第二章 近衛団警備隊編

申し子、獅子実家へ行く

 

「私がレオナルドの父、ゴディアーニ辺境伯サリュード・ゴディアーニです。はじめまして、光の申し子。我が領へよくお越しくださいました」


 レオナルド団長と同じ深い青色の瞳が、細められた。

 ――――辺境伯?! 侯爵と同等ともそれ以上とも言われる伯爵位じゃない!! 聞いてない! 聞いてないですけど?!

 思わず開きそうになった口をぎゅうと閉じ、鋼の精神力であたしは笑顔を作った。


「……は、はじめまして。ユウリ・フジカワと申します。この国で暮らすにあたって便宜を図っていただき、ありがとうございました」


 上体を十五度倒した『室内の敬礼』になってしまったのは仕方ないと思うの。だってゴディアーニ辺境伯も上官っぽいんだもの! 警備隊の制服着ているしいいわよね?


「いやいや、役得ですよ。フジカワ嬢。光の申し子と縁が持てるなんて、こんな光栄なことはありません。しかもこんなかわいらしいお嬢さんだ。神獣も初めて見ました」


 きりっとした顔がにっこりと笑った。イケオジ笑顔の破壊力よ! さすがハリウッド俳優レオナルド団長のお父様だわ。

 レオナルド団長に抱っこされているシュカは首を上げて(『おじしゃんのレオしゃんがいる!』)なんて言っている。

 しかもそれだけじゃない。団長に似た長兄、次兄、甥たちと、がっしりとした大柄な筋肉たち……じゃなくて男の人たちが次々と紹介される。

 それを見たシュカはぐるりと見まわして(『レオしゃんがいっぱいいる!』)と言った。


 レオナルド団長は、こっそりと耳打ちした。


「……母と義姉は、今ちょっと別の場所に住んでいるんだ」


 はっきり言って筋肉天国で眼福だけど、耐性ないと圧迫感がすごいかもしれない。ここにはいないお母様たちの気持ちがわかるような気がして、あたしは笑顔をひきつらせた。




 これは一体どういう状況なのかというと、今あたしは近衛団の新任研修の最中なのだ。と言うと余計に意味がわからなくなるけど、本当にそうなのでそれ以外に言いようがない。


 遡れば、今朝の話になる。

 今日から新任研修で、実技の研修はレオナルド団長のメルリアード男爵領へ行くということになっていた。

 宿舎の部屋まで迎えにきてくれた団長は、当たり前のようにシュカを抱き上げ、となりを歩きながらこんなことを言った。


「――もしよかったら、うちの実家へ寄っていかないか。家名を使わせてもらう話をしてから、父が光の申し子にお会いしたい、ぜひ挨拶させていただきたいとうるさくてな……」


「ぜひ行かせてください! こちらこそお名前を使わせていただいてお礼も挨拶もしてなくて、申し訳ないです!」


「いや、気にするな。この国のために違う世界から来てもらった申し子に、このくらいのことをするのは当たり前だ。父はただ単に光の申し子に会いたいだけだから、遊びにいくつもりで来てくれたらうれしい」


 そう照れた笑顔を向けられた。

 実は気になってたのよ。ご挨拶とかしなくていいのかなって。ああ、もう。昨日知っていれば菓子折りの一つでも用意できたのに。

 そういう気を使わせないように、レオナルド団長はこんな直前に言い出したのかもしれない。

 ポーションは大量に作り置きしてあるから、調合液ポーションとマヨネーズを手土産にさせてもらおう。


 王城東門からお堀を渡って、公園まで来るとすっと手を差し出された。自分の手を乗せると、優しくでもしっかりと握られてシュカといっしょに抱きしめられた。


「[同様動ダスチェフォロー][転移アリターン]」


 一瞬の浮遊感とドキドキの後に視界に入ったのは、立派な石造りの門とその向こうのお屋敷。

 ひっろ!!

 王都レイザンに建っているお屋敷なんかよりも、広くて立派。なんせ敷地の広さが違うわよ。広々としていてアプローチはちょっとした丘のようで、その先に青空を背景にそびえたつ白のお屋敷。いや、ミニ城。屋根は紺色なのが大変上品だ。


 もしや獅子様、ここを実家だと言うのでしょうか……。


「ここがうちだ」


 言っちゃったわよー! うちだ。って! いや、確かにそうなんでしょうけど、『うち』っていう単語はもっとつつましいイメージよ?!

 ここが男爵家ってことかしら。男爵ってもっと庶民的かと思ってたけど、やっぱり貴族は貴族ってことなのねぇ……。




 ――――とか思ってたあたしのバカ!! んなわけないじゃない!! 辺境伯邸よ!! 立派に決まってるわ!!


 一通り紹介が終わると、大きな体に幼さが残る顔を乗せた甥っ子くんたちが、真っ先にシュカに向かった。上のお兄さんのお子さんで、十六歳と十四歳。中学生・高校生くらいの男の子でも、神獣は気になるのね。日本では醒めた子も多い年ごろだけど。

 時々あたしの方をちらちらと見ながら、交互にシュカを撫でたり抱っこしたりして笑顔を見せている。


 あたしは肩にかけている魔法鞄に手を入れ、回復液とマヨネーズが入ったバスケットを取り出した。直接渡すのがマナー的に大丈夫かどうなのかわからなくて、レオナルド団長に声をかけた。


「……レオさん、あのこれを……よかったらご家族で召し上がっていただければと思うのですけど……」


 団長は眉を下げ一瞬困った顔をしてから笑った。


「そんな気を使わなくていいんだぞ。今回はありがたくいただくが、次回からは気軽に遊びにきてやってくれ。――――父上、ユウリ嬢からお土産をいただきましたよ。陛下もお飲みになっている回復薬です」


 ほう、陛下も。室内の視線が団長の手にあるバスケットに注がれる。

 この中ではちょっとだけ線の細い下のお兄さんが受け取り、上のお兄さんが「ありがとうございます。みんなでいただきます」と言った。二人ともよく似ている。顔や体形だけじゃなく、雰囲気も。

 ゴディアーニ辺境伯が、さっきのレオさんとよく似た困ったような笑顔を浮かべた。


「光の申し子のなんと律儀なことよ。フジカワ嬢、ありがとうございます。私もユウリ嬢とお呼びしても?」


「も、もちろんです! ユウリで構いません! 平民ですのでそう接していただけたらと思います」


「いやいや、光の申し子にそういうわけにはいきません。――――まぁ、嫁としてきていただけるなら、また話は変わってきますが」


 嫁?!

 ヒョッという変な声が喉の奥で鳴った。

 ゴディアーニ辺境伯はおかしな様子のあたしを見て、クックックと楽しげだ。


「父上! ユウリ嬢をからかわないでください!」


「からかっているわけではないが……ユウリ嬢、よかったら昼食を一緒に「いや、もう行きます! 邪魔しないでくだ……近衛の研修中なので失礼します!」」


 赤い顔をしたレオナルド団長は口早くちばやにそう言うと、シュカを甥っ子くんたちから奪って、あたしの手を掴んで部屋から出てしまったのだった。





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