申し子、調査に行く 1


 ――――ど、どうすればいいのっ?!

 こんばんは? おじゃまします?! えええええ?! 貴族の社交とかわからないんですけどっ?!

 心の準備のできていないあたしより先に、シュカがピョーンと飛び出していった。


『クー!』


「ああ、シュカ。戻ったのか。ユウリもおかえり」


「た、ただいま戻りました……」


 こちらを見たレオさんが声をかけてくれたので、ほっとして応接セットのところへ行く。

 ローテーブルを囲んで男の人が三人ソファへ掛けていた。

 あれ、一人見たことある人もいる。茶色の髪を撫でつけた眼鏡のお兄さん。


「――――王城の文官の方……ですよね?」


「あ、そうそう! 衛士のお嬢さんだよね? 長官のお気に入りの!」


 長官のお気に入りかどうかは知らないけど、衛士の人です。


「制服じゃないとずいぶん雰囲気変わるね。どっちもお美しい」


「えっ……あの……」


「そうだな」


 って、なんなの?! これが社交なの? 社交辞令の社交ってこと?

 っていうか、レオさん! どさくさに紛れて「そうだな」って! そうだなって!! 何言ってるんですか! 顔が熱くなるんですけど……!


 さりげなく促されて我が領主様のとなりに座り、話に入った。

 他のお二人は国土事象局の現地調査部の方たちなのだそうだ。

 ベテランさんっぽい銀髪のおじ様と、金髪に眠そうな目をした若いお兄さん。

 顔見知りの人がいたから、そこからはあんまり緊張しないで話ができた。軽く紹介したりされたり。みなさんあんまり貴族って感じじゃない。現場の人という感じで、なんとなく衛士のみんなに似た雰囲気だ。


 今日は、下調べで魔獣や魔物の様子を見に行ったのだそうだ。街道沿いの魔獣を何体か狩って来たとか。だから明日はそんなに危なくはないだろうと言われた。

 現地調査部の人たちもあたしが衛士って聞いたせいか、気軽に話かけてくれる。シュカも可愛がってもらっているし、明日の調査は同行させてもらっても心配ないかなとほっとした。





 次の日はキレイな青空が広がっていた。

 動きやすい服装ってことでパンツスタイルの乗馬服なんだけど、馬に乗れないのにこんなちゃんとした服を用意してもらって、なんか申し訳ない。

 調査へは四人乗りの馬車二台で向かうらしい。一台には国土事象局の人たち、もう一台にはレオさんとアルバート補佐とあたしが乗る。

 馬車に乗るのは久しぶりだった。


「うれしそうだな」


 向かいでほんのり目尻を下げるレオさんの膝の上にはシュカがいる。


「はい。車窓の景色が流れていくのが好きで」


「そうか。そういえば街へ行った時も、熱心に窓を覗いていたな」


 子どもっぽいかなとは思うんだけど、外を見るのは止められないのよね。

 デライト子爵領ののどかな風景の向こうに海が見えている。

 そういえば、ここ整備された街道っぽいのに、家が全然ない。今さらながら子爵領で他の家を見てないことに気付く。ワイナリーがあるって言ってたから、どこかには家が建っているんだと思うんだけど――――。


「――――この道はどこからどこまで繋がっている道なんですか?」


「この道は『きた街道』という国の北側を通る街道だ。起点はゴディアーニ領の領都ノスチール。メルリアード領で『西街道』と分岐して、ずっと海沿いを通って東端のメディンシア辺境伯領へ通じる道なんだ」


 東へ向かう道なので、ゴディアーニ領から南東側のデライト領へ抜ける方が本当は近い。だけど山地で道を通せなかったため、一旦西側のメルリアード領へ出てから東へと向かう道になっているらしい。

