申し子、制服を着る


 金竜宮四階にある裁縫部屋は、色とりどりの布や大小さまざまなトルソーなど見ているだけでも楽しい。

 移動式のポールハンガーには、近衛団の制服が掛けられている。白は警備隊、濃灰は護衛隊のもので、艶消しの黒はきっと遠見隊のものなのだろう。

 全身を採寸され護衛隊の濃灰のスリーピーススーツを着せられる。

 シングルのジャケットとトラウザーズの他に、ウエストコートとか呼ばれているダブルのベストが付いたタイプだ。


「本来であれば近衛団の制服はお一人ずつ一から制作するのですけど、お急ぎということで見本の制服をお直しして仕上げますわ」


「お嬢様はちょっと細く小さくいらっしゃるから、結構お直しが必要そうですわね」


「女性用の一番小さいものでも、こんなに大きいのですね。華奢でいらっしゃるのに、護衛の任務に就かれるなんてすごいですわ」


「い、いえ、あたしは護衛はしないんです。書類の整理とかするので、全然すごくないんですよ」


「まぁ! でしたら、スカートにしたらいかがでしょうか!」


「そうですわ! 中は警備隊女子用の柔らかいボウタイのシャツにしてもかわいらしいですわ!」


 にわかに盛り上がる裁縫部屋。ノリが侍女さんたちと似てる……。


「それなら警備隊の白スーツをスカートに仕立てましょう。わたくしに考えがございます」


 お針子さんたちの中で一番年上そうなお姉さんが、キラリと目を光らせてとんでもないことを言った。

 あのキラキラ白制服をスカートのスーツにするってこと?

 ええ?! それ、あたしが着るの?! 無理! あれはパンツスーツならギリ着れるデザインで、スカートなんかにしちゃったら制服コスとかレイヤーさんの衣装でしょう!! ああいうの見るのは眼福だけど着るのは無理よ!!


「む、無理です! そんなキラキラしいの無理です!!」


 プルプルと首を振るあたしに、お針子姉さんは言った。


「警備隊は特に女性衛士えいしが足りなくて困っていると聞いております。ですから、思わず女性が着たくなる憧れるような制服にしたら、希望者が増えるのではないでしょうか。やはり、女性がトラウザーズを身に付けるというのは、抵抗がある方も多いと思いますわ」


 日本ではパンツをはいている女性も多いからなんの疑問もなかったけど、この世界では女性が特に貴族の女性がパンツをはくっていうのは、なかなかないことなんだ。

 確かに、制服のせいだけで希望者を減らすのはもったいないと思う。


「わたくしたちだって、たまにはかわいい服を作りたいのです!」


「王女様やお妃様たちのドレスは街のデザイナーが作るから、いつも制服を作ったり直したりばかりなんですのよ」


「あとは陛下や殿下の下着ばかり」


「わたくしたちだって、王城ロイヤル裁縫師テイラーの意地とプライドがございます。デザイン力や技術を見せつけたいのですわ。だから警備隊と裁縫部屋のモデルに、ぜひなってくださいませ!」


 その二つの部署の、歩く広告塔になれということね。

 王城裁縫師のプライドと熱意は素晴らしいと思う。応援したい。

 近衛団の人不足だって、警備が万年人不足なのは身をもってしっているし、そっちも手伝えるのなら手伝ってあげたい。

 あたしで力になれるなら――――と、背中を軽く押されるように、自然にうなずいていた。


「――――陛下の一番肌に近い下着を作られているなんて、やはり王城ロイヤル裁縫師テイラーは信頼されているんですね。そんな方たちの仕事をぜひ見せてください」


「……もったいないお言葉……がんばっていてよかった……」


 感激しきりのお針子さんたちはあっという間にパターンを引いて、型紙を作りだす。新しい布からパーツが切り出されて、ミシンじゃなくアイロンみたいな魔道具で撫でてくっついていく布は一枚の布のよう。

 今気づいたけど、そういえばどの服も縫い目がないかも。


「――針と糸って使わないんですか?」


「ボタンを付ける時に使いますよ」


 異世界の技術に見入っているうちに、気づけばお直しどころじゃない新しいデザインの新しい服ができあがっていた。

 着てみると、異世界効果なのか案外コスプレ感はない。お針子さんたちのリアルメイド姿と並べば、全く違和感がなかった。


 美しいラインを描く白のフレアースカートに、上は金ボタンでダブルのウエストコート。中は柔らかいシャツで、首元にアイスブルーのリボンタイが結ばれている。

 警備隊の制服のイメージを残しつつも、華やかで上品な服になっていた。


 ジャケットはこの時期なくてもいいということで、後日カスタムメイドで出来上がってくるらしい。ジャケットはすぐには作れないんですよって申し訳なさそうに言われたけど、このスカートとウエストコートだけでも十分すごいわよ。


「素敵な制服をありがとうございました」


「こちらこそ、楽しい仕事でしたわ。またいつでもいらしてくださいませ!」


 近衛執務室に戻る途中、あたしはやっと我に返った。

 すっかり裁縫師のお姉さんたちの情熱に押されて、改造制服を手に入れてしまったけど、あたしそういえば近衛の人じゃなかった! ただのお手伝いの人なのに!

