、ビードロー総工房長は笑ったりしなかった。


「いえ、緊張させたくないというのは、すごくわかります。道具は使うためのものです。使って緊張させるようなものは、美術品に任せておけばいい。――――美術品のような道具を作っても、結局は高くて買う人も使う人もいなくなり、工房をつぶすことになりますからね」


「そうですね……。そこで値段を下げたら、削るのは職人への賃金でしょうし……人がいなくなれば、工房は存続できないですよね」


「ええ、その通りです。職人を守るのが、工房を持つ者の一番大事なことだと、私は思っているのです」


 総工房長の、工房と製品に対しての姿勢がわかる。

 工房で働く人にも消費者にも寄り添いたいという、誠実さ。


「総工房長の思いが、こちらにおいてある商品に表れていますよね。シンプルで使いやすそうなものが、ちょうどいい金額で置いてあって。働き手のことも買う人のこともよく考えてくれているんだなってわかります」


「……ありがとうございます」


「あたしも道具は使ってこそ道具だと思います。――――でも、それ以上のこともできると思うんです」


「それ以上のこと、ですか」


「はい。道具は使うだけじゃなく、気持ちを楽しくしてくれたり、なぐさめてくれるって思うんです。たとえば、自分がすごくがんばった日に、特別なごちそうを食べられなくても、とっておきのステキなグラスを出して使えばうれしい気持ちになりますし」


 そこでビードロー総工房長に『メルリアードの恵み』の説明をした。

 見た目に美しく華やかな三段プレートで、非日常の特別な日を楽しんでもらう食事処だということ。

 貴族向けのダイニングの方は、高価だけどステキな手作りのグラスで好評なこと。

 そのグラスが、もう少し気軽に来てもらえるカフェの方には高級過ぎることなど。


「――――貴族のお客様にいつもと違う時間を楽しんでいただくのに、美術品のようなグラスでちょうどいいくらいなんです。だから、そういうグラスも必要だと思うんです」


「…………」


「だけど、普通の町の人たちがいつもとは違う時間を楽しむための、少しだけ特別なグラスも欲しいんです……って、やっぱりわがままですよね」


 なんか力説してしまって恥ずかしくなって、あたしがごまかすように膝の上のシュカをなでた。


「いえ…………製造の無駄をなくして、値を下げることばかり考えていましたが……」


 総工房長はそうつぶやくと、ふと息を吐いて笑った。


「その店への愛があふれていますね。――――そんなに隅々まで気にかけてもらえるなんて、オーナーは幸せですね」


「……そ、そうでしょうか……」


「ええ。ユウリ様、少しお時間をください」


 そう言ったビードロー総工房長の目は、まっすぐで力に満ちていて。

 なんだかステキなものを作ってくれそうな、そんな期待をしてしまうような目だった。





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