申し子、親睦会をする


 それは、叙爵式前のある日のこと。




「ミライヤ、こんにちは。合コ……親睦会の話なんだけどー」


 東門からほど近い調合屋『銀の鍋』の扉を開けざまにそう言うと、ベビーピンクの髪の店主は慌てた。


「あっ、ユウリ、ちょっ待っ……」


「――――親睦会ですか?」


 棚の向こうから顔を出したのは、ペリウッド様。レオナルド団長のお兄様こと、ゴディアーニ辺境伯次男様ではないですか。

 ゴディアーニ家の中で甥っ子くんたちよりも線が細く威圧感が少ないその方は、にこやかに近づいてきた。


 ……こ、これはやってしまったかしら……。


『クー!(たのしいおにいしゃん!)』


 シュカはさっとペリウッド様に抱っこされに行った。

 この間の『宵闇の調べ』ではずいぶん盛り上がってたものね……神獣たちとペリウッド様。

 四十路間近の方を「お兄さん」でいいのか考えるところだけど、おじさんと教える勇気はなかったわ……。レオさんのお兄さんだからお兄さんでもいいわよね?


「こ、こんにちは。ペリウッド様。先日はお祝いをありがとうございました」


「こちらこそお招きいただきありがとうございました。楽しい夜でしたね」


 ペリウッド様はニコニコと胸元のシュカを撫でた。

 白狐印の調合液の作り手を公開していないので口には出せないけど、いつも配達ありがとうございます!

 感謝の気持ちでいっぱいなんだけど、笑顔が引きつってしまうわよ……。


「で? 親睦会というのは?」


 うっ……。

 ミライヤの方を見ると、チベットスナギツネのような目で首を振った。


「あーっと……近衛団の方で親睦会をするので、その話を……」


「近衛団で親睦会というものをするのですか。城内で? あ、それではミライヤ嬢は行けませんよね」


「はい、城内で。ミライヤは……うちにお泊りなんです……」


「それは楽しそうですね! 城外の人が泊まれるなんて知りませんでしたよ」


 ……レオさん、言ってないんだ……。


「……許可証があれば大丈夫です……」


「そうなんですね。許可証というものがあれば、レオのところに泊ってもいいということですね」


 え?!

 いや、それはレオさんが困らない?!


「あ、あの! 宿もあるんですよ!」


 視界の端の方でミライヤがおでこを押さえたのが見えた。

 ペリウッド様がキラキラした目で見ている。

 レオナルド団長に似た顔でそんな期待の目で見られたら、誘わないわけにはいかなかった。


「…………よ、よろしければ、いらっしゃいますか…………?」


「ぜひ!」


 遠慮を一切しないスタイルですね! いさぎよいです!