 こんなもろに警備な制服着てよかったの?!


 今さら悩んでもしかたないんだけど、近衛執務室の前でしばし途方に暮れてから、意を決してノックをした。






 扉を開けると、執務机に向かっていたレオナルド団長が顔を上げた――けど。


「おかえ…………?!」


 絶句して、手で顔を覆ってしまった。シュカがきょとんとした顔でこっちを見ている。


「あの、そのですね! これは、広告塔で警備隊と裁縫部屋のためにですね、仕方なくというか……」


 あたしが団長の前まで近づいてシュカを抱き上げると、「……光の申し子が俺を殺しにかかる……」と物騒なことをつぶやいている。えぇ? 人聞きの悪い!


「レオさん? もし駄目なら作り直してもらってきますけど……駄目ですか?」


「……駄目じゃない……。むしろ、よすぎる……」


「そうですか? この制服で大丈夫ですか?」


「――ああ、すまない。少し驚いてしまってな。大丈夫だ、その制服で問題ない」


 やっと顔を上げた団長に、いきさつを話すと真剣に聞いていた。


「そう言われてみると、女性用の制服のことは今まで考えていなかった。これまで男女ともに同じデザインだったから、そういうものだと思っていたんだ。護衛隊の女性衛士たちは、騎士科の学生時代からトラウザーズを着ていたということもあってな。だがそうか、普通のお嬢さんたちには、ありえないことだったんだな……」


「あたしがいた国でも女性が普通にパンツをはいていたので、あまり気にしていなかったんです。でも、言われてみればこちらではみんなスカートだなって。もし今いる女性の警備の方でも、こっちの方がいいなら作ってあげたらどうですか?」


「ああ、そうだな。警備副隊長に伝えておこう」


 制服制作に結構な時間がかかってしまったので、大したことはしてないうちにお昼の頃になってしまった。

 豪華な社員食堂で、丸テーブルをレオナルド団長とあたしとシュカで囲んでいる。

 オムレツをペロリと食べてしまったシュカが(『ユーリのフワフワのほうがおいしい……』)と失礼なことを言っているけど、ここのお料理も悪くないわよ。


「シュカ!」


(『おおかみのおねえしゃん』)


 突然声がかけられて向くと、朝会った警備のお嬢さんがシュカの真ん前に来ていた。

 シュカはすでに前足をお嬢さんのお腹あたりにかけて、抱っこされる気満々。


「……なぁ、抱っこしてもいいか?」


「もちろん。よかったら、抱っこしてあげてください」


 あたしがそう言うと、彼女はシュカを両手で持ち上げて顔の高さまであげて「シュカ、お前どこから来たんだ? 肉食ってるか?」と声をかけている。

 そして胸のあたりに抱きしめて撫で始めた。


「……うーん、いい毛並み……やっぱ野生のとは違うな……」


「――野生の狐を触ったことがあるの?」


 そう話しかけてみると、大きなつり目がニカッと笑った


「ああ、アタシが生まれた領は森の中だったからね。普通に狐でも狼でもいたし、ちょっと調教すれば撫でさせてくれるよ」


「楽しそうな領ね」


「今度シュカと来な! 招待するよ。ええと、名前は? アタシはルーパリニーニャ・マルド。ニーニャって呼んでくれ」


「あたしはユウリ。ユウリ・フジカワ。よろしくね」


「ユーリ、今度いっしょに飲もうな!」


 気持ちのいい笑顔を向けてくれるルーパリニーニャに、「ぜひ!」と笑い返した。

 向かいの席から「……上司には一言の挨拶もないんだな……」と寂しげなつぶやきが、聞こえたような聞こえなかったような。




 * * *




 もう二人が並び立っているところを見ただけで、『食堂で獅子の恋を無言で応援する会』の会員たちは倒れそうだった。


(((((――――対の衣装ペアルックですか!!!!)))))


 制服なんて全部揃いに決まっているけど、黒のキリッとした制服と意匠を揃えつつも華やかかつ清潔感ある白スカートの制服は、対の衣装にしか見えません!!

 団長、とうとう対の衣装ペアルックを作らせてしまいましたか!!


 それにそのお嬢さんの肩に乗る、白いかわいい生き物はなんですか?!

 お二人の子どもですか?! 団長の顔がさらに甘くなってますよ!!


 二人の周りのテーブルが続々と埋まっていく。

 高まる期待。

 とそこへ、空気を読まない闖入ちんにゅう者が現れて、白いかわいいのを抱いて撫で始めた。


 今日はここまでか――――。諦めの雰囲気が漂った。


(……くっ……もう我慢できない!)


 一人の女勇者が立ち上がり、団長たちのテーブルへ近づいていく。

 どうする気なのか――――。会員たちは固唾かたずんで見守った。

 女勇者は女性警備の前で立ち止まった。


「……あの! 私にも撫でさせてもらえませんか……?!」


((((――――抜け駆けか!!!!))))


 勇者ではなく裏切者だった。


「ひゃぁ、フワフワ~~~。かわいい~~~」


「あの……僕も……」「わたくしも、よろしいですか……?」


 次々と寝返る会員たち。

 これが『食堂で獅子の恋を無言で応援する会』崩壊の瞬間であった。





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