申し子、弟子入りする?


 昨夜は欲張って広範囲に[清浄]をかけた結果、【魔量】がごっそりとなくなり、貧血のようなグラグラした状態でベッドに倒れ込むはめになった。

 それと引き換えに得た魔法スキルは――――0。

 またクラクラと倒れそうだったわよ。

 自分のスキル値が上がったから、必要スキル値が低い魔法ではもう上がらないってことか! うかつだった!

 スキル値が高い魔法を使わないと駄目だわ。そろそろ中級魔法に入ってもいいのかも。銀行行く時に魔法ギルドにも寄ってみようかな。


「シュカー、朝の訓練行くわよー」


『クー!』


 ベッドで丸まってたシュカは、ひらりと重力を感じさせない動きで飛び降りた。

 こういうところ、ちょっと普通の動物と違うのよね。風にでも乗っているみたいで。


 ゴキゲンにしっぽを振りながら歩いているシュカと、裏の畑へ向かう。

 今日も涼しいしすがすがしいわ。

 広い場所へ出て、ストラップを手首にかけてグリップをつかみ、棒を振り下ろした。

 今朝も白いモヤがモヤモヤと絶好調。

 下段の構えから一歩前へ、エアー相手の右肘を打ち、振り下ろしざまに左の太ももへ……って、シュカ、なんで棒に向かってピョンピョン飛んでるの。危ないじゃない。


「ちょっと、シュカ、ぶつかっちゃう」


(『それちょっとほしいの! ちょっとだけ!』)


 それ? どれ?

 棒を差し出すと、シュカは牙をむきだして白いモヤに食らいついた。

 ええ?! そのモヤって質量があるものなの?!

 棒からずるりとひっぱりだされたモヤは、子牛一頭分ほどの大きさになった。

 かみついたままのシュカはのがれようとするモヤを前足で押さえつけ、ぺろりと一飲みで飲み込んでしまう。

 シュカはご満悦で目を細め、口元をひとなめした。

 あたしの手には弱弱しくうっすらとモヤをまとった棒が残されている。


 …………今のは、神獣というより妖怪だったわ…………。


(『おいしかったー!』)


(「そ、そう」)


 満足したらしいシュカは、丸まって(『……レオしゃんもおいしいけど、コレすごい……むにゃむにゃ』)寝言を言いながら眠ってしまった。


 いったいなんだったのか……。


 気を取り直して、訓練を再開する。

 下段打ち十回、中段打ち十回を、五セット。

 それが終わる頃にはモヤは元通りのモヤモヤになっていた。

 ちょっとかわいそうと思っていたあたしの純情を返してほしい。






 この国の一週間はこう曜日から始まり、曜日、すい曜日、ふう曜日、曜日、あん曜日、調和日の七日間だ。

 闇の神様は死や休息を司るといわれ、闇曜日はゆっくり休み死者をしのぶ日とされている。

 調和日は、世界のバランスを取る調和の神様と、日頃生活を助けてくれるそれぞれの神様に感謝をする日で、神殿へお参りに行く日となる。

 そんなわけで、今日と明日は政務休日で青虎棟は休みとなるのだそうだ。


 あたしは朝からポーション専門店「銀の鍋シルバーポット」へ向かっていた。

 シュカは歩きたくない気分なのか、襟巻きのように肩に乗っている。全然重くないからいいんだけど。

 ひとけの少ない東門を抜けてお店へ行くと、「休日・お急ぎの方は裏へ」という看板が出ていた。

 お城の真ん前だし、政務休日はお休みなのね。

 急ぎではないけど、渡したいものがあったので裏に回ると、蔦バラのアーチが迎えるかわいらしい庭があり、その隅の方にベビーピンクの髪を見つけた。


「ミライヤ、こんにちは」


「あっ、ユウリ! いらっしゃい~。どうぞ入ってください」


「……狐がいっしょでも大丈夫?」


「キツネって、白狐じゃないですかぁ! 神獣ですよ? お断りする店なんてありませんよ。お祈りさせてもらいたいくらいです~。ユウリって実はすごい獣使いビーストテイマーだったんですね? 材料買ってたからてっきり調合師ミキサーさんだと思ってたんですけど」


