申し子、働く
当日中に新しい時程と配置が告知され、その三日後の早朝から新しい時程が実施されることとなった。異例の早さだったらしい。
シフト勤務のような、働く時間が変わる仕事に就いている人の健康被害の記事をネットで読んだから、変更ついでにそれもレオナルド団長とマクディ副隊長に言っておいた。
近衛団はだいたい、早朝番→朝番→朝番→昼番→夜番→夜番→休み、という感じのローテーションだ。
生活のサイクルがコロコロ変わるのは、体によくないみたいですよ。というと、二人は黙り込んだ。思うところがあったのかしら。
まずは警備隊から変えてみようということになり希望を聞くと、おじいちゃん衛士たちは朝番希望で、獣人衛士や朝が苦手な若い衛士が夜番希望が多く、上手いこと分かれたので同時に変わることになった。マクディ副隊長、がんばったと思う。
予定が立てやすくなって、助かるわ。
そして本日施行初日。あたしは[朝八番]に入る。八時に上番し、一番忙しい納品口の青虎棟側、[
手荷物検査が始まると、女性の手荷物を拝見させていただくことがあるので、この[朝八番]は女性衛士優先番とされている。
女性優先番は他に、朝番で六時に金竜宮側([
でも、三人しかいないから、休みの日など埋められない番は男性衛士が入るしかないのよ。早く女性衛士が入ってくれるといいんだけどねぇ……。
「おはようございます!」
『クー!』
はりきって納品口ホールへ入ると、目に入ったのは女性衛士のうしろ姿だった。スカートの制服着てる! 制服の改造が役に立ったみたい!
…………っていうか、泣いてる? よく見てみれば頭はうなだれ、肩にかかる茶色の髪が震えていた。
その横には金竜宮側の情報晶横で立哨するマクディ副隊長。それはもう情けない困り顔でこっちを見た。
金竜宮へ入っていく人たちも、見ないようにしてあげながら、そそくさと入っていく。
「マクディ副隊長が女の子泣かしてる……!」
「ユウリ、やめて! 人聞き悪いから! 俺、無実だから! 休憩回しにきてるだけなのに!」
上番時間前だけど、サービスしましょ。
あたしは副隊長をそっと押して場所を変わってあげる。時間まで代わりに立っててあげよう。
副隊長はあたしに目礼をして、そのお嬢さんをホールの隅へ連れていった。
「――――次は[正面口]です~……。朝の正面玄関なんて~……高位貴族ばかり……吐きそぅ~……」
泣いていたわけじゃなく、口を押えて浅い息をしていた。過呼吸の症状に似ているけど、大丈夫なのかしら……。
「俺がいっしょに入るから、大丈夫だって。それともユウリの[納品青]と代わってもらう?」
「大丈夫です~……。朝の[納品青]はもっと地獄……」
……これからその地獄に立つ人がここにいるんですけど……。
なんとか落ち着いてきたらしいお嬢さんは、青い顔であたしの方を見た。
「ユウリ衛士……? はじめまして……リリーと申しますぅ……。お手数おかけしてすみませんでした……」
のんびりとした話し方のリリーは、引きつった笑みを浮かべた。可愛らしい顔が台無しだった。立哨どころか寝かせておくレベルの顔色の悪さだ。
「……大丈夫? 副隊長に立っててもらって、ちょっと休んだら……?」
「大丈夫ですぅ……。私、ちょっと緊張しやすい
緊張しやすい質なんて可愛い程度の話には見えないけど、リリーはフラフラしながらも納品口ホールから出ていった。
「……大丈夫でしょうか……?」
「駄目なら警備室で休ませておくし、俺も[正面口]にいるから大丈夫でしょ」
「今までもこういうことがあったんですか?」
「時々ね。だからあんまり出入り監視がない番を任せてたんだわ」
そうか、それで会ったことなかったのね。
でも……困ったな、女性優先番は出入管理、こっちで言うところの出入り監視の仕事が多いのに。
「そうなのね……。それなら、他の男性衛士と同じ番に入ってもらうのもいいかと思います」
「んー……でもさ、やれない仕事はできればない方がよくない?」
「それはもちろんそうなんですけど」
お疲れさまです! と外から交代の衛士が入ってきた。マクディ副隊長が敬礼で引き継ぎをしている。
あたしは[納品青]の持ち場に就く。同じく八時上番の衛士がもう一人きて、情報晶と入口を挟んだ反対側へ立った。
八時から九時のこの忙しい一時間だけ、[納品青]も二人体制となる。
軽く新しい時程の話などしているうちに、一人二人とスーツの人が納品ホールへ入ってきた。
そして、空話具からベルの音が八回鳴った。
「おはようございます。お通りください」
怒涛の挨拶ラッシュが始まる。さぁ、今日も口角アゲアゲでいくわよ。
あっという間の立哨二時間。
その後は、リリーと交代して正面玄関[正面口]立哨二時間。あたしと交代するころには、リリーの顔色はすっかり良くなっていた。案ずるより産むがやすしってことなのかしら。
お昼の休憩の後は巡回。同じく巡回のリリーとすれ違うと、もう別人のようにいきいきとしていた。
つぶらな瞳はきらりと光り、ふっくらした頬がピンク色。シュカを撫でる余裕まで出てきている。
「ユウリ衛士、お疲れさまです~」
「お疲れさまです。ユウリでいいのに。近衛団は敬称敬語なしって聞いてるけど」
「そうなんですよ~。でも私、誰に対してもこの話し方で……。このままでもいいですか~?」
おっとりとそう言われ首を傾げられたら、駄目とは言えないわよね。
あたしは笑って話しやすい方でいいと答えた。
「女性優先番は、騎馬巡回ができるから、うれしいです~。私、馬が大好きで、馬に乗れる仕事だから、警備隊に入ったんですよ。……あの、巡回時間が長いのは、ユウリ衛士の意見が反映されてるって聞きました」
「ニーニャも騎馬巡回が好きって聞いてたから、それもちょっとはあるんだけどね。でも、お手洗いとか更衣室とか、女性じゃないと入れない場所を少人数でもしっかり見れるように、長く取ったの。女性の目線じゃないと気付かないこともあるし」
「はい。城内の巡回もがんばりますね~」
「あたしも、がんばるわね。もし、出入り監視の仕事が辛いなら、男性衛士と同じ番に入ることもできると思うけど、大丈夫そう?」
「大丈夫とは言い切れないのですけど……騎馬巡回のために、がんばりたいんです~」
ひたむきな瞳があった。
それなら、がんばれるのかもしれない。
あー、好きなことのためにがんばるって、いいわよね。苦手なことも乗り越えていこうって、偉いわよ。こんなおっとり女子なのに、芯はしっかりしてるみたい。
できることだったら、助けてあげたいし、力になってあげようと思った。
「情けないことにあたし馬に乗れないから、その分もよろしくね」
「女の人は乗らない人も多いですから。私が二人分乗ります~!」
今日一番の明るい声だった。
元気になってよかったわ。
軽い足取りで去っていくそのうしろ姿を、見送った。
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