傲慢な依頼人

冷門 風之助 

ACT1

『初めに言っておくが。僕は本当は君なんかに頼む必要なんかないんだよ』


 彼はのっけに俺に向かって、とんがった顎を反り返らすようにして言った。


 人を呼びつけておいてこの態度、さすがの俺もむっとして、席を立って帰ろうと思った。

(しかし働かねば喰ってゆけんし、酒も呑めないからな。辛いところだ)


『何しろ僕はT大の法学部出身だからね。君なんかより法律の知識はある。おまけに僕は空手をやっていて、こう見えても黒帯なんだよ』


『じゃ、なんで依頼なんかしてきたんです?』


『僕が依頼した訳じゃないよ。僕の秘書が変に気を回してさ・・・・』


 確かに依頼をしてきたのはこの男ではない。


 この男の秘書だ。


 彼の名前は山中静夫。


 こう見えても国会議員。


 年齢38歳。


 T大学法学部卒業。米国のイエール大学の大学院で政治学を専攻した後、日本に戻って某省に10年間務め、退職して野党の民友党から立候補して当選。


 今では政府攻撃の急先鋒として、ここ最近やたらに目立っている。

 

 ネットなどでも持て囃され、テレビへの出演回数も増えているようだ。


 そう、つまり俺が呼び出されたのは、永田町の議員会館にある彼の事務所なのだ。


『僕も忙しくてね。なかなかここ(永田町)を離れるわけにはゆかないんだよ』というのが、わざわざ俺を呼びつけた理由なんだそうだが・・・・


いぬい》さん、乾宗十郎いぬいそうじゅうろうさんだっけ?確か陸上自衛隊にいたんだってね?なんで自衛隊なんかに入ったの?』


如何にも馬鹿にしたような聞き方だ。

『別に、何でってことはありません』


『どうせ他に職がなかったからなんでしょ?』そして彼は嫌な目つきをして、嫌な笑い方をした。


『それより、以来の内容は?無駄話をしてるほど、暇じゃないんでしょう』


 彼は笑うのを止め、不機嫌そうに黙り込んだ。


 そうして、彼は一通の封筒を取り出し、テーブルの上に置いた。


 封筒には議員会館の住所と議員の名前があったが、裏を見ても差出人の住所も名前もなかった。


 顎でしゃくって俺に『見ろ』と合図する。


 俺は封筒を取り上げて、中身を改めた。


 中に入っていたのは、彼、即ち山中議員が女性と二人で肩を抱き合ってキスをしている写真。


 そして、彼が肩を抱いてその女性と、ラブホテルに入ろうとしている、


『正にその瞬間』を捕らえたものだった。



『これだけですか?』


 俺が訊ねると、彼は顔をぷいと横に逸らし、黙って頷いた。


『僕は今、ある令嬢と婚約している。僕を支持してくれている開業医のお嬢さんだ。だからこのことが表沙汰になると・・・・』


『なるほど、スキャンダルになって結婚そのものがダメになる。それどころか、議員の椅子だって危なくなる。というわけですな?今のところ、送られてきたのはこれだけですか?』

 彼は苦い顔をして頷く。


 俺は写真を封筒に戻すと、テーブルの上に置いた。


『僕は国政に携わっている身なんだ。こんな詰まらないことで時間を潰している暇なんかないんだよ!』


 明らかにイライラしている様子である。


『どうせやった人間も大方察しがついているんだ』


『誰です?』


 彼はまた黙りこくってしまった。


『・・・・とにかく、君は一日も早くこれを送り付けた人間を突き止めて、犯人を警察に突き出して欲しい。僕の依頼はそれだけだ』


『分かりました。ギャラは一日6万円に必要経費。それから万が一拳銃がいるような事態になったら、危険手当としてプラス4万円の割り増しです。それでいいですね?承知なら契約書にサインを願います』






 




 




 

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