申し子、非日常と気楽について考える
ヴィオレッタへの挨拶の後、あたしとフユトは『メルリアードの恵み』の警備室へ戻った。
客席を見下ろせるガラスの近くのテーブル席に、レオさんが座っている。そして、そのへんを神獣たちが走り回っていた。
真白ニワトリのセッパが、あたしたちに気付くとこちらを向いてふぁさっと羽を広げた。
……あいさつ?
「セッパがお疲れさまって」
「優しい」
『クー!!』
シュカが慌ててしっぽを盛大に振った。
「あっ……うん、シュカも優しい」
神獣にもそれぞれ個性があるわよね……。
「二人とも、おかえり。赤ワインでいいか?」
「「はい」」
レオさんが耳元の空話具を使って、何かを言っている。
そう、この空話具は、近衛団で使っていたのと同じやつなの。
お店で使ったら便利じゃないかなと思って、提案してみたわけ。
日本でもお店でインカム使ったりしてたからね。
ここ『メルリアードの恵み』は食事するスペースだけでも、現在稼働中のダイニングフロアと、元々は販売所になるはずだった場所で今後カフェになるフロアと、二つある。あと警備室と厨房とワインセラーとかの倉庫もあるし、となりの建物の販売所もあるから、連携取れているといいわよね。
すぐに、階下からポップ料理長がワインとおつまみを持ってきてくれた。赤鹿のローストもある。
「料理長、ありがとうございます。ヴィオレッタがとっても美味しかったって言ってました」
「そうですか! 綺麗なご令嬢たちに喜んでもらえるのは、至上の喜びです!」
……なんか、この間の陛下にお言葉をいただいた時より、うれしそうなんだけど。
「――――北方の紫のバラ、なまら美しかったべ……はぁ……」
夢見心地でポップ料理長が戻っていく。
だいじょうぶかな、階段で転げ落ちないでね……。
「『宵闇の調べ』もお客さんが増えるといいねー」
あたしがそう言うとフユトは苦笑した。
「貴族のお客さんが来るような店じゃない気もするけどね」
「え、でも、レオさんもペリウッド様も貴族じゃない?」
「ああ、言われてみればそうか」
「ミューゼリアは王宮の演奏会にも招かれるくらいの奏者だからな。案外おしのびで店に行っている貴族もいるんだぞ」
レオさんの言葉に、フユトが何かブツブツ言いだした。
「…………そういえば、あのミューゼリアさんと親しそうにしていた、ゴツいイケメンも貴族っぽかったな……」
「どうかした?」
「あ、いや、なんでもないよ。とにかくお店の居候としては、ちょっとでも売り上げに貢献できたらうれしいよな。家賃とか受け取ってくれないからさ」
家賃――――?
はっ! とレオさんを見ると、困ったような顔でこちらを見返した。
「――――それ以上に働いているだろう? 俺はユウリからいろいろ受け取っているぞ」
「……そう、ですか……? あたし、ちゃんと働けてますか?」
「ああ、もちろん。――――働かなくてもいいぐらいなんだがな」
「うっ……何この甘々空間……。俺、帰っていいすかね……」
あらぬ方を向くフユトに、用意しておいた箱を差し出す。
「そうそう、これ、フユトに。よかったら使って」
中身は『七色窯』のペアのワイングラス。親方の色ガラス飾りのステキなやつ。
今後も来てもらったりお世話になるだろうからね。
グラスを見たフユトはおっかなびっくりという風に、グラスを持っている。
「ありがとう~。うわ、すっごいキレイ。工芸品というか美術品って感じだな」
「まぁ、そうね。手作りの一点ものだし」
「う、こわ……。割らないように、気を付けて使うよ……」
そうか…………。
せっかく楽しくお酒を飲む時に、緊張させてしまうのも違うような気がするわよね……。
非日常を楽しんでほしくて、グラスもステキなものをと思っていたのよね。
ダイニングの方は、テーブル一つ一つに給仕係がついてワインのサーブもやってくれる、お値段ちょっとお高めで貴族用という感じ。だから、こちらは色ガラス飾りでもいいと思う。
でもカフェの方は、サーブの給仕係はつかないし、お茶やお酒と三段プレートとメニューを絞ってリーズナブルにおさえ、気軽に来てもらうのを前提にしている。
その気軽なカフェの方に、親方のワイングラスを出したら全然気軽じゃないかもしれないということに、気付いた。
デライト領はガラス製品が豊富だから、いいものがあるかもしれない。
ステキだけれど、気取らない感じの。
「――――レオさん。カフェ用にワイングラスを買ってもいいですか?」
「ああ、構わないぞ。気に入ったのがあれば、アルバートに交渉させるから言ってくれ」
「はい」
前にレオさんとサンヒールの町に行った時に、ガラス製品がずらりと並んだどこかの工房の直売店があった。あそこ大きかったし、いろいろあったからいいかも。
それにビードロー総工房長から『良品魔炉ガラス工房』の記憶石もいただいているからそちらに行ってもいい。
――――とりあえず、どっちも見に行ってみようかな。
あたしはこのティータイム(ワインだけど)の後に、さっそく訪ねてみることにした。
◇
なるほどそういうことか――――。
サンヒールの町の前に見た直売店に来てみると、看板には『良品魔炉ガラス工房』と書いてあった。
ここ、ビードロー総工房長のお店だったのね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。