獅子団長、右からも左からも揺さぶられる


 トン、トン、トン。

 軽いノック音に、俺は書類から顔を上げた。

 このノックの仕方はユウリだ。扉が開き、白い制帽から流れる黒髪を揺らして小柄な体が入ってきた。


「失礼します」


 すぐに駆け寄り胸に飛び込んでくるのは、シュカ。

 主の方は苦笑するばかりで、部屋の片隅に控えている。シュカといっしょにこちらへ来てくれたらいいのにとは思うが、そんな都合のいいことにはならない。

 疲れているのか、どことなく元気がないように見えた。

 警備隊に入って間もない。まだ慣れずに疲れているのかもしれない。


 この時間、ユウリは巡回なのだが、手荷物検査を導入する準備に充ててもらっていた。

 正直、書類仕事は切り上げられるが……。


「すまない、もうちょっとかかる。茶を飲んで待っていてくれないか。ついでに俺の分も頼めるか?」


「はい」


「焼き菓子も食べてもらえると助かる。頂き物なんだが消費しきれなくてな」


「みなさん、甘い物よりお酒が好きなんですね?」


「……その通りだ」


 ユウリはクスクスと笑いながら、茶を用意した。一つを俺の机の上に乗せ、もう一つは焼き菓子といっしょに応接セットのテーブルへ。


 書類を見ているふりをしながらこっそりと見ていると、ユウリはソファに座り帽子を取り、小さく「[乾燥アドライ]」と魔法をかけている。ああ、制帽は蒸れるからな……。式典の時にしか被らない制帽を思い出し、内心で深く同意した。


「――警備隊の仕事はどうだ? 少しは慣れてきたか?」


「はい。元々の仕事とそんなに変わらないので、のびのびやらせていただいています。…………嫌な奴も減ったし…………」


 後半は小声でよく聞こえなかったが、困ってないのならよかった。


「そうか。それならよかった」


「……ただ、馬が」


「馬?」


「はい。騎馬巡回ができないのが、悔しいというか……」


「ああ……。だが、近衛団としては、女性衛士には城内巡回してもらえる方がありがたいぞ」


「でも、いざ外で何かあった時に、駆け付ける時間に差が出ます」


 淡々とそう言った顔は、同情や慰めなどを必要としていない職業人の表情だった。

 真面目で責任感が強い。光の申し子が精勤賞を持っているというのは、そういうことなのだろう。


「……ユウリとしては嫌かもしれないが、他にも巡回している者はいるはずだ。乗馬が上手い者が行けばいい。適材適所という言葉があるだろう?」


「そうなんです。そうなんですけど!」


 そう言って、ユウリは口を尖らせた。

 な、なんだ、唐突にかわいいじゃないか。今までにない素の表情に、胸を一突きにされる。


「今までやろうと思って、努力してできなかったことって、そんなになかったんですよ。だから、不甲斐ない自分に納得がいってないっていうか」


 なんと。ユウリが弱音を吐いている。言葉は硬いが、弱音だよな。

 今まで一定以上の距離にしか来なかった猫が、ツンとしながらも近づいてきたみたいなコレは一体。

 膝の上のシュカをギューっと抱きしめそうになり、『チチッ!』と威嚇された。

 それでも緩みそうになる口元を、書類で隠す。


「……そんなにがんばらなくてもいいんだぞ」


 俺がそう言うと、ユウリはハッとした後に、小声で何やらつぶやいた。


「……そうだった……がんばらないでスローライフしようと思ってたのに……社畜に逆戻りするとこだったわよ……おそるべし警備……」


「どうしてもというのなら、今度またうちの領に遊びに来るといい。子どもの乗馬用に小型の品種がある。それで練習してみたらいいぞ」


「……すごくうれしいんですけど……さすがに甘え過ぎじゃないですか……?」


「馬に乗るくらいで、甘えてることにはならないだろう」


「そうですか? んー……そういうものなのかしら……。じゃぁ、よろしくお願いします。また行きたいなって思ってたので……」


 少し照れながら、ユウリは笑顔を見せた。

 急ぎトト馬の手配をアルバートに頼まないと。金額はどのくらいになってもいいから、性格のいいを探してもらおう。そのうち息子のミルバートも乗ればいいと言えば、本気で探してくるだろう。


「あっ、そういえば、リリー衛士はスカートの制服ですけど、もしかして女性衛士の騎乗スタイルは横乗りなんですか?」


「横乗りが多いが、どっちでも構わないぞ。ニーニャは普通に男乗りだ」


「あー、ニーニャっぽい。よかった。あたしも乗れるようになったら、パンツスタイルの制服を作ってもらうことにします」


「……そうか」


 応援はするが、スカートの制服ではなくなるのは少し残念な気がした。




 * * *




 目線を合わせず、ほんのりと顔を赤らめながら話をするのは、近衛団の獅子ことレオナルド近衛団団長。

 筋肉大男な上司であり友人のただならぬ様子に、ロックデール近衛団副団長は白目になった。


 お前は乙女か……!

 確かに、引き継ぎというのは、起こった出来事を次の番の者に伝えることだ。が! 違うだろ!

 そんな仕事の役に立たない激甘情報を引き継ぎしてどうする!


 光の申し子が弱音を吐いたと? 甘えてるんだろうと? ああ、そうだろうよ、そうだろうよ。

 もう、勝手にしろ! ケッ!


 そう思いながらも、ロックデールは真面目な顔を作った。

 出勤してきたばかりの三十路の寂しい独身男に、そんなことを話すというのはどういうことなのか、理解させないといけない。


「――――レオ、それは友人ポジションを獲得したということだな」


「……友人……」


「気安い友人だ。もしくは家族だな」


「……家族……」


 どよーんとレオナルドの表情が陰った。


「よかったな。近い人物だと認識されているじゃねーか」


「……そうだな……」


 しょんぼりとしたレオナルドを見て、ロックデールは溜飲りゅういんを下げニヤリとした。


 間違いなく好かれているんだろうが、それは絶対に言わない。


 一人だけいい思いしやがって。

 脈あるんじゃないかなんて、絶対に言ってやらんからな。







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