申し子、旅立ち
「あ、ユウリ、いらっしゃいー」
扉を開けると、ミライヤの声に出迎えられた
シュカはさっさと肩から降りて、ベビーピンク髪の店主の方へ飛び跳ねていった。
「こんにちは、ミライヤ。昨夜は来てくれてありがとう」
「いえいえー。こちらこそお招きいただきありがとうなのですよ。楽しい
ミライヤはドライオレンジをシュカにあげながら、頭を下げた。
「あはは。ペリウッド様、おもしろかったわよね。っていうか、ミライヤが気にすることじゃない気もするし? というか、気にするような関係だったりするの?」
なんて、いつものお返しで聞いてみる。
あたしのニヤニヤ笑いをちっとも気にせず、ミライヤは肩をすくめた。
「誕生日会って口を滑らせたことへのお詫びですよぅ。関係というなら配達人と店主の関係ですね」
「そうなの?」
「ええ。親ほど年の離れた友人というところです」
きっぱりと言い切られる。
まぁ確かに、悪ふざけをする友人同士にしか見えないんだけど。
「なので、ユウリ。出会いの場を強く求めますっ! 我に出会いを! 若くて優しくてかっこいい男性を!」
ああっ、ミライヤが我とか言い出したわよ!
服選びのお礼のこともあるし、なんとかしないと。
「うっ、早急に対処させていただきます……」
ミライヤはシュカを撫でながら、むふふーと笑った。
「で、今日はどうしたんです? 材料ですか?」
「そうそう。ライシナモンまだ置いてる?」
「ありますよぅ。でも残り三本です」
「そうなのね。全部買ってもだいじょうぶ?」
「もちろん。大人気の白狐印黄色になるなら喜んで売ります!」
包んでもらいながら、これがなくなったらどうしようかと考える。しばらくは黄色の販売を止めるしかないかも。
「今、大量に作ってるから、すぐ使い切っちゃうかもしれないのよね」
「あ、ちょっとだけお待たせしちゃうかも。来月ライ山地に買い付けに行きますから、多分手に入ると思います。今は式典の準備でお城のお客さん多いからお店閉められないんですよ」
「それならだいじょうぶかな。助かる。やっぱりお城が忙しいとここも忙しいのね」
式典。あたしが最後に仕事をする、叙爵式のことだ。
収穫や祭りに忙しい秋本番の前に行われるのだという。やっぱりこの国は合理的ね。
ものすごく格式の高い大事な式典らしいので、今から結構緊張していたりするのよ。帰ったらまた式典の流れについておさらいしないと。
ミライヤと近々飲み会開催の約束をして、『銀の鍋』を後にした。
そしてまた調合液を作り、部屋の荷物を片付け、飲み会というか合コンなんかして大騒ぎしているうちに、叙爵式の日がやってきた。
夕方に式典でその後に晩餐会があるんだけど、開場から晩餐会が始まるまでの警備に入ることになっている。ってことで、まずはまたボディチェックのお仕事。シュカは詰所に預けてある。女性用のクロークは香水の匂いがきついしね。
舞踏会の時とは違って、落ち着いた色のドレスの人が多い。若い女性が少ないからかな。
この国は女性も爵位を持てるので、ここにいる人たちのほとんどが爵位を持った貴族の奥様か本人ということになる。
おめでたい式ということでみなさん表情が晴れやかだ。あ、ごくまれに緊張からかこわばっている人もいるけど。
入場する人がいなくなりボディチェック終了後は、
ファンファーレが鳴り響き、叙爵式が始まった。
まずは国王陛下夫妻が入場する。先導するのは近衛団正装に身を包んだロックデール副団長で、陛下のうしろに就いているのはキール護衛隊長だった。
――――そうか、レオさんは貴族だから列席してるってことね。この間の正装かっこよかったわよね……。
ほうっとしていると本日主役の爵位を授与される人たちが入場してきた。
パートナーを伴った人たちが前方の席へと進んでいく。中には一人の人もいる。
あれ? レオさん……?
遠目にもわかるあの大きな体はレオナルド団長だ。今日は黒の正装のもよう。
え? 入場してきたってことは叙爵されるってこと――――?
爵位が読み上げられ、一人一人前へ出て陛下から何かを受け取っている。
「デライト子爵――――レオナルド・ゴディアーニ様」
デライト子爵――――――――……。
誕生日の時の言葉がよみがえった。
『そうか。――――では、いっしょにデライト領へ行かないか?』
デライト領って!! デライト子爵領?!
まさか、いっしょにデライト領へって――――――――?!
ここでいろんなことが繋がった。
エクレールが副団長候補に出世したこと。ロックデール副団長が、ここ最近ずっと昼間の団長ポストに就いていたこと。メルリアード男爵領に移住する話をした時に、調整中だと言われたこと。
――――レオナルド団長は退団して、デライト子爵になるんだ――――。
デライト領に誘われたあの時。「行きますー! 楽しみー!」とかるーく答えたあたしを、レオナルド団長が困ったような顔で見たことを鮮明に思い出した。
ああああああああ!!!!
あの言葉は、もしかして『いっしょにデライト領に住まないか?』ってことでは――――――――?!
呆然とするあたしの視線の先には、貴族の装いで陛下の元へ進むレオナルド元近衛団団長の姿があったのだった。
その後、どうやって戻ってきたのか覚えていない。シュカもちゃんと連れ帰ってるのが不思議なんだけど。
あわあわしたりぽーっとしたり寝れないかもと思ったけど、いつの間にか寝ていて、朝だった。
しばらくしたらレオさんが迎えに来る。
部屋はもう全部片づけてあって、いつでも出ていける状態になっている。
どうしよう、謝るべき……? 勘違いしててあんなかるーく答えてしまいましたって?
