* 辺境伯家の人々

◇閑話◇

人物名多いですが覚えなくても大丈夫です。お気楽にお読みください!

 

 * * *



 それはゴディアーニ辺境伯三男本人の口から告げられた。


「明日、光の申し子が了承したら連れて参ります」


 近衛の制服を着た彼は、仕事終わりにそのまま伝えに来たらしい。ポカンとする兄たちに大したことではない風にそんなことを言った。


 ――――明日、光の申し子が、来る、かもしれない――――?


 あの! 伝説のような存在の! 光の申し子が! うちに! 来るかも?!


 それを、前日の夕方に聞かされるって、なんの嫌がらせだ――――!!


 思えば昔からそうだったとゴディアーニ家長男、フェルナンドは思う。長男次男が学院へ入ってた頃に小さかった弟レオナルドは、大層甘やかされていた。そのせいでおおらかにざっくりと育ってしまった。


 大事なことは早く言えと口を酸っぱくして教えているのに、この弟は――――!!!!


 父上が光の申し子にお会いしたいと言っていたから、いい機会だと思って思い立ったのだろう。悪気はない。律儀でもある。


 が、せめて二日前に思い立ってくれたなら!!

 いや、当日ではなかっただけマシだと思うことにしよう。

 いっしょに聞いていた次男ペリウッドも、一瞬後にはすぐに動き出した。




 本来であれば来客時などの采配は、三兄弟の母であるゴディアーニ辺境伯夫人がするはずで、さらにその手伝いを長男フェルナンドの妻がするはずなのだが、生憎二人ともいない。


 辺境伯夫人は実家である伯爵家へ帰っている。弟である伯爵に女の子の孫が生まれ、「お祝いに行ってまいります」と家を出たっきりもう一年だ。

 もちろん、国軍の出港式だの高位貴族が視察で来た時のおもてなしだの、行事やどうしても外せない用事の時は戻ってくる。そしてまたすぐに実家へ帰っていく。


「孫が小さくて目が離せない時期なのよ。男の子と違って、怪我でもしたら大変なのよ? 見守る人は何人いても足りないの。そうだわ、せっかくだもの、こちらの毛織物のケープをお土産に買っていってあげましょう」


 孫がって、あなたの孫じゃないでしょう!

 一家は心の中で突っ込むが、夫人がそれに気付くことはなかった。

 よっぽど娘や女の孫が欲しかったのだろうと、夫と息子たちは見守ることにした。


 だが、一人残された長男の嫁は一気に仕事が増えた。しかも義父に夫に義弟、学院に行っているとはいえ息子が二人、右を見ても男、左を見ても男。屈強な辺境伯の血を引いた筋肉男子ばかり。

 他国からの侵略を退け海賊を蹴散らしてきた頼りになる血筋も、集まれば威圧感が半端ない。


「もう嫌!! わたくしだって、かわいい女の子やドレスやお花の方が好きに決まってますわ!」


 そう言って、王都の別邸に引きこもってしまった。

 王都での社交も妻の務めですわ! と言われれば、よろしくお願いしますとしか答えようがない。[転移]で夜会に出ればいいとは言えないのだ。


 ご婦人たちに怖がられモテなかったゴディアーニ辺境伯の男性たちは、嫁にきてくれた女性に甘い。


 今回もフェルナンドは母と妻に知らせを出そうかとも思ったのだが、もし光の申し子が来なかった時のことを考えると、わざわざ知らせなくともいいかと消極的になってしまった。


 家中が慌ただしい気配に包まれている。

 どこか遠くの方から「レオナルド様がご令嬢をお連れになるそうだ!」と大きな声が聞こえた。光の申し子ということを伏せるために、ペリウッドがそういうことにしたのだろう。別な意味で、大変な騒ぎになっている。


 光の申し子がいらっしゃるなど、本当に大変なことなのだ。お会いすることですら、奇跡。少しの粗相もあってはならない。


 そうだ、食材の準備もしなければならない。もし泊まっていただけるのであれば、昼夜朝までの準備をしておけば……いや、明日は調和日だ。取引のある食料店はほとんど休みになる。さらに三食分用意せねば!




