申し子、初日からキレそう


 警備の朝は早い。

 早朝番は、東門が開く六時には番に就かなければならない。まだ半分寝ているシュカを抱えて、五時三十分には部屋を出た。

 早いは早いけど、ショッピングモールの早番は六時上番が多かったから、慣れてるのよ。早出残業があればもっと早いしね。


 城には三つの出入り口がある。金竜宮と白鳥宮の玄関である王宮口、王城正門から真正面に見える青虎棟の正面玄関口、金竜宮バックヤードと青虎棟の廊下に繋がっている納品口だ。

 その中でこの時間に唯一開いている王宮口から中へ入った。

 緊急の使者や夜遊び帰りの王族の人用に、この出入り口が閉まることはない。外壁の方の門も、正門は閉まってしまうけど横の通用門は開いていて、夜間は遠見隊が番をしている。


「おはようございます」


 近衛詰所このえつめしょ座哨ざしょうしていた衛士たちは、艶消し黒の制服。遠見隊の人たちだ。あいさつすると、そのうちの一人の獣人さんが立ち上がった。


「ユウリ衛士か? オレは遠見隊の隊長、ルベルディーモ・マルドだ。案内するよ」


「――マルドって、ニーニャの親戚ですか?」


「ああ、いとこになる。話は聞いてるぜ?」


 一体、なんの話を聞いてるのやら……。

 ルベルディーモ隊長はニヤっと笑った。レオナルド団長と同じくらいの年かしら。耳はルーパリニーニャと同じ狼耳、顔もワイルド系で似てる。


 詰所の奥へ入ると近衛団の控室と繋がっており、あたしは教えられていた自分のロッカーを開けた。身分証明具を使って開けるタイプなので、魔法鞄を入れておいても安心。

 イヤーカフ型の空話具と、円柱につばが付いたケピ帽型の白い制帽を素早く装備して、ルベルディーモ隊長の後に続いた。

 青虎棟の廊下に出る扉の横の情報晶に、身分証明具をかざして上番した記録を残す。タイムレコーダー的にもつかうのね。


 隊長が扉を開けると、暗い廊下に出た。常夜灯だけが灯り、静まりかえったそこはいつも見る景色とは全く違っている。


「この扉開いて明るくしておいてあげるから、その間に納品口の扉を開けるといい。ここ、護衛室のとなりの部屋だけど、場所わかる?」


「はい。大丈夫です。あの真ん前の扉が納品口ですよね」


「そうそう、方向音痴じゃないみたいでよかった。じゃ、初日がんばれよ」


「ありがとうございます」


 納品口へ続く扉を開けると、明かりが煌々こうこうとしていて、まぶしくて目を細めた。


「――新人来たか?」


 そう言った男には見覚えがあった。あの――――槍男!

 あたしがこっちの世界に来た初日に、悪ダヌキにくっついて槍持ってきた奴じゃない!!


「……はい。ユウリ衛士上番しました。よろしくお願いします」


「お前の番はここだ。五番に立て」


「……新人は四番に入ると聞いてますが」


「うるさい! 口ごたえするな! 女は五番か六番に入ることになってるんだ! 六番は開錠番でお前には無理だから五番だ! 開錠作業が終わったら六番に入れ!」


 槍男はそう言い捨てると、一番最後に入ってきた男と目を合わせて共に納品口から庭の方へ出ていった。

 それに男たちが三人ぞろぞろと続く。


「嬢ちゃん、よろしくな」


 笑顔を向けてくれたのはベテランそうなおじいちゃん衛士。他の若い二人は、目礼だけして出て行った。まぁ、無視されるよりはマシかな。

 そしてあたしは納品口に一人取り残された。


 初日の新人を予定外のポストにおいて一人にするとか、ありえない。

 ふうん、そうくるのね? あたしは冷ややかにキレた。

 槍男を棒のモヤでキュッと締めちゃって、逆らえないようにするのは簡単だけど。

 こういうのは、利用して万倍返しだわ。


 今立たされている早朝五番は、納品口の金竜宮側の出入り口に就く番だ。金竜宮で働く料理人や清掃・洗濯係の人たちが入っていく時に、通行証無しで中へ入る人がいないか、おかしな物を持ち込まないかを見張る番となる。


 一番二番は東門の立哨。納品業者の通行許可証を確認するのが主な業務となる。

 三番は北側の宿泊棟側へ、四番は南側の正門側へ、それぞれ立哨して用のない者がその先へ入らないように見張る。

 正門は八時に開門するから、四番は実質八時までの番で、以降は巡回と休憩回しをすることになる。


 仕事の邪魔にならないように、目が覚めてきたシュカを肩に乗せて首に巻く。空話具からベルの音が六回鳴り、扉からコックコートやエプロンドレスの人たちが入ってきた。


「おはようございます」


「おはようございます。今日は新しい人なんですね。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。――――おはようございます」