でも、答え自体は変わらないじゃない。
デライト領はすごく興味あるし、レオさんといっしょにっていうのも、その、やぶさかではないし……。
でもホントにそういう意味だったのかは、自信がなくなってくる。
とりあえず、お茶を一杯飲んで落ち着こう。
「シュカー、レオさんのとこ行く? デライト領に住む?」
『クー! クークー?(うん! レオしゃんといっしょにすむんでしょ?)』
そうか……。シュカもそういう意味だと思っていたんだ……。
恥ずかしい。気付かなかった自分がとても恥ずかしいわよ。
や、でも、移住先にデライト領を勧めてくれてるだけかも…………。
リン。
玄関のベルが鳴る。ビクッと心臓が跳ねた。
扉の先に見える姿にドキドキしながらもゆっくり扉を開けた。
「おはよう、ユウリ」
開けたはいいけど、その笑顔直視できないわよ……。
「おはようございます……」
レオさんはいっしょに出てきたシュカをひょいと抱き上げた。
「もう出られるのか?」
「……あっ、今お茶を飲んでて……。片付けたら行けます」
「そうか。焦らなくていいぞ」
中に入ってもらうとレオさんは部屋を見回した。
元々さほど荷物のない部屋だったけど、今は全くない状態だった。
「――――あ、レオさん、デライト子爵になられたんですよね。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。隠していたわけではないんだが、式で発表されるまで言ってはいけないことになっていてな」
レオさんは困った顔でそう言った。
メルリアード男爵領がどうなるのか聞くと、しばらくはどちらの領も治めるらしい。
実はデライト領、メルリアード領のとなりなんですって。北にゴディアーニ領があり、その南西にメルリアード、南東にデライト領という位置関係。血筋が絶えて領主不在のデライト子爵領を頼めないかと、前から打診されていたとか。
「――――あの、レオさん、すみません……」
そう切り出すと、レオさんは固まった。
「いえ、違うんです! 違わないけど、違うというか、その、事情も知らずに軽く『行きます!』とか言ってしまって」
「……いや、それは構わない。とりあえず来てくれるならそれでいいんだ」
「そう、なんですか?」
ちょっと遊びに行くって感じでよかったのかな?
「ああ。来てくれたら、ユウリがずっといたくなるように努力するからな。ユウリが楽しいように、喜んでくれるように、住んでいたくなる努力を続けていけばいいだけのことだ。だからユウリは――――気軽に来てくれ」
――――いや! 全然気軽にじゃないじゃない!!
目の前の深い青の瞳がじっと見つめている。
レオさんの根の部分に初めて触れたような気がした。
無償の愛とも言えるようなものを差し出されて、あたしは泣きそうになる。
受け取るだけじゃなく、あたしからも返せることがあるかな。
「――――努力なんてしなくても、ずっと住みますよ?」
「――――そうか」
初めて会った時から変わらない、いやそれよりももっと優しい笑顔だった。
そしてレオさんは片手にシュカを抱き、片手にあたしの手を繋ぐ。
レオさんの気持ちを知ったからなのか、自分の気持ちを言ったからか、こうして歩くのがそんなに抵抗なくなっていた。不思議。
宿舎を後にして、城裏を行く。短い間だったけど、いろいろあったな。たくさんの人に会ったし、異世界の不思議職業にも携われた。
最初は槍で脅されてどうなることかと思ったけど、このレイザンブール城に落ちてきてよかった。
宿舎棟の終わりにあるのが『
通路の両脇には大勢の人たちが並んでいる。歩みを進めると、白い花びらが次々と頭上から降りかけられた。
「「「団長!! お疲れさまでしたー!!」」」
近衛団の衛士たちが寄って来て声をかける。
その向こうでルディルがいっしょうけんめい花を空に放っているのが見えた。ルディルがいなかったらこっちに来てまたすぐに死んでいたかもしれない。助けてくれてありがとう。
「ユウリ遊びに来いよ!」
そう言って手を振るのはニーニャ。その隣にはリリーとエヴァもいて手を振っている。ニーニャは上番前だけど、二人はこの時間だけ持ち場を変わってもらっているのね。
「ユウリ!! 裏切ったわねぇ?!」
……ヴィオレッタ、それ人聞きが悪いんですけど。
「「「「「お幸せにーーー!!」」」」」
ばらばらと寄ってきて声をかけてくれる方々は、ああ、出入り管理の時や食堂で見かけたことのある文官さんたちだ。
最後に会えてうれしいけど、なかなか東門へたどり着けない。
「――――もう、待てないな」
同じように思ってたらしいレオさんがぽつりとこぼした。
そして抱いていたシュカを肩に乗せ、あたしの背中と膝裏へ腕を回した。と、ふわりと空へ浮き上がる。
――――――――お姫様抱っこされてるんですけど――――――――?!
「「「「「キャーーーーー!!」」」」」
一斉に悲鳴のような歓声が上がる。あたしも内心で同じ悲鳴をあげた。
「さ、行くぞ」
獅子様は満足そうにあたしの顔を覗き込み、早足で歩き出した。
もうもうもうもう! 結局、東門は恥ずかしくて赤面しながらくぐる運命なのね?!
人波はぱっくりと左右に分かれた。
笑顔を浮かべ無敵モードのレオさんの足を止めようという猛者はさすがに現れず、あたしたちは大勢の笑顔に見送られお城を後にしたのだった。
第一部 完
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第5回カクヨムWeb小説コンテストにて異世界ファンタジー部門で特別賞を受賞しました!!
みなさまの応援があってこその受賞です。
本当にどうもありがとうございました!!
(のちほど近況ノートであらためてお礼させていただきます!)
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