 だが、実際に光の申し子が滞在したのは、ほんの数分のことだった。



 二人の退出後、父と兄たちは片手で顔を覆った。

 なんということだ、あのレオが光の申し子に恋をしている――――!


 むずがゆい気持ちで、大人たちはジタジタしたいところをぐっと我慢していた。

 優しい視線も、守るように出ていった背中も、甘い、甘ったるいぞ! 末っ子よ!

 二度の婚約破棄を経験して、とうとう自分から心を寄せる人を見つけたようだ。


 光の申し子も嫌がっている風もなく、いかつい風貌の男たちに囲まれても全く怯える様子もなかった。近衛団で慣れているのか、肝が据わっているのか。

 伝説の存在という神々しさはなく、小柄で華奢で可愛らしい。纏う雰囲気は凛として、貴族のご令嬢というよりは国軍の女性兵士に近い。

 北方海ほくほうかいの武の守りであり国軍の指揮を執る辺境伯家には、しっくりと馴染んでいた。


 もしかしたらもしかするのかもしれない。

 義妹が光の申し子。すごいな。さぁ、レオのお手並み拝見といこうか。フェルナンドは小さく笑った。

 妻が出ていって以来、久しぶりに屋敷が明るい空気に包まれていた。


「……神獣様、可愛かった……。父上、ユウリ様はおじ上と結婚されるのでしょうか……?」


 フェルナンドの長男フローライツが口を開いた。


「あ、いや、どうかな……? レオはしたいかもしれないが、ユウリ嬢はどうだろうか……」


「……あの、俺が、結婚を申し込んだら駄目でしょうか……。俺の方がおじ上より年が近いと思うのですけど……」


 息子がもじもじとそんなことを言い出し、フェルナンドは口をあんぐりと開けた。


「……可愛らしいユウリ様に、もれなく神獣様までついてくるなんて……最高です」


「ずるいです兄上! 俺もユウリ様と結婚したいです!」


 弟のフリーデまでそんなことを言い出した。

 それ、どう見ても神獣目当て。

 近衛団に入る! とまで言い出した息子たちを、フェルナンドは困ったような微笑ましいような気持ちで見守った。


 まぁお前たちがどんなに騒いだとしても、あんなどっぷりはまっているレオが手放すわけないがな――――。




 ◇




「――――あなた!! こ、この空き瓶! この回復薬はどうされたんですの?!」


 なぜか久しぶりに帰ってきたフェルナンドの妻アマリーヌが、夫婦の寝室で血相を変えている。

 指さす先には、つい今しがた飲み干した回復薬の空き瓶があった。


「これは土産にもらったものだが……?」


「誰にいただいたんですの?! この狐印の回復薬は、国王陛下御一家もお飲みになっているという、今王都で一番話題の調合液ポーションですのよ?! どこに売っているのかもわからず幻の調合液と言われているのに、なぜここにあるんですの?!」


 妻の興奮した様子に、フェルナンドはそんな大層なものを買ってきていただいたのかと驚いた。


「そうなのか……。確かに、今まで飲んだことのない美味な回復薬だった」


「まぁ……! わたくしも飲んでみたかったですわ……」


「ん? まだあるぞ。飲むか?」


「いいんですの?! あなた、ありがとう~!」


 パーッと笑顔になる妻に、フェルナンドはいそいそと冷やしてあった回復薬を持ってきて、蓋を開けて手渡した。


「――――! 本当に美味しいですわ……! この狐印の回復液には黄色という種類があるらしいんですの。それがお肌にすごーくいいって、この間のお茶会で第二王子妃殿下が言ってらしたのですわ。でもそちらは王族のみなさまでもなかなか手に入れられないらしくて……。一度は飲んでみたいものですわね……」


 久しぶりに会った可愛い年下の妻がうっとりとそんなことを言うから、夫としてはつい甘やかしてしまいたくなる。


「そうか、では今度聞いておこうか。手に入るようなら頼んでおこう」


「ええ?! 本当ですの?! あなた~大好き~!!」




 こうして、ゴディアーニ辺境伯家長男の嫁が、また本邸に戻ってきた。

 一年後、待望の長女が生まれ、本当の孫娘を抱きにゴディアーニ辺境伯夫人も戻ってくるのだが、それはまた別の話。





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