申し子、そわそわとした一日


 今日から三日ほど国土事象局の人たちが調査に来るということで、前領主邸は朝から準備で大騒ぎだった。


「……こんな時にお手伝いもできず、仕事に行かないとならないのが申し訳ないんですが……」


 今日はあいにく仕事で登城しないとならないのよ。

 せめて朝食は自分でと思って、今朝はリビングの奥のミニキッチンでレオさんと(そのひざに乗るシュカと)向かいあっているところ。


 このキッチンはミニとはいうものの、ひととおりちゃんと揃っている。小さめのダイニングテーブルもあるから、二人で食べるならちょうどいい大きさだった。いつもは調合液を作るのに使っているんだけどね。


 レオさんはいつもよりご機嫌な感じで、鶏肉がごろりと乗ったスープを飲んでいる。

 これは皮目からじっくり焼いてカリッとさせた鶏のもも肉を使ったおかずスープ。

 出た鶏の脂と大きめ角切り野菜でスープを作って、最後に鶏肉をスープボウルに入れるから、ジューシーなお肉のままなのよ。ニンジンとかジャガイモとか根菜が多くて秋冬っぽい感じ。

 朝の訓練で体が温まったとはいえ外はちょっと寒いくらいだったから、スープを飲むとほっとする。


「ああ、気にするな。実家からも手伝いが来るし、次兄も来ると言っていた。ユウリも本当ならこっちにいたいだろうが、すまないな」


 逆に謝られてしまった……。

 でも明日はあたしも休みで同行させてもらえるから、いいの。


「ああ、片付けはやっておくぞ。支度で忙しいだろう? シュカもまだ食べているしな」


『クー(おいもおいしいの)』


「えっ?! でも……」


 領主様に片付けなんてやらせていいもの?!

 レオさんはキリリと整った顔に、苦笑を浮かべた。


「宿舎暮らし歴は長いからな? そのくらいは普通にできる。美味い朝食のお礼にそのくらいはやらせてくれないか」


「助かります……あの、ありがとうございます」


 スマートに助けてくれたりと、レオさんステキが過ぎるわよね……。

 あたしはお言葉に甘えて、支度をしに上階へと向かったのだった。




 午前中はいつも通りに忙しく働き。昼休みは、定位置になっている外の休憩所でランチ。

 今日は料理長お手製のパンと魚介のマリネのサラダ。コショウが効いてて大変美味しい。料理長、もうすっかりコショウマスターよ。


「――――あぁあ、本当なら今ごろ子爵領で楽しくスローライフしていたはずだったのに。今日だっていっしょに調査に行けたのになぁ」


 フォークでタマネギをすくってそんなことをぼやくと、目の前の上司はわざとらしく耳をふさいだ。


「なんにも聞こえませーん。なぁ、狐? なんにも聞こえないよなー?」


『クークゥ(聞こえるの。マクしゃんお耳悪いの)』


 ほら、シュカだってマクディ隊長が悪いって言ってるわよ。

 っていうか、なんで当然のようにシュカを抱っこしてあたしのお弁当を食べてるのかしら。


「オムレツウマー。ケチャップサイコー!」


『クーククー!(ユウリのふわふわたまごが一番なの!)』


 料理をほめられるのはうれしいからいいんだけど。なんか解せぬ。

 この場所がすっかり定位置になってるものだから、あたしに用がある人はお昼過ぎにここへ来るのよ。

 昨日はルーパリニーニャが来てた。夜番とはなかなか会えないからうれしかったわ。

 でもいつもは主にマクディ隊長が来るわね。なんだかんだいいながら、あたしのおべんとうを食べて行くのよ。


「――――ユウリがいなくなったら朝八番が空いちゃうんだよなぁ。困った困った」


「…………いい考えがあります。隊長が八番兼任すればいいんです。朝の青虎棟側がどんなに忙しくても、マクディ隊長なら問題ないですよね? 空話具あるし、立哨しながら報告聞けばいいし」


「立哨してたら報告書いつ書けばいいの?!」


「昼休みに」


「鬼! ここに鬼がいる!!」


 フフフ。このくらいのいじわるは言ってもいいと思うのよ。


「――――でも、どうなんですか? リリーは笑顔も増えたし文官さんたちにも慣れたように見えますけど、まだダメって言ってました? あと、ヴィオレッタは?」


「ヴィオレッタには朝早いの苦手だって言われた。夜会明けは王都の別宅に泊まるから、お昼からの仕事にしてって」


 ええっ! 休みの日に夜会に出てるってこと? 近衛と社交のどっちもこなすとかさすがヴィオレッタ。そしてナチュラルに希望を通す手腕は見習いたいところだわ。


「リリーは最初から聞いてなかったなぁ。そうだな、後で聞いてみる。最近しっかりしてきたし、いいかもしれない」


 リリーとは上番する時にちょっと話をするけど、最近あんまり具合悪そうな姿は見ていない。


「無理はしてほしくないから、男性衛士を入れることも視野に入れた方がいいかもしれないですね」


「んー、そうだな。リリーがそっちに入ったら入ったで、金竜宮側の朝五番が空くもんなぁ……」


「…………いい考えがあります、隊長。隊長が朝六時に出て五番に――――」


「聞こえない! なぁんにも聞こえないから!! じゃ、ユウリ! ごちそうさま!」


 シュカをさっと椅子に降ろすと、マクディ隊長は風のように去っていった。




 午後の仕事は巡回がメインで、あと納品口金竜宮側〔納品金〕の立哨。やっと下番時刻になり、いつもよりいそいそと下城した。


『クー!(なんかにぎやか!)』


 シュカに言われるまでもなく、[転移]で戻れば外からでも賑やかなのがわかる。

 調査に来る人は三人って聞いてるけど、ゴディアーニ家のお手伝いの人が多いのかもしれない。


 ――――あれ? そういえば、領主邸は別にあるって言ってたわよね。どうしてここでおもてなししてるんだろう。っていうか、レオさんもずーっとここにいるような気がするんだけど、領主邸ってどうなってるの……?


『クークー!(ユウリ、早く帰るの!)』


「そうね。なんかお手伝いすることあるかな」


 急いで帰ったものの、料理も客室の支度もすることは全くなくて。

 マリーさんにドレスを着せられ髪をアップにされて、お客様の相手をお願いしますね。と談話室に放り込まれたのだった……。





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