声を失くした天才作詞家と廃れ朽ちたミュージシャンの話

前尾 無垢

第一話 天才の末路

音楽や歌には、声が必要不可欠だ。いくら作詞の才能があっても、一人では何もできない。

俺は、そんな自分が、一人では何もできない自分が大嫌いだった。


あの男に会うまでは。


ピピピ ピピピ

「……。」

希望的な朝日と、無機質な目覚ましの音が余りにも対照的で、ある意味気分の良い朝だ.

大学進学を機に一人暮らしをして、早二年。初期の頃は不便なことばかりだったが、今ではそれが心地良いほどに思えてくる。それは、決して良い意味だけではないが。


今日も同じ、変わらない一日がやってくると思うと、歯が浮いたような嫌悪感を覚える。顔を洗って、歯を磨いて、たまにシャワーを浴びて、朝ごはんを食

べて、学校へ言って……、そんな平凡でつまらない暮らしも、声があれば楽しくなるんだろう。

声がない部屋と生活は、朝だろうと二年続いていようと恐怖に似たものを感じてしまう。

一年前はまだ良かった。作詞の仕事もほどほどに来ていて、充実感のある生活だった。しかし、いまはどうだ。一年間の中で俺の感性は聞き手に、作曲家に飽きられ次第に廃れていった。嘗ての天才作詞家という名声は地に落ちてしまった。それからというもの、家ではゲーム、外に出るときはバイトか学校という空洞的で不安定な充実を味わっていた。中身のないものほど、つまらないものはないと思っている。


「……。」

そうこうしているうちに、朝ごはんを食べ終えた。軽く過ぎてしまう時間とそう感じてしまう自分がほとほと嫌になる。そして、なにより理解者がいないことが嫌である。


さて、いまから登校だ。本来、大学生活というのは青春を謳歌するものであるが、俺の場合全く違う。どれだけ平凡に過ごせるかだ。目立つこともなく、発言もせず、一人静かに居る。

―しゃべれよ 気味悪い

ふと、高校時代の嫌な思い出が過る。


大学生活が終わり、平凡でつまらない、そしてなにより変わらない一日が終わりを告げる。

夢と現実の間で俺は思う。

―また作詞家になりたい。作詞がしたいl.

そう思ってしまった。もうそんなこと思わないと決めていたのに。俺の考えは、もう誰にも理解してもらえないと知っているはずなのに。

この日、俺は一睡もできなかった。

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声を失くした天才作詞家と廃れ朽ちたミュージシャンの話 前尾 無垢 @kkis06221029

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