申し子、魔獣に魅入られる


 ダンジョン、ダンジョン!


「ユウリ様、ご機嫌でございますね」


 帰宅して厨房に入り込んでいたあたしに、ポップ料理長がそう言った。そんなことを言われるくらいにはニマニマとしていたらしい。

 いやだって、ダンジョンできるかもって。ダンジョン行けるかも! レオさんとダンジョン!

 シュカもゴキゲンで足元でふさふさすりすりしている。

 ここにいると味見させてもらえることに気付いたらしくて、レオさんのとこやミルバートくんのところにも行かずにくっついている。


「フフフ……ご機嫌ってほどでもないですよ?」


 シュカにソーセージを一本あげる。料理長特製の豚肉と猪肉のブレンドのやつ。

 日中は近衛団の仕事につき合わせているからね、お礼。


「ご機嫌なのはいいことださー。いいアイデアが出るかもしれませんよ」


 試作の三段プレートを前に、あたしは首をひねった。

 お酒と甘味。お酒とおつまみ。

 おつまみといえば、赤鹿レッドディアー美味しかったわ。こうジューシーで香草のような香りで……。

 もしダンジョンができるなら、獲れるのかな――――……。


「――――魔獣肉。魔獣肉のおつまみとワイン! キレイな景色見ながら珍しい魔獣肉を食べる!!」


『クー! クー!! (まじゅうにく! 食べるの!!)』


「ま、待つべさ、ユウリ様! 食べに来るのは貴族のお嬢様やご婦人でございますよ?! 魔獣肉なんて出してはだめですべさ?!」


「……え、そうなの? 赤鹿、ご令嬢は食べないですか?」


「赤鹿はぎりぎり食べなくはないですかね。一角兎ホーンラビットもだいぶ知られて食べられております。が、そこまでです。いくら美味しくても巨大蛇ジャイアントスネークなぞは絶対に出してはだめでございますべよ!」


「……巨大蛇ジャイアントスネーク……美味しいんだ……?」


 ポップさんはさっと目をそらした。


「あ、脂身はほんのりと甘く、身はぷりっと……」


「脂身はほんのり甘く身はぷりっと」


『クークークーククック』


 マジか。

 料理長をもそう言わす魅惑の魔獣肉…………。うわぁ食べたい!!


「とにかく、あの美しいお店で美しい女性たちに出すには適しませんべさよ。もっと品のある料理を……」


「品よく盛りつけたらいいんじゃない? 花びらみたいに巨大蛇の身を」


「だめだべよーー! 魔獣から離れるべさ!!」


 どうしてもダメらしい。残念……。






「そういうわけで、今日の試作品は普通の肉と普通の魚なんです」


「どういうわけかはわからないが、普通の肉と魚で構わないぞ?」


 相変わらず大きな食堂に二人と一匹だけ座っている。

 試作会も兼ねてるから、アルバート補佐もポップ料理長もメモ片手に控えているのよ。もういっそのこと円卓にでもしてみんなで食べながら会議にでもすればいいわよね。


 今回は白ワイン用で三段プレートを仕立ててある。

 一番下の段はサラダのカップと、薄くスライスしたパンの上にノスサーモンの切り身をバラの花のように乗せたオープンサンド。サーモンはマリネにしてありアクセントにマヨネーズをちょんちょんと乗せ、パンは湿っぽくならないようにバターを厚めに塗ってある。

 白ワインビネガーを使ったマリネ液はコショウ入りで、お酒がすすむ味のはず。

 ポップさんも初めは「コショウって何ですか。調合液の材料?! そったらもん美味しいんだべか?!」って感じだったんだけど、使い始めたらすっかりハマっているもよう。

 二段目の料理長自家製ソーセージにもコショウがふんだんに使われていた。

 同じ段にはあとオープンオムレツが乗っている。

 一番上にはデザートで、飾り切りされたスコウグオレンジと焼き菓子。

 なかなか女性向けになったのではないかと思う。


「見た目が色とりどりでかわいらしいな」


 レオさんがそう言ってほめてくれた。

 それはまぁ、ステーキよりはカラフルよね……。


「味もいい……。ノスサーモンを加熱せずに食べるのは初めてだ」


 上品にナイフとフォークで切り分けたオープンサンドを、味わっている。


「ちゃんと魔法で処理して安全にしてるので、生でもだいじょうぶだと思います」


「生臭いのかと思っていたが――――サーモンの味がよくわかるな。美味い」


 ポップさんが横でうんうんとうなずいた。


「私も最初は驚きましたが、とろりとして美味なものでございますね」


 日本だとそろそろ秋鮭がお店に並ぶころ。このあたりのノスサーモン漁もこれから最盛期だと聞いている。

 生で食べるのもあまりいやではないみたいだし、この国の人たちの舌にも合ってよかった。


 ソーセージとオムレツも多少の課題は残ったものの、味は問題なさそうだ。

 デザートの方も何か目先が変わったものを乗せたいところだし、食べたいものはあるんだけど――――。あたし、お菓子はあまり作らなかったのよね……。スマホでダーグル先生に相談かな。


 そして今回の三段プレートのただひとつの難点は、男の人には量が少ないってことだ。レオさんはノスサーモンとパンをおかわりしていた。

 メインターゲットは女性だけど、付き添いで来る男の人もいるだろうし、追加で頼める一品料理もあった方がいいかもしれない。


「レオさん、試食会をお店の方でしてみたらどうだろうって料理長と話してたんです。開店前に使ってもいいですか?」


「もちろんだ。好きに使っていいぞ」


 やっぱり実際のターゲット層に近い人たちの意見もほしいもの。

 おあつらえ向きにお茶会の約束もしているし。

 親交も深められ、美味しいものも食べられ、こちらは貴重な意見がもらえる。一石三鳥ってやつじゃない?

 いいタイミングだったなとあたしは同僚と元同僚の顔を思い浮かべ、にんまりした。





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