申し子、ヒゲについて考える


 ヘルプの衛士としての最後の休日。

 あたしは前領主邸の倉庫で、ガラス製品を棚へ片付けていた。シュカは部屋の隅の方で丸まって寝ている。

 レオさんは本日は執務室で書類と格闘中。温泉騒ぎで書類が山となっているらしい。現地にはテリオス調査員が行っている。


 さっき『七色窯』へ行って受け取ってきたところなんだけど、今回も素敵なものばかり。ビンが三本とワイングラスが五ペアあった。


 一ペアをロックデール団長に譲るから別にしておかないと。

 ――――自分で使う用なのかな……?

 色ガラス飾りのグラスは、どちらかというと女の人に好まれそうなデザインだけど……。女性へのプレゼント用だったりする……?

 ヴィオレッタの「イヤ――――!!!!」って悲鳴が聞こえそう。


 んー、でもプレゼント用だと思ってかわいらしいのを贈って、ロックデール団長が使ったら悪いから、団長に合わせて選んでおこうか。

 ロックデール団長は重い赤ワインが好きだから――――あ、さっき受け取ったものに、ひとつだけシンプルなデザインのがあったっけ。


 箱から出してもう一度眺めてみた。グラスの縁と脚に金色のラインが入り、脚と下のプレートの境目部分に小さい赤いガラスの花が咲いている。

 これ、いいんじゃないかな。

 絶対に赤ワインが合う。かわいすぎないし、金ラインが華やかでロックデール団長にも合いそう。これにしよう。

 他のグラスも開いて確認していると、開けっ放しにしていた扉からアルバート補佐が顔を覗かせた。


「ユウリ様、ワインボトルの試作品が届きましたが、確認されますか?」


「あっ、はい! 行きます!」


 食事処で出す予定のハーフボトルの試作品が来たらしい。

 普通の大きさのボトルなら農業ギルドや細工ギルドで買えるんだけど、ハーフボトルは今まで扱いがなく、新しく作ることになったのだ。

 細工ギルドでワインボトルを扱っている工房を紹介してもらい、試作品を作ってもらっているところだと聞いていた。

 たしかに日本の酒屋でもフルボトルに比べるとハーフの数は少なかった。コスパあんまりよくないしね。でも『映え』っていう付加価値があれば、ちょっと高くなっても売れると思うの。


 寝ながらきゅるきゅる言っているシュカを抱えて玄関ホールまで行くと、広いホールの端の方に用意された応接セットにレオさんがいる。

 そしてワインボトルを挟んだ向かいには小柄な男の人が座っていた。

 スーツ姿で短いヒゲは整えてあり、一目見て社長とか上の方の人だとわかる。(こっちの会社に社長職があるかはわからないけど)

 スーツ越しにも肩のあたりがムキッとしているように見えるから、職人でもあるのかもしれない。


 挨拶をすると、その男性は『良品魔炉ガラス工房』の総工房長ビードロー・バンナと名乗った。総工房長っていうことは、大きな工房なのだろうな。それにしても社名がこっちではなかなかない直接的な名前よ。


 ボトルを見せてもらうと、澱が多いワイン用のいかり肩の形のものと、なだらかな形のものと、シードルやスパークリング用のガラスが厚めのものの三種類があった。見慣れたワインボトルのまんま小さい版だ。

 お土産用に小さいボトルの三本セットでっていう話から作ることになったんだけど、お店で飲む用にもいいんじゃないかな。女の人がちょっとランチで飲むくらいなら、ハーフボトルくらいよね。


「――問題ないな。ユウリ、これでいいか?」


「はい。いいと思います」


「ああ、よかったです。ありがとうございます。ではこの型で進めさせていただきますね。色の方は試作は透明で作らせていただきましたが、同型を使えば緑でも茶でも作れますのでお申し付けください」


