申し子、ほんのちょっと酔っぱらう
次の日もやっぱり青いドレスのローゼリア嬢は来ていた。
モヤリとしないこともない。
来るなと言われているのに来るご令嬢にも、迷惑そうにしつつもすぐに玄関口にくる我が近衛団団長にも。
いや、正直モヤリどころじゃない。ムカよムカっ!
明日は休みだし、つまみいっぱい作ってワインを飲もう。
あたしは『
まずはとっておきの
そのうち女子会で焼こうかと思ってるんだけど、それでも多いから今日食べるわ。赤ワインと合わせていっぱい食べるわよ。
赤鹿のステーキ肉は塩だけ振って、オーブン型の
中に熱が入るのを待つ間に、他のつまみ。
ニンジンやらタマネギやらある野菜を細切りにして、フライパンの上に削ったチーズと乗せ[
トマトは適当に切って、ベビーリーフとガーリックオイルを和えてサラダ。
赤鹿をオーブンから出して、残った油にキノコとコショウ、ちょっとだけ[
お土産にもらったメルリアード産ロスゼア種の赤ワインを魔法鞄から出してにんまりとする。
まだ外は明るいけど、もう飲む!
コルクの栓を開けると、シュカがしっぽをゆらゆらさせながらこっちを見た。
「……シュカも飲む?」
『クー!(いいの?!)』
「たまにはいいわよね。あとで白も開けようかな」
(『この赤いの、まえに飲んだのと、おなじにおいなの』)
「正解ー。レオさんとこのワインでーす」
グラタン皿にワインを注ぎ、シュカに出してあげる。
「はい、どうぞ」
『(いただきまーす!)』
ペロっと舐めるシュカはホントにうれしそう。
眺めながら自分のグラスも傾けると、やっぱり美味しい。
オーブンで温めていた赤鹿を一口。くぅっ……。美味……。クセはあるけど爽やかな香りと重なっていいアクセントになっている。
しかもなんか体がすうっと軽くなる。魔物肉は魔力回復するんだっけ。料理で使った魔力なんてちょっぴりだけど、楽になっていく。
食べてまた赤ワインへ。うん、合うわね。赤鹿が牛肉よりも爽やかだから、軽めの赤ワインが合うわ。
ふとシュカを見ると輪郭がふわふわとぼやけてあっという間に
『やはりあの男のところのワインは美味いの。この素朴だが力強い気がよいわ』
独特な楽しみ方でちょっとうらやましかったり。
「前にレオさんの気に似てるって言ってた?」
『そうじゃの。似ておる。良い土の気それと少々の風の気じゃ。食物も人もその土地が作るということじゃな』
口の周りを赤くして、なんか神獣っぽいこと言ってるわよ。
「ってことは、みんなそれぞれそういう気を持ってるってこと?」
『だいたい持っておるのぅ。ぬしは風の気が強い。あと火の気じゃな。ちなみにわしといっしょじゃ』
「シュカと同じなの?」
『そうじゃよ。わしらは
もしかしてあたしのために転移させられたってこと……?
「……あたしがいなければ、こんなとこに来なかったってことよね……」
『いやいやいや、気にするでないぞ。他の世界に来るのは楽しいからの。こうして食べたことがないものも食べられるしの』
いいならいいんだけど……。
小さいシュカは神様に会えないのがちょっとさみしそうだったわ。
『この赤鹿とやらも、美味いのぅ。これはわしらと同じ風と火の気じゃな』
「へぇ。赤鹿と似てるのね。魔物と同じとかおもしろい。他の人たちは? ニーニャとか?」
シュカの空になったお皿に、ワインを
シュカは、ニーニャは土の気と風の気、マクディ警備副隊長は土の気と水の気、ミライヤは水の気と土の気だって。もしかしてマクディ副隊長とミライヤって相性よかったりする? 今度、合コンでも開催しようか。
なんだかんだでボトルが空き、次のワインを開けたところで玄関のベルが鳴った。
「何かご用ですか? レオナルド団長」
そう言って見上げると、困った顔があたしを見た。
「あ、いや……明日は休みだからそれを伝えに…………っ?!
玄関へ出てきたシュカを見て、とっさに団長はあたしを抱き寄せて背のうしろに隠した。
もう……! そういうことされると、すねていられないんですけど……!
「あの、あれシュカです……」
団長もすぐに間違いに気付いたらしく、自分の左腰に置いていた手を下した。
「……シュカ……か……?」
『そうじゃぞ、レオしゃんや。わしじゃ、わし。シュカじゃ。びっくりさせてすまぬのぅ』
「……は、話せるのですか?!」
驚く気持ちはわかるわ。
「とりあえず、中へどうぞ。赤鹿焼いたので、食べてってください」
「いや、だが……」
「わたくし、レオナルド近衛団団長にお話しがございます。聞いていただけますよね?」
渋る大男の腕をつかんで、圧を加えましたよ。
団長は、眉を下げてうなづいた。
「ああ、聞かせてもらおう……」
団長をダイニングのテーブルに着かせ、グラスやつまみの用意をする。
男爵領で狩りに連れて行ってもらわなければ食べられなかったんだし、レオさんにも食べてほしいなと思っていたのよ。赤鹿たくさん焼いておいてよかった。
「――シュカ様の本体がこちらということでしょうか?」
『そういうわけではないのだ、レオしゃんや。どちらも本物であり、どちらも仮の姿じゃな。まぁまぁ、そうかしこまらずにの、普通に話すがよいぞ』
「ああ、では俺のことはレオと。なぜいつもの姿では――――」
レオさんって案外好奇心旺盛。光の申し子に関してもずいぶん調べたみたいだし、シュカがあんなに変わったのにあっさりと馴染んでいる。
ちょっと不思議なものが好きなのかもしれない。
二人と一匹でワインを飲めば、ワインの話になる。シュカが良い土の気の味がするというと、レオナルド団長はうれしそうな顔をした。
っていうか、楽しく会話しちゃっているけど、違うわよ!
言いたいことがあるのよ!
ぐぐーっと一息に飲んで、あたしはグラスを置いた。
「レオナルド団長、申し上げたいことがございます!」
「……ユウリ、酔ってるのか……? 大丈夫か?」
「いいえ、酔ってはおりません! あたしを酔わすなら樽で持ってきてもらわないと!」
「いや、だが、水を……」
「どうして! いつも! 玄関に来るんですか!」
キッと見れば、団長はポカンとしている。
「青いドレスの令嬢の話です! 追い返すと言うのなら、どうしていつも玄関口に来るんですか!」
「それは、来客があると言われれば行くが……、駄目だっただろうか」
「会う必要がない客なら、空話で『約束がない者とは会わない』って言ってくれればいいんです!」
「……なるほど。――――だが、それだとユウリの負担になってしまわないか?」
「あたしは衛士です! 出入管理の基本は『資格』と『必要性』。入る資格入る必要性がない者を中へ入れないのがぁ……、あたしたち警備隊の衛士の、仕事なんですぅ……」
「……ユウリ」
「あたしを、信じて、ほしいんですぅ……。ちゃんと、おことわり、ひますから……。らから…………」
団長の仕事に専念して、余計なことに煩わされないでほしい……。
まぶたが重くなっていく。
あたし、このくらいで、酔ってないわよね……?
ああ……そうだ……そういえば、ここ最近寝不足だった、っけ…………。
だんだん遠くなっていく意識がかすかにとらえたのは「――すまなかった、ユウリ」という声と、眉を下げて笑った顔だった。
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