申し子、見せる


 朝だ。今日も空気がひんやりとして清々しい。

 調合の仕事は順調で、昨日は結構作れたし売れ行きもよく、足取りも軽くなる。

 あたしはシュカを連れて、宿舎の裏へと向かった。


 まずは外で下段打ちと中段打ちの練習をして(シュカにモヤを食べさせて)から、訓練場の中へ入る。

 最初は気味が悪くてびくびくした藁人形にも慣れた。

 棒のモヤを魔法陣にちょっとだけ振り入れると、藁人形が起動される。


 どうもこの棒が力を増幅させているみたいで、普通に振りぬいちゃうと人形が吹っ飛ばされるという。

 この力の強さは人が相手じゃまずいけど、魔物が相手なら早く仕留められていいわよね。


 足元に一撃入れ人形がうずくまったところへ、肩に振り下ろす。打撃を外へ向けてではなく、下へ向けて入れた方が威力があって早い。

 棒を振り払ってモヤを放ち、近づかれる前に足止めしてから打撃を入れる。これだとかなり安全だ。そしてカウントを取ったら、シュカがモヤを食べる。


 モヤはどうもあたしの魔力が関係しているらしく、使った後でも「早く集まれ」と念じたらすぐモヤモヤに戻ることがわかった。割と使い放題。

 いやぁ、これもう、ダンジョンデビューできちゃうんじゃない?


 調子に乗ってノリノリで藁人形と戯れ、振り払った棒がシターン! と藁人形を床に叩きつけたところだった。


「……ユウリ嬢……」


 うんー?

 振り返ると、マクディ警備副隊長とその後ろにレオナルド団長がいた。シュカはすかさず団長の元へ跳んでいき、抱っこされた。

 二人とも制服を着て、なんとも言えない妙な顔をしている。

 あたしが魔法陣から出ると、藁人形は動きを止めた。


「おはようございます。どうしたんですか? 朝練ですか?」


「ユウリ嬢……棒術の心得があるんですか……?」


「心得ってほどじゃないですけど、まぁ仕事で使ってたので」


「仕事……なんの仕事を……?」


「警備ですよ?」


 そう答えると二人とも額に手を当てた。

 何……? あたし、なんか変なこと言った?

 おもむろに顔を上げたマクディ副隊長は、あたしの目を見てからいきなりガバッと土下座をした。


「ユウリ嬢!! お願いがありますっ!! 警備隊に入ってくださいっ!!」


 はいいいぃ?!


「ちょ、ちょっと土下座とかやめてください! マクディさん、頭上げて……」


「いいえっ!! うんと言ってくれるまで動きませんっ!!」


「えええええ?! 駄目ですって! とりあえず落ち着いて!」


 あたしもしゃがみこんで、マクディさんの腕を掴んで持ち上げてみるけど、動きもしない。


「お願いです! ユウリ嬢! 人が足り――――」


「マクディ、やめるんだ。それはお願いじゃなく、脅しだ」


 静かな声だった。マクディ副隊長は情けない顔を上げて、レオナルド団長を見た。


「お前が責任感ゆえにそう言っているのはわかる。近衛団のために、ありがとう。だが、光の申し子はあるがままにしておくのが、この国のためなのだ。こちらの事情を押し付けてはいけない。ユウリにだってやりたいことがあるだろうしな」


 そう聞いてマクディ副隊長は小さく「はい」と返事をして立ち上がった。

 ああ、警備副隊長は言動こそやんちゃ小僧みたいだけど、いい副隊長だ。あたしよりも若いだろうに、偉いわ。

 驚いてこわばっていた自分の頬が緩むのがわかった。

 彼が上司だというのなら、がんばり甲斐もあるかもしれない。


「……だから、ユウリ。今のは忘れてくれ。気にせず好きな道を行くといい。邪魔して悪かったな」


 優しく細められた目に、いつも安心させてもらっていた。

 この大きな優しい人は、いつもあたしのことを気にしてくれて、やりたいことをやらせてくれる。


 きっと困っているのよね? 人が足りなくて。女性警備が足りないとも聞いているし。勧誘されなかったから、切羽詰まってないんだろうと思ってたけど、違っていたらしい。


「……あたし、貴族じゃないですけど、近衛団の警備でも大丈夫なんですか?」


「……ユウリ」


 困った顔が見下ろしている。そんな顔をしても、整った顔は損なわれないわね。


「ずっとは働けないですよ? もっといろんなところを見たいし、旅もしたい。ちゃんと暮らしていけるようになったら、お城も出ていくつもりです。だから、人が入るまで……女性の警備が入るまでとかでどうですか?」


 あの悪タヌキは気に入らないし、調合の時間が少なくなるのもさみしいんだけど、悠々自適なスローライフまで、ほんのちょっと遠回りするくらいはいいかなって。

 この人たちといっしょに働くのもいいかな。と思った。


「……いいのか? 無理しなくていいんだぞ」


「大丈夫です。お城の警備もおもしろそうだから」


「……ユウリ嬢……マジ女神……。あっ、俺、もうポストに入らないとならないんで、後で警備室に来てください!」


「はい。後で行きますね」


 マクディ副隊長を見送ると、訓練場の中に沈黙が落ちた。

 レオナルド団長は腕の中のシュカを撫でながら、まだちょっと困ったような顔をしている。


「……本当に、近衛団に入ってくれるのか?」


「はい。でもちょっとだけですよ? ちゃんと役に立てるかわからないですし」


「きっと、大丈夫だ。……ありがとう。それでだな、その絶対というわけではないんだが、近衛団に入るものはステータスを確認することになっていて、ユウリは光の申し子だから、無理強いはしないんだが……その……」


「――ステータスですか。……うーん……まぁ仕方ないか……いいですよ」


 あたしはちょっと考えるフリをして、もったいつけて言った。


状況開示オープンステータス!」


 ◇ステータス◇===============

【名前】ユウリ・フジカワ  【年齢】26

【種族】人         【状態】正常

【職業】調合師ミキサー衛士ガード

【称号】申し子[白狐のあるじ

【賞罰】精勤賞


 ふふふふふ!!

 もう『ウワバミ』なんて言われないわよ!

 あたしは自信満々で腕を突き出した。

 身分証から映し出される半透明のスクリーンを見たレオナルド団長が、口元を覆った。


「……五歳しか違わない……?!」


「えっ? なんですか?」


「いや、なんでもない……」


 顔を赤くした団長に首をかしげる。と、お腹がきゅるきゅると鳴った。

 ――う、恥ずかしい……。でもこれから朝ごはんなんだもの。お腹だってすくわよ。

 お腹を押さえて見上げると、レオナルド団長が笑った。


「『こぼ亭』へ朝食を食べに行こう。入団祝いだ、好きなものを食べるといい。実技の研修は俺が担当するからな。うちの領で……赤鹿レッドディアー狩りでもするか」


 わぁ! そんな楽しそうな新任研修でいいの?!

 すっごい楽しみ!!


「レオさん、いえ、団長。ご指導よろしくお願いします!」


「あ、ああ。――こちらこそよろしく頼む、ユウリ衛士。さ、行くぞ」


 そう言って先に歩きだした大きな背中を、あたしは追ったのだった。






◇一章完◇



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