申し子、黄金の泡に心躍らせる


 調合釜のブースには魔コンロも置かれていた。一般家庭で使われている家魔具としてのコンロというよりは、調合師向けの機能が付いたものだ。火力調整が細かくできるものや、冷却機能が付いたものがある。


 ある程度温度が下がってから瓶に詰めているけど、待っている時間は確かにちょっともったいないのよ。そういえば、自然に温度が下がってからと思い込んでいた。急速冷却って品質変わらないのかしら。


 眺めたり考え込んだりしているところへ、レオナルド団長とギルド職員のお姉さまが来た。


「どうした? 何かおもしろいものがあったか?」


「あ、急速冷却って調合液の品質変わらないのかなと思ってたところです」


「ええ、急速冷却をいたしますと、品質は変わります。ただ、ほんの少しでございます。それでも気にされる方は、自然に冷めるのを待ってから瓶に詰めておりますね。品質が変わらない程度に冷却をかける方もいらっしゃいますよ」


 なるほど。やっぱり急速冷却は品質が変わるのね。魔法とかを使ったとしても、徐々に下げるなら大丈夫ってことか。


「勉強になりました。ありがとうございます」


「いえいえ。興味を持っていただけるのはうれしいことでございます。神獣をお連れになるほどの獣使いビーストテイマーでいらっしゃるなら、調合液もよく使われますでしょうし、選ぶ時の参考にでもなれば幸いです」


 本当にシュカを連れているだけで調合師だとは思われないみたい。

 あたしたちは挨拶をして、魔法ギルドを後にした。





「そろそろ昼になるが、ユウリは何か食べたいものがあるか? 休日に仕事してもらったお礼に好きなものをごちそうしよう」


「いえ、その分のお給料が出ると聞いてますし、お金は自分で払いますけど、その……レオさんは、『黄金のリンゴ亭』というお店を知ってます?」


 あたしがそう言うと、レオナルド団長はニヤリとした。


「ああ、それはいいな。近衛団の誰かに聞いたか?」


 ダーグルマップ見ました! なんて本当のことは言えないので、曖昧にええ、まぁ……と笑ってごまかした。

 お店はすぐ近くだった。お昼前だったせいか、店内はまださほど混んではいない。

 団長が店員さんに何か言って、あたしたちが通されたのは二人掛けのテーブルが置かれたこじんまりとした個室だった。


 注文をレオナルド団長にお任せすると、まずは黄金のリンゴ酒、シードルとお皿に入ったリンゴ水が出てきた。リンゴ水はシュカの分らしい。グラスが二脚とフルボトルが一本そのまま置かれる。

 団長の大きな手が上品にグラスへ注ぐ。立ち上る泡に見惚れていると、グラスを手渡された。


「いただきます」


 甘酸っぱい爽やかな香りが鼻を抜ける。冷やりとした黄金色が、シュワっと口の中で弾けた。

 甘さが控えめの辛口で、酸味がやや強め。いわゆる料理を選ばない味だ。


「美味しい……」


 ほぅとため息をつく。喉も乾いていたから格別に美味しいわ。


『クー! (おいしいー! ぼくリンゴ大好きなの!)』


 うちの神獣も大満足のよう。レオナルド団長の膝の上で目をトロンとさせている。


「レオさん、シュカもすごく気に入ったみたいです。リンゴ好きらしくて」


 団長はシュカをふわりと撫でた。


「そうか。うちの領もリンゴを育てているんだぞ。山の方には野生のヤマリンゴもある。あと四か月もすれば時期が始まるな。シュカも食べにくるか?」


『クー! (行くー! ぜったい行くー!)』


 すっかり餌付けされてる気がする。

 練習で使った記憶石アンカーストーンがあるから、男爵領は行こうと思えば行ける。転移はまだちょっと失敗が多いけどね。


 運ばれてきた料理は、ポクラナッツ油がかかったサラダに、溶けたチーズがかかったパン、根菜とブロックの豚肉がこんがり焼けたローストポーク。

 どれもリンゴ酒と合います!! 豚肉ってリンゴと合うわよね。厚切りのローストポークは、塩がまぶされた外側がカリッとした食感なのに、中の肉は柔らかくて甘い。美味しいー! お酒が進んじゃう。


 それにしても、レオナルド団長のチョイスって本当にあたしの好みとぴったり。弟よりも似てるかもしれない。異世界の人なのに。不思議。

 ちらりと見ると、目が合った。

 うん? なんだ? みたいな優しい顔をするから、困って目を伏せた。


「……あ、あたしがいた国では、こういうローストポークをリンゴソースで食べることもあるんですよ」


「ほう。リンゴがソースになるのか?」


「はい。甘酸っぱいソースなんですが、肉の味を引き立てるんです。……ただ、使う調味料がこちらになくて、どう再現できるか今考えていました」


 醤油がないのよ。醤油は作るのが難しいわよね。まだ味噌の方が実現できそうな気がする。手作り味噌はよく聞いたけど、手作り醤油は聞いたことがないもの。


「そうか。こちらでは肉に果物を合わせることはないな。それは食べてみたい気がする」


「合わない感じがしますよね。でも不思議と美味しいんです。いつか再現できたら、味見してくださいね」


「食べさせてくれるのか。楽しみに待っているぞ」


 それからさっきの魔道具の話をしてくれた。

 二週間後には王城管理委員会の定例会があって、そこで手荷物検査の件が通る予定だから、すぐに設置できるように話がついたらしい。

 導入はあの最新型の手荷物預かり具にしたそうだ。箱じゃないから預かり具なんだって。それぞれの出入り口に一台ずつ、三台。その場ではイイネ! って盛り上がったけど、金額のこと考えると怖いっ……。


「――納品口の預かり箱を置く予定だった外の場所は、そのままになるってことですか?」


「そうだな。使ってもいいという陛下の許可は出ているが、この予定だと使わないことになりそうだ」


「屋根があってベンチが置いてあるような、ちょっとした休憩場所があるといいなと思ってたんですけど、そういうのには使えませんか? 魔法鞄を中に持ち込めなくなると、外でちょっと休憩っていうのが増えるんじゃないかと思うんです。あと、すごく私用で申し訳ないんですけど、おべんと……や、家で作ったごはんが気兼ねなく食べられる場所があったらうれしいなと思って」


「気にせず食堂で食べていいんだぞ」


「でも、食堂で出ないごはんを食べているとすごく見られたりして、申し訳ないような恥ずかしいような、落ち着かないんですよね……」


「そうか、それはちょっとかわいそうな気もするな。ふむ……。確かに外の休憩所というのはいいかもしれない。闇曜日と調和日の『こぼ亭』の混雑も解消されそうだし、そういえば、金竜宮の働き手たちが気軽に休める休憩所が欲しいという話も出ていた。わかった。こちらも会の方で出してみよう」


 やった。言ってみるものよ。

 王城ってもっと固いものかと思ってたけど、臨機応変で対応早いわよね。陛下が采配しているからかしらね。管理や賃金も王の私財からって言っていたし。

 薬草畑のことも議題に上げるって聞いている。二週間後の会以降はいろいろ変わりそう。忙しくなるけど、楽しみ。


 そして結局、レオナルド団長にごちそうになってしまった。『黄金のリンゴ亭』って提案してくれたお礼だって。それにお礼いる?! でもごちそうさまでした!





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