 北街道は国の四つの主要街道の中で唯一王都を通らない街道なのだそうだ。そして一番距離も長い。

 最東端のメディンシア辺境伯領都で『東街道』と繋がり、東街道は山地をよけながら南西の王都へと繋がっているという話だった。


 王都からぐるりと繋がっているのね。道がずっと続いているってなんかロマンを感じる。[転移]でさっと移動してしまえばいいと思っちゃうけど、魔法スキルが低い人たちは多いって聞くし馬車や馬や徒歩の人たちには生活に密着したものなのよね。


「……馬に、乗れるようになりたいな……」


 思わず口からこぼれた言葉に、レオさんはうなづいた。


「ああ。きっと乗れるようになる。小さい馬を厩舎に用意してあるからな。時間がある時に見てみるといい」


 そういえば、男爵領に練習しに来ていいって言われていたっけ。

 ちゃんと覚えててくれてうれしい。

 あちらには行けなかったけど、ここでならすぐだしがんばってみるわ。


 そうこうしているうちに、目的の場所へ着いた。前領主邸からそんなに遠くはない、街道からは少しそれた場所で馬車から降りた。

 一足先に着いた国土事象局の人たちは何か道具の準備をしている。

 シャベルみたいなものを持ってたり、機能性能計量晶に似た銀の箱を肩から斜めにかけて、手には誘導棒みたいなものを持ってたり。


 眠そうな目の金髪の若いお兄さん、テリオス調査員がこっちを見てふわーっと笑った。


「気になりますかー?」


 なんというか、イケメンの寝起き感……。


「はい。その道具は何をされるものなんですか?」


「これは、魔素の濃度を測るものなんですよ~。機能性能計量晶を改良したものです。これでだいたいの魔脈の流れとか、ダンジョンの出来具合を調べる感じですね~」


 ダンジョンの出来具合って! 今まさに作られているライブ感に、心が騒ぐわね。

 レオさんは魔道具を見て感心している。


「魔道具の進化はすごいものだな。俺が子どものころは鳥を使っていたものだが」


「そうですそうです、昔は魔小夜鳥まさよちょうっていう魔素に敏感な魔獣をかごに入れて、その反応で魔素の濃度を予測したらしいですよ」


 似たような話を聞いたことがあるような気がする。カナリヤだっけ……。


「なんでも、毛がぶわっとなるらしいですよ~。ぶわっと」


 ぶわっと……?

 ふと肩を見ると、シュカの毛がぶわっとなっていた。


 ?!


 テリオス調査員もシュカを見て、眠そうだった目を見開いた。


(「――――シュカ?」)


(『魔の気……。このへん強いの』)


 魔の気?

 時々吹いてくる海風が涼しいくらいで、魔も気もよくわからない。でも、神獣にはわかるってことか。


(「何か危なかったりする?」)


(『まだだいじょうぶなの……』)


 まだとか怖いな……。

 ちらっとレオさんの方を見ると、さすが獅子様ほとんど表情を変えずに目配せをした。


「あの……ユウリ嬢? シュカ……シュカ様なんかぶわっとなってませんか……?」


「……き、気のせいじゃないですか……? うちの狐は魔獣じゃないですし……」


「そうですか……? 昨日触った時より、ぶわっとしている気がするんですけどねぇ……」


 うーんと首をかしげながら、テリオス調査員は仕事へと戻っていった。

 あたしはレオさんの袖を引いて、小声で告げた。


「……このあたりは魔の気が強いって、シュカが……」


 レオさんは目を見開いてあたしとシュカを交互に見た。


「――――シュカは……小さくても話ができるのか?」


 うなずくと、そうかと小さい声が答えた。


「それは他の人に知られないようにしないとな……。それで、どこが強いというのもわかるのか?」


『クー(わかるの)』


「わかるみたいです」


「では、今日は危険な時だけ教えてほしい。――――詳しい調査は、今度二人でもう一度来よう」


「はい」


 少し離れた場所で国土事象局の人たちが作業を始めた。少しずつ場所を移動しながら調べるらしい。根気がいる大変な仕事よね。

 シュカならすぐわかるみたいなのにと思うと、黙っているのが申し訳ない気持ちになったわ……。






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