 宿泊許可証を発行するには身分証明晶が必要で、本人か家族が出向くことで発行される。

 正面玄関口の受付へ行っていただくのですけどと説明をすると、ミライヤが力なく「ワタシも行くからだいじょうぶですよぉ」と笑った。


 なんでこうなったのかな……。解せぬ……。






 親睦会のメンバーはあたしとミライヤとペリウッド様の他は、エヴァとヴィオレッタ、エクレールとマクディ警備隊長とロックデール副団長という派手過ぎる顔ぶれだった。


 レオナルド団長はもちろん誘ったんだけど、ペリウッド様が気兼ねしないようにと断られてしまった。

 そしてエヴァとヴィオレッタの歓迎会も兼ねてるのに、リリーには高位貴族は無理ですと震えながら断られ、ニーニャは夜番のシフトから外せず。

 若い独身の男性衛士たちにはヴィオレッタ様と同席は無理です! と泣いて断られ。っていうか、衛士の中では敬称なしのはずなのに、ヴィオレッタ様って呼ばれてるのね……。


 そういう訳で、高位貴族であっても気にならないエクレールと、面白そうならなんでもいいマクディ隊長が参加。

 ロックデール副団長は、レオナルド団長の頼みで参加してくださるそうだ。ペリウッド様のお守り役ってこと? でもよかった。ロックデール副団長ならいろいろと安心。




こぼ亭』の広い個室を貸切にして、親睦会はマクディ隊長の挨拶で始まった。

 新人の歓迎と『銀の鍋』スタッフの親睦を深める会って、無茶過ぎる。けどテキトーにまとめて盛り上げちゃうのがマクディ隊長のすごいところよね。


 そして自己紹介的なものが新人さんには振られたりする。

 ヴィオレッタは社交界に時々出るペリウッド様と、護衛で夜会などに参加しているロックデール副団長とは面識がある。


 マクディ隊長も王城で行われる夜会などの警備で面識があるはずらしいんだけど、


「警備は置物扱いだからいちいち見ませんわ」


 だって。

 そうなのよ……。警備って風景扱いされること多いわよね……。


 エクレールは同じ王立学院に通っていたから面識があるらしい。エクレールが三歳年下ね。ちなみにヴィオレッタはあたしと同じ年だったわ。


 そしてエヴァとは何年も前にお茶会で会ったことがあると。

 言いずらそうに口をつぐんだヴィオレッタに、エヴァが軽く笑った。


「――――夫が亡くなるまでは子爵夫人だったんです」


 ……なんと、エヴァって未亡人だったんだ……。

 病弱な旦那様だったから、夜会への参加もほとんどしなかったとか。


「――――息子がまだ三歳だったものだから、跡を継げなかったんです。夫の弟が子爵を継いだので私たちが住むところがなくなってしまって。実家にも戻れず王城の下働きに就職したんですわ」


 なんと! お子さんまでいるのね!

 みんなめっちゃ同情している。マクディ隊長までしんみりしている。ペリウッド様の膝に乗っていたシュカがエヴァの膝に乗って『クー……』と鳴いた。


「エヴァ、お子さんはどうしてるの……?」


「去年まではここに住んでいたんだけど、十歳になるから領立学園の寮に入ったわ。時々帰ってきてるのよ」


 膝の上のシュカを撫でながら、優しいお母さんの顔でエヴァは笑った。

 あたしが就いていた多忙な朝八番は、今エヴァが入っている。

 警備の仕事には全く関わってなかった新人がそこに入れるのは、人生経験で得た対応力のおかげなんだろうなと思う。


「――――で、謎多きユウリの話が聞きたいわね?」


 場の雰囲気を変えるように、そう切り返された。


「えっ、あたし?」


「そうそう、ワタシも気になってました! 団長さんと遠縁とか聞きましたけど、他の国から来たんですよねぇ?」


 女子たちの視線が向けられる。

 うっ……。どうしよう……。

 ここにいる男性のみなさんはあたしが申し子だって知ってるから、全員目を反らしたわ……。


「――――あ、うん。遠い異国からね…………あら、ワイン空ですね! 追加をいただいてきます!」


 都合が悪い時は逃げるに限る!

 ワインと料理を取りに、部屋からそそくさと逃げだした




 宴もたけなわとなると、さりげなくグループに分かれていたりするわけで。

 隅の方にはペリウッド様とエヴァが語っている。年齢的に一番近いから、話しやすいのかな。

 エヴァはレオナルド団長が苦手みたいだけど、ペリウッド様くらいの大きさがっちりさなら大丈夫なのかもしれない。ロックデール副団長と同じくらいだし。


 中央ではエクレールとマクディ隊長をミライヤとヴィオレッタががっちりと挟み込んでいる。

 シュカはマクディ隊長が「ひぇっ!」となる度に胸元でギューギューされている。……うん、うちの狐は一番スリルを味わえるところを選んでるわね。

 ミライヤは念願の同年代男子のところでいいと思うんだけど、ヴィオレッタ! ロックデール副団長ノーガードだけど?!

 テーブルの下で膝を揺さぶったけど、(ムリ! ステキ過ぎて見れない! 近寄れない!)と顔をそむけたままサインを送ってくる始末。


 なので、あたしとロックデール副団長は、重い赤ワインをちびちびやりながらお料理をいただいておりましたよ。

 王城牛のワイン煮込み美味しいわ。スネ肉かな。じっくり煮込んであり、ほろっと柔らかい。これで香辛料使ってないのよ。塩とハチミツと香味野菜しか使ってないとかすごいわ。

 金竜宮では使わない部位をこっちで料理にして出してるって聞いてる。

 陛下が召し上がる牛だものね。そりゃ美味しいわよね。


「――――で、ユウリ。せっかくの機会だしな、なんか聞きたいことでもあるか? レオの昔話でも聞くか?」


 ロックデール副団長のお誘いはなかなか魅力的なんだけど。


「そうですね、聞きたい気もするんですけど、勝手に聞くのも気が引けて……。いつかレオさん本人から聞きます」


「そうか。…………レオをよろしくな」


「えっ、よろしくってその、まだ、なんにもないですよ……?」


 そう答えると、ロックデール副団長はクックッと笑った。

 レオさんの昔話より、こっちの世界の恋愛のお作法とかそういうのを聞かないとならない気がする。


 そしてエクレールが弱った顔をしながらこっちに混ざりたそうにしてたのは、気付かないふりをしたわよ。ゴメン。





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