通学路に人魚の死体が落ちてた

みずぶくれ

通学路に人魚の死体が落ちてた

みーんみんみん、みーんみんみん。

人魚が路上で死んでいた。

いつもの朝、通学路の途中の歩道にうつ伏せで死んでいた。

縮れたラーメンのような長い長い髪が両腕に巻きついている。

下半身は乾きかけでぱりぱりしていた。

きたないなあと俺は思った。

そのまま通り過ぎようとしたけど、そういえば今日の一限目は算数だ。宿題の答えは書いてない。行きたくないなあ。


そうだ、人魚の死体を埋めに行こう。先生にはこう言うんだ、「人魚の死体を埋めに行ってました。そのまま放っておくなんて、僕できなくて。それで、学校に遅刻しました」


ようし。とおへその下に力を入れて、人魚の足を持った。けれど思っていたより軽くて、俺は転びそうになった。


「たーくん何してるの?」

「まなみ」


嫌なやつに見つかったなあ。

まなみは俺とおんなじクラスの女子だ。いつもかまぼこみたいな目つきでニヤニヤと俺を見てくる。そして俺の髪を引っ張ったり脛をつねったりして悪さをする。


「人魚の死体、見つけたから埋めに行くんだ」

「へえ、人魚なんて珍しいねえ。猫ならかわいそうで見ていられないけど、人魚の死体は怖くないね」


昨日のテレビ見た?7時半からのやつ。とまなみは指を7本立てた。


「ゲームしてたから見てない」

「そうなんだ、それでね、芸人を驚かせる番組をやってたんだけど、この人魚、それに出てきてたおばさんの顔にそっくり!丁度目の前に人形の首が落ちてきた時の、転げ回っている時の表情!」


そういってけらけらと笑った。


「人面人魚だ、人面人魚!」

「うげえ、気持ち悪いこと言うなよな」


人魚の顔を覗き込んでみる。確かに人魚って人間と顔の形が似てるんだよなあ。俺、人間と似てる顔の生き物って苦手だ。


気分が悪くなって一旦人魚から手を離した。手に気持ち悪い液が付いた気がしてぺっぺと払った後、お尻のポケットからハンカチを出した。今朝おばあちゃんが持たせてくれた、日曜日にしてるヒーロー番組のハンカチ。それで手を拭いた。



「埋めに行くんじゃなかったの?わたしが代わりに埋めに行こうか?」

そういって、人魚の首を引っ張ろうとする。


「やめろよ、首が取れるだろ」

「あ、確かに、そうだね」


ぱっと手を離して今度は人魚の両腕を掴もうとするが、髪の毛が絡まっててうまく掴めそうにない。途端にまなみは嫌そうな顔になって、スカートのお尻で手を拭った。


「たーくん、これ、運ぶの大変じゃない?首だととれちゃうし、腕はうねうね絡まってるし、足はなんだかねとねとしてそう。それに、変なばい菌ついてないかな?」


「でもこのまま放っておけないだろ」

「たーくん、優しすぎるよ。放っておいたら誰かが片付けてくれるでしょ。人魚、好きだっけ?」

「すきじゃねーよ。女の方が好きなんじゃねーの、人魚のお姫様のアニメあっただろ。近所のねーちゃんもそれの鏡、持ってたし」

「ええー、一緒にしないでよ。こんなきたないの、ぜーんぜんお姫様じゃないよ。ネックレスも付けてないし、かわいくない」


まなみは怒った様子で俺の膝を蹴った。


「もう、こんなの放っておいて学校に行こうよ。つまんないよ」

「やだね、お前と学校に行く方がよっぽどつまんないし」


俺はハンカチ越しに人魚の足を掴み直して、学校とは反対の方へ歩き始める。俺は意地になっていた。

元々まなみの事が好きじゃないし、やろうとしてる事を邪魔されたのが腹立たしくて仕方ない。

それでもまなみは付いてきた。


「ねー、人魚、どこに埋めるの」

「学校の裏の、山の中。理科の時間に虫を取りに行ったところらへん」

「人魚ならそこの崖からでも海に落とした方がいいんじゃないの?海の生き物なんだから」

「ばーちゃんが死んだ生き物は土に埋めるって言ってたし、この間死んだ金魚も俺んちの庭に埋めたよ。だから人魚も土に埋める」

「変なの!」


まなみは俺に引き摺られている人魚の頭も蹴った。


山の入り口の石の階段の前に着くと近くの畑からおじさんが声をかけてきた。

「おうい、君たち、学校は?」

「僕たち、人魚が死んでたから埋めにきたんです。この階段登った所の空き地に埋めてもいいですか」

「今時感心な子達だねえ。でも、おじさんが代わりに埋めてきてあげようか、学校の方が大事だろう?」

「ううん、僕、自分で埋めたいんです。一度埋めてあげるって決めたから、埋めたいです」

「一度決めた事をやり遂げることも大事なことだね、ようし、なら行っておいで。でも空き地だと土が硬いし埋めてもすぐに出てくるだろうから、空き地より奥の木が沢山生えてて、土の柔らかいところに埋めなさい。そうだ、シャベルを貸してあげよう」