「おはよう。おお、美人さん! 朝からツイてるわ」


「本当だ。ツイてるな。まかないに牛肉出すか。――またねお姉さん」


 いや、牛肉ほどの価値はないと思うわ。帽子で顔隠れてるから割り増しで見えるだけなのよ。

 苦笑しながら中へ入るのを見送って、また次の人に声をかける。


「おはようございます」


「おは……!! えりまきじゃない?! 生きてるの?!」


「はい。驚かせて申し訳ございません」


「いやいやいや、大丈夫。こっちこそ驚いて申し訳ない」


 次から次へと入ってくる人たちを見送り、一息つくころには一時間経っていた。


「嬢ちゃん、どうだい?」


 外から中へ入ってきたのは、おじいちゃん衛士。


「あ、お疲れさまです。やっと人が途切れました」


「うんうん。この時間までが山場なんだよ。ユウリ衛士って言ったか? ワシはリアデクだ。敬語も敬称もいらんよ。ちょっと休憩してくるといい。飲み物飲んで、お手洗いに行っておいで」


 ニコニコとリアデクが五番へ立ってくれる。

 休憩回しあるんだ。助かるわ……。


「ありがとう! すぐ行ってきます!」


「そんなに焦らなくていいよ。外でずっとあいつら二人サボっているから、ちぃとは仕事させるさ。新人たちにも休憩させてやらないと。みんなすぐ辞めちゃうからね」


「槍男……いや、あの偉そうにしていた男、サボってるんですか? ひどい」


「家が伯爵家だからねぇ……。なかなかみんな逆らえないんだよ。ユウリもすまないね、かばってあげられなくて」


「いえ、あんなのなんともないですよ! 休憩回してもらえてうれしいです。いってきます!」


 近衛団控室へ戻って、回復薬を取り出しシュカに飲ませる。今日は棒のモヤを食べてないから、代わりにね。


『クー! (おいしー!)』


(「後でモヤも食べさせてあげるからね」)


(『うん! でもわるいひとたちガブってして、まりょくたべようとおもってるの』)


 なんと。ちゃんと見てるのね。


(「……おなか壊すからやめておきなさいね」)


『クー』


 小休憩を取って急いで戻ると、リアデクは「また後でな」と外へ戻っていった。

 入れ替わるように、眉間にしわを寄せた男が戻ってくる。槍男といっしょに出ていってずっと外にいた男。こいつが今日の早朝六番、鍵持ちの開錠番のようだ。


 肩の上でシュカが静かに威嚇しているのを感じる。シュカの魔力だか神力だかが、ピリピリと静電気のようだ。

 眉間しわ男はこっちを見ることなく、青虎棟へ続く扉の向こうへ消えた。


 開錠番は、青虎棟の共有場所である書架、会議室、謁見の間、正面玄関口などを開錠して回ってくる。警備の仕事に慣れたらやる番だった。

 八時前に開錠作業から戻ってきた眉間しわ男は、当然のように五番の方へ来た。


「お前が六番に立て」


「……一日に何回も番が変わるなんて聞いていませんが」


「さっきバッソーラ伯爵令息にそう言われただろ? さっさとしろ。ほら、人がくるぞ!」


 わざわざ家名を出してくるところが腹立たしい。本人が伯爵様なわけじゃないクセに!


(『ユーリ、やっぱりガブってしていい?』)


(「……やめときなさいね。美味しくないから」)


 苦々しく思いながらも、青虎棟へ入る人を待たせるわけにもいかず六番へ移動した。

 空話具からベルの音が八回鳴っている。

 シュカはふわりと床へ下り(『おさんぽしてくるの』)と言って開け放たれた扉から青虎棟の中へ入っていった。


 それからは出勤ラッシュ。長蛇の列にはならない程度に、切れ間なく人が入ってくる。

 おはようございます。と、よろしくお願いします。を何度言ったかわからない。スーツの人は文官かしら。エプロンドレスの方は食堂の人。みなさん気軽に声をかけてくれてうれしいんだけど、ちょっと大変なのよ。


 そんな中、出口側にも人影が見えた。

 あら、この時間に外に出る人もいるのね。とそちらを向くと、そこにいたのはレオナルド団長だった。

 胸元にはシュカが抱えられている。なんかすごいドヤ顔よ。


 金竜口前の眉間しわ男を見ると、離れていてもわかるほどのうろたえっぷりだった。


「団長、おはようございます」


「……いつも通りレオでいいぞ。ユウリは初日からこんな忙しい番をやっているのか?」


「そうですね。昨日、マクディ副隊長に言われていたのは外の立哨だったんですけど、違う番に就かされてます。さっきまでは金竜宮側に立っていて、その後そちらの衛士にここに立つように言われました」


「ほう?」


 レオナルド団長は、初日に見た以来の恐ろしい鋭い視線を、金竜宮側の方へ向けた。

 眉間しわ男は後ずさり、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえたような気がした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る