朝露

 僕がカーテンを開けるころには、君はもういなかった。開け放たれた窓から注ぐ微妙な光にキスされて、僕はなんともいえない感情を味わっていた。

 初めてだった。一人の部屋は。今までは両親がいて、環境が変わってからも最初から君は付き添ってくれていたから、尚更こんなに切ないのだろうか。でも、この感情に絶望することはしなかった。君がくれたネックレス、君がくれたスニーカー、君がくれたありふれた日常。それらと同等に、このしみったれた朝露みたいな気持ちは、大切にしなくては、と思えた。

 家を出て、そこで涙を流す。テールランプの光が空中に静止する情景、ゴミ出しのビニールの擦れる嫌な音、もうすぐ晴れそうな露。

 朝露が消えるまでには泣き止もう、そう思い、僕はそこで初めての失恋を果たした。

 朝露が晴れるまでの間だけは、君の輪郭を完璧に捉えていられる気がしたんだ。

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