 笑顔を浮かべたビードロー総工房長の言葉には、北方なまりもない。


「……あの、『良品魔炉ガラス工房』ってどちらにある工房なんですか?」


「こちらのお邸からですと、すぐ近くですよ。サンヒールの町外れに工房がございます」


「サンヒールはこの間行った町だぞ」


「ああ、あの町なんですね! 全然なまりがないから、王都の方なのかと思いました」


 あたしがそう言うと、総工房長はまたニコリと笑った。


「ありがとうございます。そう言っていただけると、報われますね。ドワーフなまりをなくす苦労をした甲斐がありました」


「――――えっ、ドワーフなんですか?!」


「はい。ヒゲが短いとやはりドワーフには見えませんかね」


 短いヒゲをさすりながら、まんざらでもない様子。

 言われてみれば、その筋肉も背の低さもドワーフの特徴そのものだった。


「ヒゲは剃ってしまってもいいのですが、生えてくるのも早くて、かえってこのくらいにしている方が清潔に見えると言われました」


「整えているの素敵です」


「やはりそういうものですか。貴族の方ともお取引させていただくのに、ギルドの方からこうした方がいいと言われましてね。独立してからはずっとこれでやらせていただいているんですよ」


 えっ……。

 営業のために、ドワーフのシンボル長いヒゲを切り落としたってこと……?

 ヒゲにどんな意味があるのかわからないけど、『七色窯』の工房長は長々と立派なヒゲを生やしているし、物語のドワーフもみんな長くしていた。大事なものなんじゃないの?


「あ、あの、あたしはドワーフの方の長いヒゲも素敵だと思いますよ! 短くなくても問題ないです! こちらに来る時はヒゲは長くてもだいじょうぶですから!」


「そうだな。うちに出入りする時は気にしなくていいぞ。それに他の職人に来てもらってもだいじょうぶだ」


 レオさんとあたしの言葉を受けて、総工房長はちょっとだけ苦笑いになった。


「……新しい領主様ご夫妻は柔軟な考え方をお持ちなんですね。ありがとうございます」


 ご夫妻ではないけれども……。という言葉を出し損ねる。

 ああ、きっと何を言われてもこれでいくんだろうな。そうわかってしまう信念を持った目だった。

 信念のあり方はそれぞれだ。それを貫く姿勢はかっこいいと思った。


 工房は新しい技術も取り入れているので、よかったら見学にいらしてください。そんな言葉を残して、『良品魔炉ガラス工房』ビードロー総工房長は帰っていった。


「ドワーフらしくない方でしたね」


「頑固そうなところはドワーフらしいと思ったがな」


 レオさんはそう言ってから、ぼそりと小さくつぶやいた。


「――――俺もヒゲを伸ばそうか……」


「えっ?! ヤダ!」


 あっ、つい、反射的に答えちゃったんだけど!

 びっくりした顔のレオさんが見下ろしている。


「あっ、あの、レオさんが伸ばしたいなら止めないですけど、でも、その、隠さない方がいいなっていうか、顔が見えていた方が……」


あわあわと慌てて、思ったことが言い訳のように口から出ていた。


「そ、そうか――――その、敬語はなくていいんだぞ」


「善処します……」


 恥ずかしくなって下を向くと、寝ぼけたシュカが腕の中でくぁーっとあくびをしたのだった。






 * * *




 なんとも言えない空気の中、二人の背後で自らの存在感を殺している領主補佐がいた。


 ――――ええ、おりました。ずっと。


「――――俺もヒゲを伸ばそうか……」


 などと我が主が言い出した時は「ふがぁっ?!」と変な声を出しそうでしたよ。

 ユウリ様が「整えているの素敵です」とか言ったからですよね。単純すぎませんか。

 しかも、そこでユウリ様は、


「あっ、あの、レオさんが伸ばしたいなら止めないですけど、でも、その、隠さない方がいいなっていうか、顔が見えていた方が……」


 なんておっしゃるから、レオナルド様は口元を手で覆って横を向いてしまいましたよ。

 そのままのあなたがいいということですよね? 顔を覆うことなく全部見たいってことですよね?!


 ――――獅子殺し――――。


 恐ろしい。なんて恐ろしいご令嬢なのでしょう。あの恐ろしい大男と言われていた北方の若獅子が、うれしさを隠しきれない犬のようです…………。



 アルバートは、すごい勢いで振られる幻のしっぽを見たような気がした。

 おのれの主のそんな姿に白目になりつつも、必死で空気になりきる有能な領主補佐なのであった。





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