畑からシャベルを二本持ってきて手渡された。けれど僕は人魚を持つので手がいっぱいだったので、代わりにまなみがそれを受け取った。元気よくシャベルを受け取ったまなみの目は、やっぱりかまぼこみたいだった。


おじさんは、にこにこしながら額からだらだら汗をかいて、それをタオルで拭き続けている。


俺たちはおじさんに頭を下げると石の階段を上がっていった。

石の階段を登るたび、人魚の頭が段差にがつんがつんと当たって、腕の筋がぎゅうっとして痛かった。

痛かったから、こんな思いをしてまで算数をさぼることはなかったなと思った。

まなみは腕の中のシャベルを、何回も抱き直そうとしていた。丁度よく持てないのかとも思ったが、そうでもないらしい。

「あの人変に親切じゃなかった?降りる時、一応防犯ブザー用意しとこう」

「警戒しすぎだろ」

「だって人魚を埋めるだけなんだよ?猫とか犬とかじゃ、ないんだよ?人魚を埋めるだけでこんなに親切なんて、おかしいよ。気持ち悪い」

「それは確かに…」


そんな話をしているうちに空き地についた。地面には誰かが捨てていったお菓子の袋が落ちていた。

ここよりずっと奥の、柔らかい土のところはすぐに見つかった。


俺はようやく人魚を地面におろした。

まなみもシャベルを地面に落とした。

二人して座り込んでふうーっと息を吐いた。

疲れて汗が止まらない。

まだまだ汗が止まらない。

けれどそんな俺を横目に、まなみはすぐに立ち上がって、人魚を見下ろした。

そして両腕に絡まった髪の毛をぶちぶちと引っ張り始めた。簡単に千切れる。根元からは千切れず、不揃いな長さになった。


「なにしてるんだよ」

「千切れそうだったから、千切ったの。たーくんもやってみなよ、バッタの足を捥いだみたいな、楽しい感じするよ。プチプチって。それに、髪の毛が絡まったままだとこの子もかわいそうでしょ?」


まなみはにやにやしていた。

かわいそうなんて少しも思ってなくて、ただ楽しいのだろう。そんな顔だった。

まなみの千切っている様子を見ていると。節を千切ったりくっつけたりして遊ぶ草を思い出した。けれど、なんだか今の目の前の光景はすごく胸がもやもやした。なんでだろう。


楽しそうなまなみをこれ以上見たくなくて、シャベルを手に取った。

人魚の大きさは、シャベルが頭一個大きくなったぐらいだ。だからもう一本のシャベルを真っ直ぐに並べて、その横に穴を掘り始めた。

掬った土は本当に柔らかくて、びっくりした。


ふうふう、はあはあ、息が出た。

先生に怒られる苦労と人魚を埋める苦労、どっちの方がマシだったかな?

あとどのぐらい掘ればいいのかな?


「たーくん、もうそれぐらいでいいんじゃない?」


いつのまにか千切るのに飽きていたまなみが俺に声をかけた。あぐらをかいて、頬杖までついている。えらそうだ。


「わたしが足持つからたーくんは頭の方持ってね、せーの!で穴に投げよう」


そう促されて人魚の頭の上に立った。人魚の髪の毛は両腕から綺麗に剥がれていたけど、ばらばらで歪な生え方になっていて、見てたら背筋がぞわぞわした。まなみを見ると平気そうな顔で人魚の足を持っている。

嫌な方を押し付けられたんだと分かった。けど、仕方ないから人魚の両腕を握った。頭や肩は、掴んで投げにくそうだったから。


「せーのっ」

人魚を投げ入れたら、今度は二人で土をかけ始めた。人魚の表面に土が乗るたびに、人魚の体がゼリーのようにぶるん、ぶるんと震えてて気持ちが悪かった。

まなみもゼリーみたいだね。と言った。同じ事を考えていたのが妙に嫌だった。



「たーくん、そういえば、お姉ちゃんが言ってたんだけどね、人魚って食べたら長生きできるんだって」

「ええ」

「かじってみたかった?掘り返してみる?」

「あんなにばっちいの、食べられるわけないだろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

通学路に人魚の死体が落ちてた みずぶくれ @touhi_usihakobe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