「違うの、なんて言ったらいいか……なんにもしてないのに懐かれたというか? お休みの日に、ごめんね」


「白狐って勝手に懐くんですか?! びっくりな事実ですぅ。あ、うちのことは全然気にしないで、仕入れでいない時もありますけど、気軽に寄ってくださいねぇ」


 若いのに働き者の店主は、そんな話をしながらも丁寧に葉を摘んでいる。

 庭はほとんど葉に覆われていて、ラベンダーやローズマリーやバジルと見てすぐにわかるものもあれば、その辺に生えている雑草じゃないのかと思うようなのもあった。


「それで、今日はどうしました? 材料足りなくて買いにきたんですか?」


「あ、ううん。ソースを作ったからおすそわけに来たのよ。うちの故郷くにの方のソースなんだけどね、卵を使ったソースで。セイラーさんとこにも持っていこうかと思ってたの」


「え! 卵のソース? そんなの聞いたことないです~! ありがとうございます! うれしい~! うれしい……けどぉ、肝心の調合液ポーションはいつ売ってもらえるんですかぁ?」


 マヨネーズの入った瓶をミライヤに手渡すと、笑顔を浮かべつつもちょっと口をとがらせた。

 はっ。そういえば、あたし調合師だと思われてるんだったけ。

 最初に来た日に、買い取りしますって言われたんだった。


「……ごめんなさい。あたし、この国での調合液をよく知らなくて作ったことがないのよ」


 期待させて申し訳ないんだけど……という雰囲気を込めて言ったつもりだったんだけど、ミライヤは顔を輝かせた。


「異国の知識……! すごい気になる~!! 確かに、この国の基準を満たしたポーションじゃないと販売できないので、よかったら基本の作り方を見ていきませんか? そして、ユウリがアレンジしたものは、ぜひ、うちで……!」


 ギラギラした目で詰め寄られたら、はい以外の返事はないと思う。

 あたしとしても、将来的に森で調合液を作りながらスローライフするなら、教わって損はない。

 こちらから改めてお願いすると、ミライヤは「使う葉から教えますね」と庭の一角を指差した。

 一番面積が広く取られている、稲の苗に似た植物。その辺に生えてそうな感じの葉っぱだ。


「あれがブルムという薬草で、どの調合液を作る時でも基盤になります。治癒薬から毒薬までどれでもです。他の材料が持つ効果を上げる働きがあるんですよぉ」


「ブルムね。ドライでも効果は変わらないの?」


「はい。上手く乾燥させたものだと、フレッシュより効果が上がるものもありますし、どっちでも大丈夫です。水分量が変わるくらいですかねぇ」


(『それ、おしろのにわに生えてるの』)


(「え、本当?」)


(『うん、おなじにおい。ここにある葉っぱ、だいたいおしろにあるの』)


 へぇ。城内で使う調合液用の葉が栽培されているってことかな。

 王族の方たちのために牛や鶏から育てちゃうくらいだし、全然不思議じゃないか。広い畑もあるし、もしかしたらあの一部が薬草畑になっているのかもしれない。


 今回作るのは割と作りやすく一番の売れ筋だという、回復薬。魔量の回復をしてくれる薬だそうだ。治癒薬はケガや病気の時しか使わないけど、回復薬は魔法を使って魔量が減れば使う機会ができるわけだから、使用頻度は高い。それに疲労回復の効果もあるという。

 さっきのブルムと、あと二種類の植物がミライヤの手に乗せられた。

 ふきに似た魔力を多く含んでいるアバーブの葉と、体の回復力を上げるレイジエの根。これがベースとなり、アレンジによって吸収率を高めるコショウが入ることもあるらしい。


「他の材料は調合師がそれぞれ工夫しています。ワタシはコショウを入れずにシンプルに作ることが多いですよぉ。飲みやすさ重視で。年齢や状況も問いませんしね」


 性能ばかりを追求するんじゃなく、飲み手への配慮って素敵だと思う。

 作り手の本質が見えるわよね。


「それじゃぁ中で作りましょうか~」


 ミライヤに案内されて、庭に建つ作業小屋へ入った。

 するとそこは、中央に大きなかまどが構え、作業台には大鍋小鍋と木べらレードルといった調理器具、壁の棚には遮光瓶と本が詰まった、絵本に出てくるような魔女の家だった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る